la mer

 翌日。いつものようにララが忙しく店内を回っていると、窓の外を見た客の一人がグラスを落とした。

「ドン・クリークの海賊船!!!」

 客たちがざわめき始める。ララが外を見ると、確かに海賊船がこちらにやってきていた。しかし、その船は帆が破れ、ボロボロだった。
 ガチャと扉が開き、誰かが入ってくる。

「すまん…水とメシをもらえないか……金ならある、いくらでもある……」

 コートを着た大柄の男と、それを支える男がいた。
 フラリと大柄の男は床に倒れこむ。支えていた男は大声で叫んだ。

「ドン・クリーク!!! お願いだ!! 船長を助けてくれ!! このままじゃ死んじまうよ!!!」

 ララはサンジのほうを見る。彼はちょうど厨房のほうに入っていくところだった。よかった、とララは胸をなでおろしたが、パティが急に笑い出した。

「はっはっはっはっ!!! こりゃいい!! これがあの名だたる大悪党『ドン・クリーク』の姿か!!」

「今度は金もあるんだぜ!! おれたちは客だ!!!」

「すぐに海軍に連絡をとれ!! こんなに衰弱しきってるとは、政府もまたとねェチャンスだろう!! 取り抑えとけ!!」

 そうだ、そいつが元気になったところで何されるかわからない、死んで当然だと客たちも騒ぎ始める。そんなに悪い海賊なのだろうか。ララが再び大柄の男、ドン・クリークへ視線を移すと、彼はゆっくりと土下座した。

「!!」

「何もしねェ、食わせてもらったらおとなしく帰ると約束する……! だから頼む…助けてくれ……!!!」

「ド…ドン・クリーク!! 頭を下げるなんてやめて下さい!! あんたのすることじゃねェよ、そんな情けないマネ……!!!」

「お願いしますから……!! 残飯でも何でもいいですから……!!」

 クリークの姿に、皆がしんと静まり返る。口を開いたのはパティだった。

「けっ、同情引こうってのか……!?」

「おい、そこをどけパティ」

 パティがどかないうちに、ドゴッと蹴りが入った。倒れたパティを気にすることなく、サンジはご飯と水をクリークを支えていた男に与える。

「ほらよ、ギン。そいつに食わせろ」

「サンジさん!!」

 すまん、と言ってガツガツ食べるクリークに、カルネが声を上げる。

「おいサンジ!! すぐにそのメシを取り上げろ!!! てめェそいつがどういう奴だかわかってんのか!? 東の海の覇者『ダマシ討ちのクリーク』とはこいつのことだ。勝ち続けるために手段を選ばずここまで上りつめた海賊だ!!! この男本来の強さもハンパじゃねェ……!! メシ食ったらおとなしく帰るだと? こいつに限ってありえねェ話だ。そんな外道は見殺しにするのが世の中のためってもんだ!!!」

 カルネが言い終わらないうちに、クリークが立ち上がり、サンジを腕で殴り飛ばした。

「サンジ!!!」

 ララは慌ててサンジに駆け寄る。

「大丈夫……!?」

 口から出る血を袖で拭いながら、サンジは答えた。

「ああ、大丈夫だ……しかしそうきたか……」

 支えていた男、ギンもクリークに骨を折られ倒れこむ。

「ぎゃああああ…!!」

「ギン!!」

「いいレストランだ、この船をもらう」

 客たちはいっせいに客船の中へ逃げ出した。パティの前にクリークが立ち、口を開く。

「ウチの船はボロボロになっちまってな。新しいのが欲しかったんだ。お前らには用が済んだらここを下りてもらう。今船に息のある部下どもが約百人。空腹と重傷でくたばってる。あいつらの水と食料を百人分、まず用意してもらおう。すでに餓死者もでてる、早急に出せ」

