顔の曇る話



「は、初めまして……大和さつきと申します」

 ぺこりと頭を下げた女性を見て、琴子とらあらは顔を見合わせた。依頼書に添付されていた顔写真では気弱そうな女性の印象が強かったため確証もなく小柄な女性を想像していたのだが、実際は琴子やらあらよりも少しばかり背の高い、すらりとした印象を与える女性であった。

「あ、あの……?」
「……ああ、失礼しましたわ。少しばかり依頼の内容を思い出していましたの」

 小さな咳払いと共に琴子は笑みを作る。依頼人の見た目が多少予想外だからと言って動揺しているようではいけない。なにより、これが妖魔に関連するものと考えられている以上、この女性から抜き出せる情報はすべて抜いておかなければならないのだ。

「改めまして、わたしが霊山寺琴子。こちらが阿良々木らあら。本件を担当しますわ。よろしくお願いいたしますわね」

 にこやかな挨拶をした琴子とは対照的にらあらは無言でぺこりと頭を下げただけだった。それを目線で咎めたが、らあらはどこ吹く風で遠くを見ている。彼女が大人と呼ばれる存在をあまり好んでいないことを知っているので強く言いこそしないが、さすがに目の前の依頼人……さつきは気まずそうに目をそらした。

「こほん。申し訳ないですわ、阿良々木はあまり大人との交渉に慣れておりませんの。無礼な態度をお許しくださいね」
「えっ! あ、いえそんな……こちらこそ、平日のこんな時間にお時間をとっていただいて……」

 現在時刻は午後二時。学校に勤めるさつきが自由に動ける時間がほとんどなく、結局授業の合間を縫うようにこの時間にヒアリングをすることになったのだ。本来であれば琴子もらあらも学校に通っている時間だが、特に問題はない。学生の退魔士もそれなりの数がいるため、日中に依頼等が入ってしまったときは公欠のような扱いになるのだ。学業ももちろん重要だが、人々の生活の安全に深くかかわる仕事であるということである程度融通をきかせてもらえる。透に言わせれば「いくら使いやすいとはいえ、学生退魔士にそうした制度を作らないと回らないほどの現状だっていうのが泣かせるわよねえ……」ということだが。

「いえ、お気になさらず。とはいえ、大和さんのお時間を長々頂戴するわけにもいきませんから、さっそくヒアリングに入りますわね」

 消え入りそうな声で返事をしたさつきに笑みを返し、琴子は再度依頼ファイルに目をやる。

「一度所長からの簡易な聞き取りはされていると思いますが……実働は我々なのでもう一度質問をさせていただきますわ」
「は、はいっ」

 繰り返される細々とした質問にもさつきはよく答えた。自身のこと、家族のこと、事件の概要、被害者との関係性などの質問は滞りなく、依頼ファイルとの差異もなく終了する。別段違和感のある回答はない。あとは依頼内容の確認をして、振り込み等の手続きは透に任せればいい。納得してファイルを閉じようとした琴子だったが、その手が別の手に遮られる。この場でそんなことができるのは一人しかいないのだが、咄嗟のことにぽかりと口が開いてしまった。

「……らあら?」

 依頼人の前だということも忘れて名前を呼ぶ。琴子の手を止めたらあらはじとりとした目をさつきに向けると口を開いた。

「聞きたいことがあるんだけど」
「えっ、あ、はい?」
「なんでうちなんだい? 君の職場は、黒本退魔依頼所に依頼を出せとは頼まなかったはずだけど」

 らあらの目が細められる。猜疑を通り越し、いっそ敵意と言ってしまったほうがしっくりくるようなその目に射抜かれたさつきは「ひぃ」と小さな声を上げて身体を固くした。

「……阿良々木、失礼よ!」

 そこでようやく我に返った琴子がらあらとさつきの間に体を挟むようにして視線を遮った。ひゅ、とさつきの口から息が漏れる音がやけに大きく聞こえる。しばらく琴子越しにさつきを睨んでいたらあらだったが、数秒ののちに大きく息を吐いた。そして取り繕うように笑む。

「……ごめんごめん、怖がらせる気はなかったんだよ。ほら、うちみたいな中途半端どころか弱小もいいところな依頼所に、市内全域に広がっているような事件を任せるだなんて、普通に考えればおかしいじゃないか」

それはもっともな意見だが、何も依頼人を怯えさせてまで聞くことではない。
そうとがめようとした琴子だったが、それより早く当のさつきが声を上げた。

「……あ、えっと、依頼理由は……ちゃんとあります」
「へえ?」

 らあらが片眉を上げた。興味を引いたらしい。彼女が前に出ないようにけん制しつつ、しかし琴子もさつきの発言に意識が向いていた。琴子とて滅多にない形式での依頼、気になっていないわけではない。二人分の視線を向けられたさつきはしばらく口をつぐんでいたが、深呼吸ののち意を決したように口を開いた。

