非常に稀な。



 この世界には妖魔というものが存在する。常識や科学で解決できない超常現象を引き起こす原因とされるものだ。所謂天災や未解決事件と呼ばれるようなものはこれが絡んでいることが多い。特殊能力を使用しない限り倒すことができないうえ、無形のものも有形のものも存在するため、その対応が一通りではなく非常に危険なものとされている。
それを滅する特殊能力を持つ人間を“退魔士”という。能力を発現させるだけでなく正式に試験等に合格しなければ活動ができないため、一般市民にも職業として認識されている。また一口に能力といっても肉体強化系、武器創造系、呪文系など多種多様な発現方法があり、流派や家柄等もあるため退魔士によって滅し方はそれぞれだ。

「退魔の依頼……“うち”に?」

 琴子は僅かに震える声で問いかけた。それもそのはず、この依頼は琴子からすれば奇妙なものなのだから。
 退魔士は資格を必要とする職業だが、個人での活動はほとんど行われない。前述のとおり対応が一通りでないため、自身の発現方法が対峙した妖魔にそぐわなかった場合、逃げるか死ぬのを待つしかないからだ。貴重な能力者の無為な死亡を防ぐ目的で、退魔士は依頼所や事務所、国などそれぞれの所属で退魔の仕事を受け、最低でも三人、多くて十人ほどのチームで動くことがほとんどだ。人数に明確な規定があるわけではないが、小規模なものなら三人いれば誰かしらの発現方法は合致することが多い。逆に大規模なものになれば数十人から数百人で系統立てた退魔を行う必要もあるらしい。琴子はそんな妖魔にかかわったことがないので又聞きでしかないが。
しかし、そう考えるとこの依頼はどう考えてもおかしい。
 今回の依頼先である「黒本退魔依頼所」は黒本透が運営する依頼所である。依頼所には一族だけで退魔を運営できるような名家出身でなく、また公式の事務所や国から声のかからない駆け出しや実力があまりない退魔士が所属する。琴子も、そして先ほどから我関せずという顔でケーキをむさぼっているらあらもこの黒本退魔依頼所の所属であり、つまり世間的な評価としては中級以下である。
 本来そうした依頼所に来る依頼は「自宅の一室の様子がおかしい」といったものが中心で、大きくても家一軒の範囲が関の山なのだ。範囲が小さいということはそれだけ問題を引き起こす妖異も低レベルのものが多い。力のある退魔士は難しい依頼を、そうではない退魔士は比較的容易な依頼を扱うという明確な線引きがある。琴子本人も今まで扱ってきた依頼はそうした小規模なものばかりだ。

「佐々熊市といえば、確かに市として小規模ではありますが、それでも十分に広域妖魔の可能性がありますわ。なのに……うちに“退魔”の依頼?」
「そうなのよねぇ。わたくしも確認はしたのだけれどぉ……」
 困ったような顔で透は言葉を続ける。
「何度聞いても支援じゃなくて、退魔なのよ。ほかの所も動いてるから、重複依頼になるみたいなのよねぇ……」
「他所の事務所が入ってるところに横入りってのがすごいよねぇ。事務所対事務所ならまだしも、うちは依頼所だし……自分ら刺されたりしない?」

 けろりと物騒なことを言うのはらあらだ。目線でそれをたしなめながら、しかし琴子はそれをあり得ない話だと一蹴することができなかった。
 実力至上主義の退魔士が格下相手に依頼を横取りされていい顔をするとは思えない。実力が拮抗していればまだしも、黒本退魔依頼所は弱小の依頼所で、なおかつ琴子もらあらも学生退魔士だ。

(まあたしかに、私もらあらも“普通の”学生退魔士と言い切るのは難しいですけれど……)

 頭の端に浮かんだ考えを首振りで払い、琴子は透に向き直り手を差し出す。透は心得たとばかりに大きなファイルを琴子に手渡した。
 琴子はファイルを開く。表題を改めて確認し、深く息を吐いたのち、口を開いた。

「“赤ずきん連続殺人事件”……確かに、退魔の依頼として“R”が受諾いたしますわ」
「……では、依頼成立ということで。早速日程すり合わせの上ヒアリングといきましょうねえ」

 少しばかり緊張していたらしい。わずかに震えていた手をらあらに掴まれて、琴子はそちらを見る。いつも通りの食えない笑みを浮かべていたらあらは「ココってば心配性なんだから」とのたまった。またため息を一つ落として琴子も笑う。

