ララはベッドに横たわり、ケホケホと咳をしていた。その近くに座っているのはサンジだ。自分の額とララの額に手を当てて、頷いた。
「熱は下がってんな。だが今日も安静にしてろよ」
「でも、ウエイターが……」
ララが風邪で寝込んで、短期のウエイターのバイトを募集したが、昨日全員逃げ出していた。サンジは笑って答える。
「おれがウエイターやるから大丈夫だ」
いいか、安静にしてるんだぞ、と言い残し、サンジはララの部屋から去って行く。
サンジがウエイターをやるのはこれが初めてではないが、ララは心配していた。きっと綺麗な女の人を贔屓するだろう。本当に大丈夫かな、と思いながら、ララは寝返りを打った。
ドカンという音とともに、衝撃が走ったのはその数時間後のことだった。眠っていたララはその音に目が覚め、慌てて身を起こし、ガウンを着て音のした方へ向かった。
ゼフの部屋の前にコックたちが集まっていた。口々にゼフを心配した言葉をかけるが、
「いいから早く店に戻れ!! 働け!!」
とゼフは大声で言う。
よく見ようと背伸びをすると、部屋の天井は大きな重いものが落ちたみたいに破れ、ゼフは頭から血を流していた。
「ゼフ!!」
慌てて駆け寄るも、ゼフはララを見た瞬間怒鳴った。
「ララ、てめェは眠ってろ! 病人なんだぞ!!」
「でもゼフが……」
ララがそう言いかけたとき。ガチャと部屋のドアが開き、麦わらの男を連れてきたコックたちが入ってきた。
「連れて来ました、オーナー!! 犯人はコイツです!!」
「どうもすみませんでした!! ぎゃあーーっ、足がフッ飛んでるゥ!!!」
騒ぎ出す麦わらの男に、ゼフが元からだと言う。よかったーと胸を撫で下ろした男に、ララは突っ込んだ。
「全然よくないよ! 頭から血が出てるじゃない!!」
「うおっ、ほんとだ!!」
「これぐらい平気だ。おいボケナスども、さっさと店に戻れ!! ララも部屋に戻って寝てろ!!」
コックたちは心配しながらも一階へ戻って行く。ララも名残惜しく思いながらも、自室へと戻った。
ときどき厨房や下の階から大きな音が聞こえたが、ララは気にせず眠った。先程はあまりにも大きかったが、この程度は日常茶飯事なのだ。
コンコンとノックの音で目が覚め、起き上がりながらどうぞ、と声をかける。すっかり喉の痛みもおさまり、風邪は治ったようだった。
「ララ、具合はどうだ?」
言いながら、サンジが部屋に入ってくる。大丈夫だよ、と応えるとそりゃよかったとサンジは笑みを見せた。
「……あの麦わらの人はどうなったの?」
「ああ、ララも見たんだな。ここで一年雑用することになった」
「そうなんだ、あんまり雑用に向いてるようには見えないけど……」
先程の様子を思い出してそう言うと、サンジは笑った。
「はは、当たってる。注文もろくに取れねェしな。ああ見えて海賊なんだ」
楽しそうに笑うサンジを見て、悪い人じゃないんだなとわかった。
「へえー海賊! 明日私入れるから、その人にちょっとは教えられるかも」
「ほんとに大丈夫か? あんま無理すんなよ」
サンジは心配症だなあとララが笑うと、またコンコンとノックの音がした。
「どうぞ」
ドアが開き、ゼフが入ってくる。サンジをちらと見て、それからララと目を合わせた。
「……具合はどうだ?」
「大丈夫! 明日から入れるよ」
「そうか。じゃあ頼む」
「……ごめんね、心配かけて」
「何他人行儀なこと言ってやがる。そんなこと気にしなくていい」
そう言ってゼフは部屋を出て行った。
サンジはゼフがいる間、無言でタバコを燻らせていた。コックの間では、二人は仲が悪く、サンジは料理長の座を狙ってると噂されている。でもララはそうは思っていなかった。二人とも、互いに互いを信用しているように見えた。
「……ねえ、サンジ」
「ん?」
「オールブルーが見たいっていう夢、今も変わらない?」
どうした、急にとサンジは驚いたように言う。
「変わらない?」
「あァ、変わらないが……」
サンジの言葉にララは微笑む。うまく笑えているだろうか。
「私たちのことは、気にしなくていいからね」
「!」
サンジは目を見開き、こちらをじっと見つめた。ララは言葉を続ける。
「でも出て行く時は言ってね。じゃないと寂しいから」
「いや、おれは……」
否定しようとするサンジに、ララは笑った。
「もしもの時の話! あんまり気にしないで」
「あァ……」
サンジは腑に落ちない顔をしている。
サンジにずっとここにいてほしい気持ちももちろんある。しかし、昔夢を語っていたときのサンジの笑顔が脳裏に焼き付いていた。
ゼフとサンジの間に昔何があったのかは知らないが、サンジが迷っているのならその背中を押してあげたいとララは思った。
20171221
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