「……お二人は、【一之宮】と【四之坂】のご本家筋なのでしょう。退魔士ではない一般人でも知っているような、退魔の名門中の名門……その一家に依頼をしようと思ったら、正規の手段では私みたいな一般の人間は手が出ません」
「……ま、そりゃね。金額だって馬鹿にならないけど、そもそも本家に依頼しようと思ったら最低国政に絡むくらいの人間じゃないと伝手がないからねえ」

 けらりとらあらは笑う。
 数多の職業に家系が影響するように、退魔士にも所謂名門と呼ばれる一族が存在する。能力は体質に依存するため、同様の能力を持つ退魔士は血縁関係にあることが多いのだ。そして、琴子とらあらはその名門と呼ばれる一族の生まれである。
 武器創造の能力の中でも近接創造の能力に特化した【一之宮】と呼ばれる霊山寺家の琴子に、多種多様な詠唱を駆使する呪文能力に特化した【四之坂】と呼ばれる阿良々木家のらあら。両家は共に知らぬ人間はいないほどの退魔の名門だが、万一のことを考えて名前その他のデータは公表されていない。先にさつきとらあらが述べたようにこの一族への依頼は本来国家の中枢に関わる人間からしかできないため、比喩でもなんでもなく一般人の手が届く存在ではない。

「……わたしを一之宮と呼ぶ人は久しぶりですね」

 琴子は小さく呟く。その様子にさつきがさっと顔を青ざめさせたが、謝ろうとした彼女を制して琴子はもう一度微笑んだ。気にしないでください、と言った声は震えていなかったと思う。
 現在、退魔の名門とされる【十家】の名から一之宮は消されている。本家の一人娘である琴子も一之宮を名乗ることはない。当主であり最高位の国家退魔士であった父が任務中に失踪したことを受けて一家取り潰しとなったからだ。確実に依頼を遂行できるから名門を名乗ることが許されるのであり、ただ一度の失敗ですらその名を剥奪されるには十分なのである。

「ま、そんなこと言うなら自分を四之坂って呼ぶのもレアだよ。生まれこそ阿良々木だけど、自分は根っからの本家ってわけじゃないしね。お偉方は絶対に自分を四之坂って言わないもんだから」

 横かららあらも口をはさむ。彼女は本家筋の生まれではあるが少々生まれが複雑であり、内情を知る人間はらあらのことを四之坂とは呼ばない。本人がそれを気に留めていない様子を見せているので、タブーというわけでもないのだが。
 二段構えで地雷を踏んでしまったと思っているのだろう、さつきは体を小さくしている。人によっては地雷になる会話だが、良くも悪くも割り切っている琴子とらあらにとってはどうということはない。二人で顔を見合わせて、どちらからともなく苦笑した。

「まあ、一度依頼を受けた以上は詮無きことですし……何より、その名門出のわたしたちが小さな依頼所で規定人数にも満たないチームを構成している時点で訳ありなのは大和さんもご承知の上でしょう?」
「それは……そう、ですね」
「であればなおのことお気になさらないで。わたしたちもベストはつくしますが、それでも市からの正式な依頼をもって退魔にあたっている退魔士とは経験も実力も違います。それを踏まえたうえでのご依頼であれば」

 ゆっくり息を吸って微笑む。琴子とらあらはゆったりと一礼して、

「「我々、“R”にお任せを」」

 そう言葉を合わせた。

◇ ◇ ◇

「……それで、どう?」

 さつきがいなくなった応接室で琴子は静かにそう問うた。声をかけられたらあらはうーん、と大きく伸びをする。

「〈解除〉」

 らあらの言葉ののち、ぱちんとスパークのような音がした。音と同時にらあらの瞳が一段階明るくなる。
 らあらが保有する、呪文の能力。それを使ってらあらは視覚・聴覚・嗅覚を常人以上の感度にしていた。本来であれば退魔に用いるその力をさつきのヒアリング中に使用していた理由など一つしかない。

「悪いニュースともっと悪いニュースがあるかな」

 らあらはけろっと言い放つ。若干の頭痛を覚えつつも琴子は「じゃあ悪いニュースから」と話の続きを促した。

「んにゃ、あの依頼人はクロっぽい。妖魔の匂いぷんぷんさせてさあ……いずれ“赤ずきん連続殺人事件”に関わってくると思うよ」
「……まあ、最初の被害者と最新の被害者の関係者ですしね。悪しざまな言いようですけれど、どちらにしても餌にはなるでしょう」

 妖魔にも好みというものは存在するらしい。比較的身近な人間を二人食い物にしてるところを見ると、大和さつきという人間は赤ずきん連続殺人事件の妖魔に好かれていると考えていいだろう。

「悪いニュースがそれだけであれば、おおむね予想の範囲内ですわね。それこそ市から依頼を受けている方々も調べはついているでしょうし……それで、もっと悪いニュースのほうは?」
「うん。あの依頼人に妖魔がついてるのか、それとも狙われた残滓なのかが全く判断できなかった」
「……え?」

 ぽかりと琴子の口が開く。それを珍しい顔だなとどこか遠い事のように思いつつ、らあらはいつもの通り笑った。


「力が大きすぎて並の呪文じゃ測定ができなかった。この依頼、自分たちの力量だとちょっとばかし厳しいかもね〜」


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