真昼の星 | ナノ

§1



バタバタバタバタ、靴裏が廊下を叩く音が響く。
ざわざわ、誰かの話し声や笑い声の間を突っ切って、走る。
目標を補足して、さん、にい、いち。


「せぇぇぇぇぇふ!」


馬鹿みたいに大きな声でそう言いながら教室に飛び込めば、クラスのみんなが振り返り、仕方ないなあというように笑った。


「おはよーおはよー!いやあ、今日もいい朝ですなあ!」


大体、その一言からあたし――安堵天音の一日は始まる。

おはようとあいさつを返してくれるクラスメイトの間を抜けていつもの席へ向かう。
見慣れたメンバーになった4人はそれぞれ違った顔であたしにおはようと言ってくれる。


「おはよう天音ちゃん。もー、もう少し時間に余裕もって来な?」
「えへへぇ、ゼンショしまーす!おはようゆいつん!」
「おはよう安堵さん、今日も元気だね」
「おはようなるちゃん!今日もきれいなお顔だねえ」
「おいナチュラルに王子にセクハラすんなお前は。……おはよ」
「おっ、かげちゃん今日もつんつんしてるね!おーはよ!」
「あの……おはよう、安堵さん」
「ここちゃんもおはよー!はぁい、アサイチのぎゅー!」
「ひゃわわっ」


来栖結菜ちゃん、成瀬結城くん、白羽こかげくん、陣内美子ちゃん。
みんなはあたしの友達で、一番仲のいいグループの子たち。
でもみんなとはただの仲良しグループってわけじゃなくて、つい先日、一緒に世界を救ったメンバーなのだ。
世界を救ったっていうと本当にすごいことをしたみたいだけど、あんまりその実感はない。
あたしは特になにもしてなくてただただみんなと一緒に行動してただけだし。
というか、きっと一番頑張ったのは今あたしに抱きしめられて素っ頓狂な声を上げているここちゃんと、それを見て穏やかに笑っているなるちゃんだから。
あっ、もちろんゆいつんとかげちゃんもすごいのだ。
将来のことを真剣に考えている2人は、世界を救うぞ!ってことになったときもハチメンロッピ(この間ここちゃんに教えてもらった。ちょー強いって意味っぽいんだけど漢字の書き方はわかんない)の大活躍だった。

とにかく、あたしの友達は、そんなかっこよくてすごーい子たちなのだ。えっへん。


「ほら天音ちゃん、そろそろ陣内さん離してあげな」
「あっ、えへへ、ごめんごめん!」
「もー、悪いことじゃないけど周りをもうちょっと見て行動しなきゃだめだよ?」
「はぁーい!」


ぱっと離れれば顔を真っ赤にしたここちゃんは「あの、いえ、大丈夫です」とはにかんでくれる。
可愛いからもう一回抱き着こうかと思ったけど、無言で笑うゆいつんから圧のようなものを感じたのでやめておいた。
ゆいつんはめちゃくちゃ優しい。
でも度を越して人に迷惑をかけたり、怪我しそうな危ないことをしたりすると怒る。
怒られたら分かるんだけど、そういうときのゆいつんはめちゃくちゃ怖い。
今はそこまで本気じゃなくても、怒られそうだな〜って思うことをわざわざするほどあたしもお馬鹿ではないので大人しくしておいた。


「朝からすげえテンションだな。疲れねーの?」


若干げっそりしたかげちゃんにそう言われて首をかしげる。


「全然?むしろ楽しいからこのまんまで十分だなーって思うよ?」
「そうかよ」
「かげちゃんって、毎朝生理みたいなテンションしてるね!二日目?」
「ばっ……!ちげーし!つかそういうこと言うなぁ!」


一気に顔を赤らめたかげちゃんにクラスの女の子たちの視線が集中するのを感じてあたしはにっこり笑う。
かげちゃんはつんつんしてるけど、たまにこうやってへなちょこになるからお話をしてて楽しい。
赤面させるのはまあ、ちょっとしたサービスだ。


「2人は仲良しだね」
「馬鹿王子!どこをどう見たらそう見えんだよ!」
「ほほーぉ、なるちゃんはやっぱり見る目があるね!そだよー、あたしとかげちゃんは仲良しなんだから!」
「だよね、僕も白羽くんとそれくらい仲良くなりたいなあ」
「いや無視すんなよ!」


のほほんと笑うなるちゃんは、実は未来人だ。ドラえもんの力を持ったセワシくんって感じ。
ジャシンっていうやばいものがいる未来からきて、その未来を変えたいってずっと頑張ってた男の子。
一緒に未来を変えて、お別れも言わずに未来に帰って、そうしてもう一回戻ってきた。
その件ではここちゃんがガチ凹みしてみんなで慰めたり、かげちゃんがどんよりしてたり、まあいろいろあったんだけど帰ってきたからヨシって思ってる。
ちなみにあたしは呑気に帰ってきたなるちゃんの顔面に一発拳を振りぬいていて、生徒指導部の山ちゃん判断で一発アウト、自宅謹慎した。
ゆいつんにもここちゃんにもかげちゃんにも怒られたけど、当の本人だけが「痛いよ、でもごめんね」とやっぱりのほほんとしていた。
一応ごめんなさいもしたし、蟠りはない、はず。


「あ、でも本当に安堵さんと白羽くんと来栖さんって仲良しだよね」
「ん?まあ付き合い長いしねー」
「長いって言っても高校入ってからだから3年目じゃない?」
「あの……3年でって思うと本当に仲良しだって思うよ。ずっと一緒だもんね」
「いひひぃ、そう見えますかな〜?でもねえ、他人事みたいに言ってるけど、ここちゃんとも仲良しなんだよ!」


