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CTY!

その島を見たものは美しく、そして平和な土地だという。
イタリアマフィアがひとつ、アドルフォファミリーがアジトを置く小さな島。
島の中枢にぽつんと立つ教会が非常にシンボリックであり、ちょっとしたトレードマークである。
そのトレードマークたる教会の、礼拝堂。
そこでは一人の大柄な神父が祈りを捧げていた。

彼の名はラファエレ・モンタニャーニ。
齢は今年で46になる。
温和そうな紫の瞳は祈りのために閉じられ、茶髪が光を通して柔らかな影を彼の顔に落としている。

「……アーメン」

長い祈りの言葉を終えて、彼はふう、と息を吐く。

「まさか、ここがこんなにも綺麗に残っているなんて思ってもみませんでしたよ」
「死んでも絶対に連合軍を近づけるなと、カポデチーナが常々おっしゃっておられましたから」
「そう……先代はそのようにしてくれていたのですね」

ラファエレの言葉に若きマフィアは悔しそうに唇を噛む。
この島のカポデチーナ。美しき女マフィア、銀狼、シセロ・ガッティ。
イタリアを愛し、イタリアを守ると決めた彼女はイタリア戦線の最中、参謀のウーゴ、ソルダーティのエルモ、そして本土のカポデチーナであるヴィノとはぐれたあとの行方が分からなくなっていた。
大きな爆発音を聞いたのだとウーゴは言っていたから、もしかしたら死んでしまったのではないかと。
そんなうわさが出るたびに捜索班が出たが、結局のところ、彼女を見つけることはできなかった。
終戦から、既に1年。
ラファエレからすれば、彼女を見なくなって早くも3年が経過していた。

「カポデチーナ・シセロは……貴方がいるこの教会が好きでしたから」
「……ええ、そうですね」

会話は、重い。
カポデチーナが命を懸けてもこの教会を守れと言った意味が解らぬほど愚鈍な部下たちではなかった。
彼女が何を第一に考えていたのかを知っていて、そのうえで彼女の為に戦いたいと、そう思った。

「では、俺はこれで。今日からはまたこの教会を好きに使ってください」
「ええ、どうも。ウーゴさんにもよろしく伝えてください」
「……は、カポデチーナにも伝えておきます」

シセロの右腕だったウーゴはシセロが帰らぬ今、この島のカポデチーナとなっている。
本人は自分が止めきれなかったせいだと帰ってきてそうそうにラファエレに頭を下げていたが……正直、自分のしたことを考えれば彼の自責の念など感じるに足りるものではない。
男が出て行ったのち、ラファエレは礼拝堂の真ん中にある十字架に近づく。

始まりは、この十字架だった。
大司教が不在のあの寒い日、祈りを捧げる自分の耳に届いたのは扉を蹴破ったのではないかと錯覚するほどの大音量。
ばぁん、と勢いよく開いた扉から現れた、白銀の髪に燃える瞳の美貌。
十字架の前に跪きながら、なんて面倒なことになってしまったのだと思ったものだった。

それからどれだけ時間が過ぎても、礼拝堂の扉は勢いよく開かれた。
どれだけ怒っても、どれだけ諭しても、どれだけ宥めても、結局はあの音と、そのあとに飛び込んでくる「オッサン!」という嬉しそうな弾んだ声と、とびっきりの笑顔で絆されてしまったのだ。
媚を売るわけでも斜に構えるわけでもない。
ただまっすぐに純粋にラファエレ・モンタニャーニという男と向き合おうとしていた彼女は、もういない。

自分を守るために、命までかけてしまった、愚かな愚かな女性。
けれど、その愚かさを責めることもできなかった。
その一生懸命さこそが、彼女だとよく知っていたから。

「シセロ、さん」

呟き、巨大な十字架にそっと額を寄せる。
目を閉じて、彼女の無事を祈る。

「シセロさん……」

あの日の幼いキスをよもや忘れろと、そう言うのか、貴方は。

「忘れられるわけがないじゃないですか」

彼女の泣き顔をちゃんと見たのはあれが初めてだった。
拭ってやりたかったし、抱きしめてやりたかった。
虫のいい話だと分かっていても、彼女の為にしてやりたいことが、たくさんあった。
3年たってもまだこんなに彼女のことを考えてしまうのに。
礼拝堂の扉が、大きな音を立てて開かないかと、そんな馬鹿げた期待をしてしまうのに。