「この船を襲うとわかってる海賊を、あと百人おれたちの手で増やせってのか……!? 断る!!!」

「断る…? 勘違いしてもらっちゃ困る。おれは別に注文してるわけじゃねェ。命令してるんだ、誰もおれに逆らうな!!!」

 クリークの気迫に、コックたちはびくっと体を震わせた。

「サンジさんすまねェ……おれはこんなつもりじゃ……」

「てめェは…!! 何て取り返しのつかねェことしてくれたんだ、おいどこへ行くサンジ!!」

 立ち上がったサンジにパティが声をかける。サンジは口の中の血をプッと吐きながら答えた。

「厨房さ。あと百人分メシを用意しなきゃならねェ」

「なにィ!?」

「サンジ……」

 サンジの周りをコックたちが取り囲み、一斉に拳銃を向ける。サンジの方へ駈け出そうとしたララを、パティが制止した。

「だめだ、ララ」

「どうして…!?」

「おまえもわかってるだろ、本気で撃とうなんざ思ってねェさ」

「………」

 ララは力なくうなだれた。
 サンジを取り囲むコックの一人が言う。

「てめェはクリークの回し者かよ、サンジ。厨房に入らせるわけにはいかねェ、お前のイカレた行動にはもう付き合いきれねェ!!」

 サンジは両手を広げた。

「いいぜ、おれを止めたきゃ撃て。わかってるよ…相手は救いようもねェ悪党だってことくらい……でもおれには関係ねェことだ。食わせてその先どうなるかなんて考えるのも面倒くせェ……食いてェ奴には食わせてやる!!! コックってのはそれでいいんじゃねェのか!!!」

 ララといたパティが、後ろから急にサンジを殴りつけた。

「パティ!!」

 抑えとけ、とコックたちに命令する。抑えられたサンジに、パティはこう言った。

「サンジ、お前はおれが追い払った客に、たまに裏口でメシをやってるよな。おれとお前のどっちが正しいとは言わねェが、今回のこれはてめェのミスだ!! これ以上余計なマネをするな、おれはこの店を守る!! ここは日々海賊うごめく海上のレストラン、どんな客だろうと接客の準備は万端よ!!!」

 エビの形をした砲弾を、パティは軽々と持ち上げた。

「食後に一つ、鉄のデザートを食っていけ!!! 食あたりミートボールっ!!!!」

 ドンっと砲弾が飛び出し、クリークに当たる。店の甲板まで吹き飛んだクリークを見て、パティは言った。

「まいったな、扉壊しちまった……オーナーにどやされるぜ……」

「なに、店を守るためだ。小せェ被害さ……」

「クリークの船に残った連中をどうするつもりだよ……」

 サンジが言う。パティは笑いながら答えた。

「さァな、船にバター塗って火でもつけるか…」

「そいつァうめェんだろうな、ヘボコック…!!」

 扉の外には倒れたはずのクリークが立っていた。体は金色の鎧に包まれ、近くにいたルフィが呟く。

「体が…金ピカだ…!!」

「クソマズいデザート出しやがって、最低のレストランだぜ……」

「…鋼の鎧とはくだらねェ小細工を……!! たたみかけろ!!!」

 おおっ、とコックたちは武器を持ちパティに続く。しかし。

「うっとうしいわァ!!!!」

 クリークは鎧の中から銃弾を出しコックたちを撃った。ララは急いで柱の後ろに隠れる。

「うわあああああ!!!!」

「体中から弾丸が…」

「虫けらどもが…このおれに逆らうな…!! おれは最強なんだ!!! おれこそがドンと呼ばれるにふさわしい男!!! おれが食料を用意しろと言ったら、黙ってその通りにすればいいんだ!!!」

 クリークの言葉が終わったとき、ララの後ろから、ゼフが大きな袋を持ってやってきた。それをクリークの前にどさっと置く。

「オーナー・ゼフ!!」

「百人分はあるだろう……さっさと船へ運んでやれ…」

「ゼ…!! ゼフだと…!?」

 クリークは愕然とゼフを見つめる。コックたちはざわめいた。

「何てことを!!! オーナー、いったいどういうつもりですか!? 船にいる海賊たちまで呼び起こしたら、この店は完全に乗っ取られちまうんですよ!?」

「その戦意があればの話だ…なァ、グランドラインの落ち武者よ……」

「ま、まさか、ドン・クリークが落ち武者!? この東の海の覇者でも…50隻の海賊艦隊でも…!! 渡れなかったのか、グランドライン!!!」

 ギンが頭を抱え、ガタガタと震えだす。それを見て、ララは何があったのかを悟った。あのボロボロの船は、グランドラインでああなってしまったのだ。

「生きていたのか、お前があの『赫足のゼフ』。コックにして船長を務めたという無類の海賊」

「生きてたらどうだってんだ。てめェにゃあ関係のねェことだ。見ての通りおれはもう、コックとして生きてる」

「ハハハ…そういうと聞こえはいいな…見たところコックとして生きてるというより、コックとしてしか生きられなくなったようにみえるが」

 ゼフは無言でクリークを見る。

「今の貴様には赤い靴は履けねェってことだ。『赫足のゼフ』といやあ、戦闘において一切手を使わなかったという蹴り技の達人!!! 赫足とは、敵を蹴り倒して染まる返り血を浴びた貴様の靴のこと。うわさに聞いた海難事故で、死には至らずともその大切な足を失ったと見える。貴様にとって片足を失うということは、戦闘不能を意味するハズだ」