ね!と言えばここちゃんは頬を赤らめて、それからこっくり頷いた。
とってもかわいいここちゃんは、なるちゃんの一件を通じて仲良くなった。
それまではクラスメイトの1人としてしか見てなかったけど、近くにいるようになったらめちゃくちゃ好きになった子。
あたしと正反対みたいな性格で、優しくておとなしくて、でも大事なところでは絶対に退かない、そんなかっこいい女の子なのだ。

最近ここちゃんとはゆいつんも一緒に秘密の作戦会議をしたりもする。
議題はもちろん、「鈍感王子たるなるちゃんをどうやって振り向かせるか」だ。
恋する女の子はとってもかわいいんだってことを、ここちゃんを見てると思う。
きらきらぴかぴか、宝石みたいな目でなるちゃんを見るここちゃんは同性のあたしからみてもとっても綺麗で可愛いから、なるちゃんはへたばってないでさっさと返事したらいいのになあって思ってしまった。
かげちゃんもなんとかつついてくれないかな……でもかげちゃんはかげちゃんでヘタレだからあんまり期待できない。
多分恋愛以外だと気も遣えるし頭もいいんだけど、こういうことには耐性がないのかもしれない。

朝礼の開始を告げるチャイムが鳴る。
チャイムとほとんど同時に担任の山ちゃん――山田先生が入ってきて、席の離れてるゆいつんとなるちゃんは自分の席に戻っていった。


「うーし、さー今日も朝から頑張れよーお前らー」


「オラ馬塚起きろー」とやる気が微塵も感じられない声で前のほうに座る鹿士ちゃんを起こす山ちゃんはきょろりと教室を見回した。
そうして、ばちり、と。
目があった。
なんとなく嫌な予感がして後ろに座るここちゃんに「今日も鹿士ちゃんよく寝てんね」なんて話しかけて目を逸らす。


「そういえば、まだ進路希望調査を出してないやつがいるなあ。今日中に俺んとこまで出しにこいよ」


分かってんだろな、安堵ォ?
言外にそう言われた気がしてぐっと言葉に詰まる。
前向いたほうがいいよ、とここちゃんに促されてしょんぼりしながら前を向いた。

そう。
あたしの目下の悩みは、この進路云々である。



今となっては「なかったことになってしまった世界」の話なんだけど、あたしは一度山ちゃんに自分の進路について打ち明けたことがある。
あたしの将来の夢は写真家で、写真家になるためにどうしたらいいのか迷ってますって言ったとき、山ちゃんはいくつかの専門とか大学のパンフレットを投げてよこして、それに加えてアシスタントを募集してそうなカメラマンを探すと言ってくれた。
今あたしたちがいる世界ではその会話はなかったことになっているけれど、多分同じように話したら山ちゃんは同じように親身になってくれるだろう。
ただ、少しだけその時と違うものがあるとすれば、あたしの心情くらいだ。



「天音ちゃん、ちゃんと進路希望出しに行くんだよ?めんどくさがっちゃだめだからね」
「お前と馬塚くらいだろ、出してないの。決まってるとこまで書いとけよ」
「あの、分かんないことあったら聞いてね。考えるから」
「うんうん、安堵さんのやりたいことを書けばいいんだよ。大丈夫、できるよ」
「はぁーい……」


みんな予定があるらしく、じゃあね〜という軽い挨拶と共にみんなは下校していく。
どうするかなあ、目の前に鎮座するにっくき紙切れはできることなら紙飛行機にでもして窓から捨ててやりたい。
けれど、そうしたくないと思う自分もいる。
うぅ〜と呻いて机に突っ伏した。
ざあっと外で吹いた風が木々を揺らしている音がする。


「どうしたいのか、ねえ……」


考えてこなかったのだ、そんなこと。
今までは流されるまま生きてきて、自分で何かをしたいと思って行動することはなかった。
この間の一件ですら、なるちゃんに頼まれたから……という理由がもとにある。
世界を救うなんて大きなことすら誰かにお膳立てをされているのだから、自分の進路なんてちっぽけなこと、自分の考えを思い浮かべることすら難しい。


「困ったなあ……」


困ってみたところで、誰が助けてくれるわけでもないのだけど。
結局その日中に進路希望を書くことはできなくて、あたしは泣く泣く進路指導室に行ってやっぱり同じ話を同じように山ちゃんにすることになった。
山ちゃんはもっと早く言えよ、と言いながらあの日と同じパンフレットをかしてくれて、知り合いに声をかけてみると言ってくれた。


「安堵」


パンフレットを抱えて進路指導室を出ようとしたあたしに山ちゃんが珍しく真面目なトーンで声をかけてくる。
くるりと振り返れば相も変わらずやる気なんて感じられない顔で、なのにその目だけが爛々と光を孕んであたしをじっと見据えていた。


「なあに、山ちゃん」


できる限り、いつも通り。
楽しそうに聞こえるような音を探す。
山ちゃんはすうっと目を細めて、それからたった一言だけ。


「お前はもう少し人を頼ることを覚えたほうがいいな」


それだけ言って、あたしの返事も待たず部屋から追い出した。
カラカラと閉じられた進路指導室の扉の前で、さっき山ちゃんから言われた言葉がリフレインする。


「……そんなの、できるわけないじゃん」


そっと呟いた言葉は、茜色に染まった廊下に溶けて、あたし以外の誰にも届かなかった。














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