リズムよく刻まれる包丁の音以外、ダイニングには何の音もなかった。昼間の騒がしさはどこへやら、不寝番のブルック、仕込みをするサンジ、そしてそれをカウンターから見つめるララ以外、皆が寝静まった夜は静かで、穏やかな気持ちになる。いつもならこの夜に浸れるのだが、今日のララは違った。
ビッグ・マムのナワバリから抜けられたのはつい先日。そのこと自体はとても良かったのだが、サンジがルフィを連れて帰ってきた時、サンジの様子がおかしかった。これはプリンと何かあったに違いない。そう思い、聞くタイミングを見計らい続けて今に至る。
――聞くなら今しかない。ララは決心して口を開いた。
「……ねえ、サンジ」
「うん?」
サンジは包丁を止め、顔を上げた。その表情はいつも通りで、特に隠し事をしているようではなかった。
でも、あの時は確かに様子が違った。確信していたララは、ゆっくりと尋ねた。
「……カカオ島で、プリンと何かあった?」
サンジは一瞬ぎょっとしたようだった。それから、あー…と視線を上に向ける。やっぱり、何かあったようだ。話すように言うと、サンジは勘違いかもしれないけどなと前置きして、話し出した。
「プリンちゃん、最後にお願いがあるって言ったんだ。ただその願いを聞く前に、走っていっちまって……いつの間にか、おれが被ってたフードは脱げて、くわえてた煙草は地面に捨てられた……だから……」
言いづらそうにするサンジの代わりに、ララは言った。
「プリンが自分にキスして、その記憶を抜いたんじゃ、と思ったのね」
サンジはおずおずという風に頷いた。大体そういうことだろうとは思っていたが、改めて聞くとショックだった。
「私、悔いを残さないように、とは言ったけど……言ったけど……!」
そういう意味で言ったのではない。頭を抱えていると、サンジが言う。
「……いや、そう決まったわけじゃねェし、そんな思い悩まなくても。プリンちゃんにキスされたとしたら、まあ……正直嬉しいが、おれが一番好きなのはララだ。その気持ちは変わらねェ」
嬉しいと正直に答えたサンジに呆れたが、一番好きだという言葉に、ララは少し安堵した。
「……一番好きっていうのは、世界中の女性の中でってこと?」
「ああ、もちろん」
「世界中の女性への好きと、私への好きは、ちゃんと差があるの?」
差がないのではと心配になって聞くと、サンジは笑った。
「そりゃあるさ。ララへの好きは、レディたちへの好きの50倍くらいだな」
なかなか現実的な数字で、ララは笑ってしまった。
「ふふ、そうなんだ……私もサンジが一番好き」
「宇宙で一番?」
「もちろん!」
お互いに笑い合う。こうしてサンジと甘い会話をするのは久しぶりで、ララの気持ちは先程とは打って変わって、穏やかだった。
プリンがサンジにキスしたかどうかは、考えてもわからない。もししてたとしても、自分を好きな気持ちは変わらないと、サンジは言ってくれた。その言葉が聞けただけで、充分。
今はただ、サンジと離れていた分だけ話したいし、触れていたい。彼と会話できる喜び、ふれ合える幸せを、ララは心の中で噛み締めた。
20190514
prev next
back