――馬鹿げた期待、なのに。

ばぁん、と派手な音がして礼拝堂に光が差し込む。
呆然と顔を上げて神父はそちらを見やった。
勢いよく開かれた扉の向こうには、真冬の新雪を思わせる白銀の短髪を風に靡かせ、燃えるような紅薔薇の瞳を片方、無骨な眼帯で隠した中性的な美人がにんまり笑んで立っていた。
彼の人はことんかつん、からん。とヒールと杖を鳴らしながら近づいてくる。
よく見れば、麗人の左脚は義足であった。
ことんかつん、からん。
簡易な義足と杖が一定のテンポで石の床に反射して音を鳴らす。
麗人は義足とは思えないほど滑らかに―まるでこの場所は歩きなれていると言いたげに―ラファエレの近くまでやってくる。

「ここにはザンゲを聞いてくれる神父様がいるって聞いたけど、アンタでいいのか?」

その凛とした声色の、美しいこと!
その可愛らしい声色の、甘やかなこと!

「……ええ、私でよろしければ」

息を吐くように、返事をする。
麗人は片方だけの紅玉めいた瞳をうっとりと細め、頷いた。
そしてもう一度、ことんかつんからん、と三種の音を鳴らして十字架の前にいるラファエレの前にしゃがみ込む。
義足だということを忘れるほど自然に形作られた祈りの姿、その神々しいこと。
長い白銀のたっぷりとした睫毛が僅か震え、真紅の瞳が再び姿を現す。

「ああ、神父様、お許しください。私はかつて、愛したひとを置き去りに、負け戦と知りながら戦場へと身を投じたことがありました。叶わぬ恋だと悲観し、自らの命を絶つ場を探しに行ったのです」

よく――よく、知っている。
かつて自分はその考えに思い至り、自らの平穏の為に一人の人間の人生を犠牲にしたのだと、柄にもなく絶望に似た感情を感じたのだから。
命を捨てに行くだけの戦いだと分かっていてなお行くのは、きっと彼女が語った「ラファエレ・モンタニャーニを守るため」という理由だけではなかっただろう。
やはりあの行動は、緩やかな自殺だったのだ。
静かに頷き、続きを促す。
麗人は心得たとばかりにもう一度息を大きく吸い、再び語り出す。

「しかし神父様、私は生き残りました。左脚と右目を失い、老いてみすぼらしくなったこのような姿で、しかし今なおその人に焦がれ、この地まで来てしまいました」

ゆったりとした動きで麗人が眼帯を外す。
その下は火傷によって皮膚がケロイド状になっており、右目はもう開きそうにもなかった。
恥じ入るようにその顔の半分を手で隠しつつ、麗人は上目遣いにラファエレを見た。

「神父様、罪深い「僕」をお許しいただけますか?」

そうして、ラファエレが聞き慣れた、ほんの少し甘えたような声でそう言った。

「この懺悔には、神ではなく、不肖私めがお答えしましょう」

ラファエレもそれに倣って、神父然とした口調にほんの少し。
穏やかさの中に、ほんの少しだけの憤りと、ほんの少しの喜びと、それからかつての軽口を。

「どれだけ……待ったと思っているのですか」

その言葉を聞いた麗人――シセロ・ガッティは。



「はは、オッサン本当に老けたなあ!お待たせ!」



ラファエレが見たくて仕方がなかった、あの光を纏ったような快活な笑みで笑った。





Close To You!





この2人の悲劇じみた喜劇はこれにて閉幕と相成ります。
Close to you,あなたのそばにいたいという願いはきっと叶うことで御座いましょう。

そうして、まだまだこの先、この2人の物語は続いていくので御座います。
今度はきっと、そう。

2人で、手を繋ぎ歩き往ける、そんな物語で御座いましょう!







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