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Cross To You

ばぁん、と派手な音がして礼拝堂に光が差し込む。
うっそりと顔を上げて神父はそちらを見やった。
勢いよく開かれた扉の向こうには、真冬の新雪を思わせる白銀の髪を無造作に束ね、燃えるような紅薔薇の瞳をした中性的な美人がにんまり笑んで立っていた。

「やあオッサン、調子どう?」
「また来たんですか?相も変わらず暇そうですね」
「新米カポデチーナを捕まえてよく言うよなあ」

ケラケラ楽しそうに笑った新米カポデチーナことシセロ・ガッティは勝手知ったる様子で礼拝堂の奥で祈りをささげていた神父、ラファエレ・モンタニャーニに近づく。
そうして彼を見やり、オッサンも相変わらず暇そうだなとのたまって笑った。

10月にあった不可思議な出来事から早くも2か月が経過している。
シチリアから少し離れたところにあるこの島はシセロが所属するマフィア・アドルフォファミリーが所有するところとなり、少々の変化はあったもののおおよそ元の生活を取り戻しつつあった。
この教会も活動規模の縮小こそあったものの、依然と変わらず島唯一の境界として様々な場面で利用されている。

「本家付きになったと聞きましたが」
「耳がはえぇな。どの兄貴が喋ったんだよ」
「さあ?吊り上った目をしていて顔に傷がありましたよ」
「それうちのファミリーだと大体全員に当てはまるからな……まあいいや、オッサンに知られたところで困ることでもないしな」

特段変わったことといえば、教会にマフィアが出入りするようになったことである。
別に暴れるわけでもアジトにしているわけでもない。
本当にごく一般的な教会と同様に神父に話をしにくるのだ。必ずしも懺悔ではなく、日常生活の面白かったことや悔しかったことなど話の内容は多岐にわたるのだが。
ラファエレとしては神に祈りをささげるこの場が奪われなかったことで満足なので、マフィアが出入りすることも話に来ることも何ら問題はない。
神はこの行動もすべて見ている。どんな相手にも分け隔てなく接することは美徳だ。

「まあ本家付きとは言っても、カポが新しくアジトをここに移したから結果的にそういうことになったってだけで、僕の仕事としてはこの島の統括だけだからなあ」

快活に笑うシセロにラファエレはふう、と大きくため息をつく。

「あなたから見ればそうでも、周りから見れば大抜擢なんですよ」
「うるせえなあ、ウーゴみたいなこと言うなよ。……バラしたのはウーゴか?」

ウーゴ、という男の名に聞き覚えはない。その話をしていたのが最近よく見かけるようになったガタイのいい男だったということは記憶しているが。
さあどうでしたかね、とはぐらかすように立ちあがったラファエレに怪訝な目を向けていたシセロだったが、「あたたかいものでも入れましょうか」という言葉にすぐ表情を輝かせた。
この寒さの中わざわざアジトからここまで歩いてきたのだろう、シセロの鼻先はほのかに赤くなっている。

「あ、でも僕コーヒーは嫌だぞ。苦いから」
「そう言うと思って、紅茶を用意してますよ。あなた前、ものすごい顔をしてましたからね」
「なんだよ、ニヤニヤすんなよ。僕がコーヒー飲めなくたってオッサンには迷惑かけないだろ!」
「ええ、ええ、もちろん」

むっとした顔をしたシセロはくすくすと笑うラファエレの背中を割と本気で殴る。
しかし力のないパンチは痛みをほとんど感じないので、ラファエレは嫌そうな顔をすることなくやんわりシセロの腕を戻した。
その対応がお気に召さなかったらしいシセロはずんずんと礼拝堂を抜けて居住スペースまで進んでいこうとする。

「ああほら、待ちなさい」

諌めるように声をかけながらその小さな背を追う。
大柄なラファエレから見なくても小柄で華奢な筋肉のほとんどない体。
シセロが女だということを知ってからは、この体格で男であると周囲を騙していることに驚いたものだ。
それだけ彼女が性別を隠すことを徹底するのはひとえに「マフィアとして生きていきたいから」ということにも驚いたが、まあそこはラファエレの関与するところでもない。

「こら、シセロさん」

声をかければようやく振り返る。
ぷくりと頬を膨らませたシセロの顔はお世辞にも成人した男のそれとは言い難い。
どちらかといえば、そう、聖歌隊にいる子供たちのような、そんなあどけない顔だ。

「なんだよ、紅茶いれてくれるんだろ」
「ええ、淹れますよ。でも、あまり先に行かれると追いつけませんよ」

あなた足速いんですから、と付け加えると、不満そうだった顔が一気にほころんだ。
単純すぎて他人事ながら恐ろしいが、どうやら機嫌はなおったらしい。
「じゃあ早く淹れてくれよ」などとのたまって彼女はまたラファエレの隣に並ぶようにして歩きだした。
小さな少女と大きな男。性別も歩幅も話し方も考え方も何もかもが正反対の二人である。

「そういや聞いてくれよオッサン、こないだ向こうの島にカチコミかましたときに、向こうが3人縦に並んでてさあ」
「おや、野蛮なのは神がお許しになりません。……あなたの得意そうなシチュエーションですね」
「的かと思ったよなあ」
「3枚抜きですか、物騒なことです。……アーメン」
「はいはいアーメンアーメン」

それでも彼らはどこか似ていた。
例えばまとう雰囲気であったり、言葉の調子であったり。
この2人はそういう、非常にささいな、されど人間を形作る要素が少しずつ似ている。

だから彼女のことを嫌いにもなりきれないのだろう、とラファエレは本日何回目かもわからぬ大きなため息をひとつ。
叩き出されずに済んだからまた絡みに来るか、とシセロは本日何回目かもわからぬ豪快な笑みをひとつ。

「飲むならミルクティーしか嫌だからな」
「わがままですね」

軽口を礼拝堂にひとつずつ落として二人の姿が別室に消える。
大きな十字架だけがどことなく困ったような様相でそこに残されていた。








Cross To You









類は友を呼ぶと申しますが、この2人、友というには少々胡散臭く御座います。


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