「戦闘はできなくとも、料理はできる。この両手があればな。てめェ何が言いてェんだ、ハッキリ言ってみろ」

「『赫足のゼフ』。お前はかつてあの悪魔の巣窟グランドラインへ入り、無傷で帰った海賊。その丸一年の航海を記録した「航海日誌」をおれによこせ!!!」

「へーっ、おっさんもグランドラインに入ったことあんのか」

 ルフィが笑いながらゼフに尋ねる。ゼフはまァなと頷いた。

「「航海日誌」か。確かに…おれの手元にそれはある。だが渡すわけにはいかんな。航海日誌はかつて航海を共にした仲間たち全員とわかつ我々の誇り。貴様にやるには少々重すぎる!!!」

「ならば奪うまでだ!!! 確かにおれはグランドラインから落ちた!! だが腐っても最強の男ドン・クリーク。ただ一つ惜しむらくは『情報』!!! それのみがおれには足りなかった!! ただ知らなかっただけだ。航海日誌はもらう。そしてこの船も!!」

「そうはさせねェ、この店を失っちゃあおれたちに行き場はねェんだ」

「オーナーゼフは唯一おれたちをコックとして受け入れてくれた恩人」

「この店を乗っ取られてたまるか!!!」

 コックたちが口々に言うが、クリークがほざけ!!と反論した。

「貴様らとおれとの力の差は歴然!!! たった今証明してやったはずだ!! このおれが最強であることを!!! ゼフの航海日誌を手に入れ、おれは再び海賊艦隊を組み、ワンピースをつかみこの大海賊時代の頂点に立つのだ」

 ザッとルフィがクリークの前に立ちはだかった。

「ちょっと待て!! 海賊王になるのはおれだ」

 ルフィの言葉に、コックたちがどよめく。

「ルフィくん…!!」

「何か言ったか小僧。聞き流してもいいんだが」

「いいよ、聞き流さなくて。おれは事実を言ったんだ」

「遊びじゃねェんだぞ」

「当たり前だ」

 対峙する二人に皆は静まり返る。そこへ何やらひそひそと話す声が聞こえてきた。

「さっきの話聞いてたろ、あのクリークが渡れなかったんだぞ」

 声のする方を見ると、そこには鼻の長い男と、刀を三つも持った緑の髪の男がテーブルに座っていた。先ほどまでララが給仕していた客だった。

「戦闘かよルフィ、手を貸そうか」

「ゾロ、ウソップ、いたのかお前ら。いいよ、座ってて」

 ハハハとクリークが二人を見て笑い出す。

「そいつらはお前の仲間か。ずいぶんささやかなメンバーだな!!」

「何言ってんだ、あと二人いる!!」

 おい、お前おれを入れただろ、と胡坐をかいていたサンジが呟いた。

「えっ、仲間に誘われてるの?」

 ララが柱の陰から思わず聞くと、サンジはあァと頷いた。

「ナメるな小僧!!! 情報こそなかったにせよ、兵力五千の艦隊がたった七日で壊滅に帰す、魔海だぞ!!!」

「な…七日!?」

「無謀というにもおこがましいわ!! おれはそういう冗談が大嫌いなんだ。このままそう言い張るのならここで待て、この場でおれが殺してやる!!」

 ゼフからもらった食料に手をかけながら、クリークは言葉をつづける。

「…いいか、貴様ら全員に一時の猶予をやろう。おれは今からこの食料を船に運び、部下どもに食わせてここへ戻ってくる。死にたくねェやつはその間に船を捨てて逃げるといい。おれの目的は航海日誌とその船だけだ。もしそれでも無駄に殺されることを願うなら、面倒だがおれが海へ葬ってやる。そう思え」


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