ララは、ジェルマ王国の城の中にある、一つの部屋の中にいた。ジェルマとは、世界でも唯一無二の、国土を持たない海遊国家の名であり、何十隻もの船が移動、集結することで国の形を成している、とレイジュから教わっていた。あれからララは、自分を一緒に連れて行くよう、レイジュを操ろうとした。しかし。
「その手にはもう、乗らないわよ」
「!」
操っている者に、もう一度違う命令をかけることは危険。わかっていても、何としてもサンジを助け出したい気持ちが勝り、ララは再び彼女の心の中に入ろうとした。レイジュは案の定、気づいてしまった。
「”危険分子”……その由来は知っていたけど、どうやって操るかは知らなかったわ……迂闊だった」
レイジュは頭を抱え、ため息をついた。二人以外誰もいない部屋に、ララの声が響く。
「ご、ごめんなさい……私……」
操ったことを感づかれたことは、今までなかった。いつも細心の注意を払っていた。レイジュは自分をどうするだろう。湧き上がる不安と恐怖に、体が震えだす。レイジュは、はっとしたようにこちらを見た。
「……何も、あなたを殺したりしないわ」
今度は私を操って、どうしようと思ったの?と聞かれ、ララは正直に答えた。
「私を、ビッグ・マムのところへ一緒に連れて行ってもらおうとしてました……そこで、サンジに気づかれないように近づいて、隙があれば、サニー号へ連れ出そうと……」
「……そう」
レイジュは呟くように言い、そして何か考えるように視線を落とした。
「レイジュさん……?」
「……あなた、サンジのことが知りたいって、言ってたわよね?」
「はい」
「操られた私はあなたに、サンジのことを話した?」
「……いえ。サンジの話を聞く前に、一緒に連れて行ってくれるよう暗示をかけようとしました」
「それはどうして?」
「レイジュさんの、言うとおりだと思ったんです。サンジが話さなかったなら、それはサンジにとって知られたくないこと。それを操って聞き出すのは、少し違うような気がして……」
「でも、知りたいっていう気持ちはあるんでしょう?」
「そ、それは……はい、あります……」
頷くと、レイジュは微笑んだ。
「わかった……あなたを、侍女として連れて行くわ」
「えっ?」
「サンジに近づけるし、実際にサンジを取り巻く環境がわかる。顔や髪の色は気にしないで。変装用のマスクがあるから」
「レ、レイジュさん、どうして……?」
ビッグ・マムの娘と結婚するはずのサンジがいなくなれば、大事になる。ビッグ・マムが、破談になったことを怒って、レイジュ達の命を狙うかもしれない。
そう言うと、レイジュは笑みを浮かべながら答えた。
「私はね、こんな国滅べばいいと思ってるの」
「!?」
「だから、サンジがいなくなって、私たちに怒りの矛先が向けられた方が好都合よ」
ララは、何も言えなかった。
それからレイジュによって変装が施され、ララは黒髪の侍女として、部屋の隅に立っていた。部屋の中心にある肘掛椅子にはレイジュが座り、ベランダには――サンジが立っていた。外で鍛錬をしている兵士たちを見下ろしているようだった。久しぶりに見るサンジの姿に、ララは嬉しさと切なさで胸がいっぱいになった。泣いてしまいそうになったが、ここで泣いたら不審がられてしまうため、頑張って堪えた。
「……いつまでそこにいる気だ」
サンジは振り返って、レイジュを見た。家族に対してとは思えないほどの冷たい声に、ララは不思議に思った。
「冷たいわね、13年ぶりの姉に対して……」
「何度言わせるんだ!! おれはお前らとは、確かに家族の縁を切った!!! こんな悪趣味な写真を飾るような、イカレた一家とはな!!!」
サンジが指差したのは、ララが先ほどから何の写真か気になっていたものだった。
「ノースブルーの4人の王を討ち取った大事件、四国斬り。父の夢は再びノースブルーをジェルマの名で征服すること。いいじゃない? 男が強さと名声に拘るのは必然……あなたも得難い王家の血を楽しめばいいわ 見て、10人の侍女がいつでもあなたの言うことを聞いてくれる」
自分たちの方へ向いたサンジと、目が合った。マスクによって、声までも変わったララは、お辞儀をしながら言った。
「何なりと……サンジ様」
サンジの目がハートになり、その反応を初めて受けたララは、複雑な気持ちになった。
「兵士たちに戦わせれば、お金にも困ることはない。何が不服? ヴィンスモーク家は代々武力でそれを手に入れてきた。あなたもその血を引いているのよ」
「何をいまさら……おれは結婚しねェ!!!」
サンジがそう言ったとき、部屋の外から兵士の声が聞こえてきた。
「総帥殿、どちらへ!?」
「サンジのいる部屋だ……」
がちゃりと部屋のドアが開き、目の上に仮面をつけた、大きな男が入ってきた。
「お父様、なぜここへ」
(あれが、サンジのお父さん……!)
「――まだゴネてるのか!?」
父親が入った瞬間、サンジの表情が変わった。全身から怒りを放っている。あれが、父親に向ける顔だろうか。
「てめェ」
「我が息子よ」
「気安く呼ぶな! おれに親がいるとしても、お前じゃねェよ!!!」
サンジの言葉に、侍女たちがどよめいた。ララも、驚きを隠せずにいた。
「ヨンジに何かしたのか。あいつは相当強いぞ」
「おれがそれ以上だっただけだ」
「――表に出ろ。男は拳で語るものだ」
20180914
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