sweet rain(ロー)

*

雲行きが怪しくなってきた。
船番をしている私は船の縁に頬杖をつき、ぼんやりと空を眺めていた。


「降ってきそうだな……」


そんな時に真っ先に頭に浮かぶのは傘を持たずに船を下りていったうちの船長の背中。
そういえば傘を持って行ってるのなんて、今まで見たことない。
そろそろ帰ってくる時間だ、と思えば私の足が無意識に船の中の物置に動いていた。
傘、確かあったはず。
物置に乱雑に置かれた物たちの中から5本の黒い傘を見つけると、全部持って、他の船番のクルーたちに「ごめん、少し出てくる!」と言って船を駆け下りた。

予想通り、ぽつぽつと雨が降り始めた。


船を下りて街の方に走っていると、途中でシャチとペンギン、あと2人のクルーに出会って、それぞれに持っていた傘を渡した。
会った皆に「船長は?」と聞いたけれど、一様に首を横に振るだけだった。

強くなってくる雨足に残り一つの傘を広げる。
黒一色かと思っていた傘には、黄色いハートのジョリーロジャーのポイントが付いていた。

街をぐるりと一周しても船長の姿は見当たらなくて、入れ違いになったかな、と船に戻ろうとすると街の入口に見慣れた背中を見つけた。
雨なんか気にしないとばかりに、スタスタといつも通り歩いて行く船長の後ろ姿を走って追い掛けた。


「ロー船長ー!」

私の声に振り向いて足を止める船長。追い付いた私は船長がそれ以上濡れないように傘を持った手を高く上げ、船長の方に傾けた。船長背高い。


「ごめんなさい、ひとつしかなくて」

「おれは別に濡れても構わねェ。自分で使え。」

「いやいや、大事なうちの船長ですし。私の方こそ濡れても構わないので使って下さい。」

と、傘を差し出すと船長はそれを受け取り、傘を持っていない方の腕を私の肩に回して引き寄せた。

「……そんな訳にもいかねェだろ。」

密着する身体に顔を赤らめる。


「わ、あ、あのっ」

船長がふたりの丁度真ん中に傘をやった。

「なんだ、不満か」

「い、いえ……あ、刀持ちますっ」


肩に回された手に持っていた鬼哭を掴むと、船長はそれを離して私の肩を掴んだ。心拍数が上がっていくのが良く分かる。
船長と船に向かって歩き始めた。
歩幅を私に合わせて歩いてくれている船長に申し訳なさを感じつつ、船長のこういう優しい所が私は好きなんだな、と再確認した。
好きだなんておこがましくて言えたものじゃないけれど。


「あ、あの……歩きづらくないですか」

「別に」

「すみません、余計なことしちゃったかな……」


ふと、船長が立ち止まった。私も合わせて立ち止まる。
肩に回されていた手に少し力が入って、更に引き寄せられた。
船長の方を見れば、急に船長が上半身を屈め顔を近付けてきて、驚く間もなく、唇に熱いものが触れた。

頭が真っ白になる。

「ありがとう、な。」

それまで表情を変えなかった船長が私の目の前で静かに笑っている。

数秒して漸く私の唇に触れたものが船長の唇だと分かると、目を限界まで見開いた。
言葉が、出ない。


「……っ」

そんな私を見て、船長は悪戯っぽく笑った。
飛び出てきそうなくらい心臓が暴れていて、煙が出そうなくらい顔が熱くなる。
思わず俯いてしまう。


「……うぅ、私、暫く船長と目を合わせられません」

「慣れてねェ女ってのも悪くねェな。」

「……死んでしまいそうです」



船長から目線を反らして見えたのは、水溜まりに次々と落ちてきて跳ねる、たくさんの雨粒。
この甘い雨に、感謝せずにはいられなかった。







「……それにしてもこの身長差だとお前が濡れるな。」

「いえ、お構い無く。」

「前と後ろ、選べ。」

「?どういうことですか?」

「背中に乗るか、前に抱かれるか」

「!?いや、本当にお構い無く!」

「選べ」

「いや、ほんとに」

「決めねェなら、前だな」

「……後ろでお願いします。」

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