「あなたがそんなに適当だから、私が心配をせざるを得ないんですのよ」
「ええ? そうかなあ。まあでもほら、確かにヤバそうではあるけどさ。これ達成したら、それこそ“R”的には大金星じゃない?」
「人生がそんなに簡単であれば、我々も苦労しませんわ。それにそういう態度が慢心と言うんですのよ。あなたには真剣みが……」
「ああ〜はいはい、よぉくわかってるよ〜。そういうところが心配性だっていうのに」

 軽口を叩きながら二人で依頼のファイルをめくり、内容を読み込んでいく。詳細は後日依頼人から直接聞くにしても、事前に情報を入れておくのは最低限の努力だ。

「依頼人は……大和さつきさん、とおっしゃるのね」

 大和さつき、旧姓は六反田。佐々熊市内に夫と二人で暮らしていて、子供の欄は記載がない。依頼ファイルに張り付けられた顔写真を見てみれば、人は良さそうだがどことなく気弱そうな……口さがない言い方をすれば薄幸そうな女性が映っている。依頼人のプロフィールを見ながら依頼の内容を確認していた琴子だったが、とある一文にふと目を止めた。

「この方……直近の被害者と関係がありますのね」
「担任の先生らしいね〜」

 勤務先を記す欄には“佐々熊第一中学校”と几帳面そうな文字で書いてあった。ぺらぺらと資料をめくっていた中に被害者についての情報を記したページがあり、その中に佐々熊第一中学校に通う女子中学生の項があったのだ。
 被害者は雛岸湊。佐々熊第一中学校に通う中学三年生であり、今回の依頼人である大和さつきが担当するクラスの生徒だったらしい。ちょうど一週間前に死亡しており、学校帰りに二駅先の喫茶店に寄り道をしたところまでしか足取りがつかめていなかった。仕事から帰った母親が不在に気づいて探しに出たところ、自宅から数十メートルのところで息絶えている湊を発見したとのことだった。人通りの多い道ではなかったこと、街灯が切れていて薄暗い道だったことから発見は遅れに遅れた。発見された遺体は御多分に漏れず、腹を裂かれたあとに石を詰められていたという。

「自分のクラスの生徒が被害に遭って、いてもたってもいられなくなって依頼に来たんですの? 随分と熱心ですのね」

 琴子の言葉をらあらは鼻で笑う。

「こんなレベルのものなら国はともかく事務所から声がかかるだろうに……わざわざ自分から言いに来る必要はないじゃないか」
「……あなた本当に教員と名の付くものが嫌いですわね」

 さっきまであんなに依頼が来てご機嫌だったくせに、と言われたらあらは目をそらす。子供じみた八つ当たりの気持ちが一切なかったとは言い切れなかったらしい。

「……おや?」

 ごまかそうとして目をそらしたらあらの視線の先、気になる一文を見つけて声を上げる。琴子もその目線を追って、同じように声を上げた。

「大和葉奈子……依頼人の……義母?」

 被害者一覧の一番上に並ぶ名前には今回の依頼人と同じ苗字が記載されている。よくよく見てみれば近親者の欄には依頼人の夫の名前があった。

「つまり、生徒と義母が被害に遭って……なかなか事件が解決しないからしびれをきらしてやってきた……ということなのかしら」
「そうかもしれないわねえ。詳しいことはヒアリングで聞くことになると思うのだけれどぉ……」
「トールちゃんの資料は本当に表向きのもんだもんねえ。どっちにしたって依頼人の思惑なんて聞いてみないと分かんないってのは間違いないや」

 そうよねえ、と透は柔らかに笑う。依頼所の所長が事件の詳細まで聞くことは滅多にない。概要を聞き、その概要から解決に向いていると判断した退魔士を派遣するのが所長の仕事だからだ。
まあ、もっとも。

「どうせ動けるのは自分たちだけなんだし……“R”がうまくやれば黒本退魔依頼所ここにも三人目の退魔士が入ってきてくれるかもしれないでしょ?」

 ここにはRと呼ばれる一チームしか所属しておらず、そのうえこのチームは、本来チームの最低人数とされる人数すらそろっていないので、派遣の人選に困ることはないのだが。


[*前] | [次#]
[Main]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -