番外編*贈り物は(後編)
そのきらきらした建物を見上げたクーラは、目を大きく見開いてその場に固まった。
店の前にディスプレイされていた物は、女性なら誰でも憧れを持ち、幸せな者にしか身に付ける事が許されない物だった。
「え……?ちょっと」
「何やってる、行くぞ」
ローは微塵の動揺も見せず、固まるクーラの手を引っ張って店の中へ入った。
「ロ、ロー、あの」
「いらっしゃいませ」
女性の店員が満面の笑みで出迎えると、クーラは動揺しつつもつられてぎこちない笑顔を作った。
クーラは目を店の中のディスプレイや、並べてあるものに向けた。
そこに数多く並ぶのは様々なデザインの、
ーー純白のウェディングドレスたちだった。
「綺麗……」
瞬く間にそれらに惹かれたクーラはため息を吐くような声で零した。
「そちらの方のドレスですか?」
店員が笑顔を崩さずクーラの方を見ると、ローが短く「ああ」と返事をした。
「私の、ドレス?」
「着てェって言ってただろ」
「え……えっと……つまり」
「言いてェ事は後から言う。とりあえず選べ」
クーラは数秒驚きの顔をした後、心の底から沸き上がる喜びと共に涙で目を潤ませた。
「……っ」
「オイオイ、泣くんじゃねェ。似合わなくなるぞ」
「うぅ……うん……」
手の甲で込み上げる涙を拭ってクーラが頷くと、ローがクーラの頭を優しく撫でた。
「ローはどんなのが好き?」
クーラは目をキョロキョロさせながら声を弾ませる。
「クーラなら何でも似合うだろ」
「答えになってない」
小さく頬を膨らませてローを見ると、ローは至って真剣な顔をしていた。
「クーラが好きなのが好きだ」
「それも答えになってない」
「お前が好きなのがいい。こういうのは女が決めるもんだろ」
「一緒に選んでくれなきゃ嫌だ」
「……分かった」
ーーーー
二人で選んだドレスを身に付けたクーラが、緊張の面持ちで試着室の閉められたカーテンの前に立った。
店員の手によって、手にドレスと同じ純白のグローブがはめられ、髪が纏め上げられティアラとヴェールが乗せられると、ヴェールが顔の前に掛かった。
「とっても綺麗です」
「本当に?変じゃない?」
「ええ」
そう言って微笑んだ店員によってカーテンがシャッと勢い良く開けられると、試着室の前のソファーに座り着替えを待っていたローが立ち上がった。クーラは目の前に出された白のハイヒールを履いてローの前に立ち、顔を上げた。
ヴェール越しにローと目が合う。
クーラは緊張と期待に胸を高鳴らせて、小さく口を開いた。
「……どう、かな」
そのドレスはプリンセスラインのふわふわとしたかわいらしいデザインで、胸元のフリルと腰元の大きなリボンが特徴的なドレスだった。
ローは感想を言う前に満足そうに笑って、鬼哭の柄に下げていた両手で持てる程の大きさの袋を持ち、店員に渡した。
「これで足りるか」
慌てて店員が袋の中身を確認すると、目を丸くさせて「は、はい」と上ずった声を出した。
「ではお品代だけ……」
「足りるならそれで良い、貰ってく」
それだけ言ってローは鬼哭を持つと、クーラをお姫様のように抱えて店を飛び出した。
「ど、どこに行くの?」
クーラが狼狽しながら訊ねても、口を開かず大きく歩を進めるのを止めなかった。 街行く人々が腕に抱えたウェディングドレス姿のクーラに視線を注ぐのを気にも留めずに、ローは足早に街を抜けた。
そのまま止まることなく栄えた街の外れに来たローがクーラを下ろした場所は、一面芝生の小高い丘の上だった。近くに岸壁があり、その丘からは水平線が一望出来た。
沈み始めた夕日がクーラのウェディングドレスをほんのりとオレンジ色に染めた。
二人は向き合って、目を合わせた。
「クーラ、誕生日おめでとう」
いつものようにクールに笑ってローが言った。
「ローも誕生日おめでとう」
クーラも笑顔でそう返事をした。
「似合ってる、綺麗だ」
「ありがとう、嬉しい」
クーラが頬を赤らめて少し俯くと、ローがクーラの顔の前に掛かっていたヴェールをそっと後ろへやった。
「おれへのプレゼントは決まったか?」
「ううん、まだ……」
「だいぶ悩んでたみてェだな」
「何で知ってるの?」
「おれを誰だと思ってる。お前の事なら大体分かる。……それで、結局どうするんだ」
「あ、あの、あのね」
『最終手段、プレゼントは私だぜ』
シャチがそう言っていたのがふと頭によぎった。
「プ、プレゼントは」
「お前」
「……え?」
「お前をくれ、クーラ」
その台詞にどくん、と心臓の鼓動が大きくなった。
私の言おうとしたことも分かられていた、と驚く余裕もなくローの言葉にただただ嬉しさだけが溢れた。
「おれはクーラを一生愛する」
その嬉しさは涙になってクーラの頬を伝い、やがて地面に落ちた。
「ロー……っ」
「お前はどうだ」
「……っ、もちろん、一生愛する」
「……それなら誓い合おう。顔を上げてくれるか」
クーラが涙を拭ってゆっくり顔を上げると、ローがジーンズのポケットから小さな箱を取り出した。
ローはその箱に入っていた、小ぶりのダイヤモンドが一つ光る指輪を取ると、クーラの左手を取り、グローブを脱がした。
その指輪はローの手によって、そっとクーラの左手薬指にはめられた。
「ぴったりだね。……ドレスと指輪、今までで最高の誕生日プレゼントだ」
「おれも最高のプレゼントを貰った」
クーラが左手を自分の顔の前に翳して「幸せ」と呟いた。
「おれも同じだ」
ローがクーラの右頬に触れると、顔を近付けた。
クーラは反射的に上を向いて目を瞑った。
誓いのキス。
触れ合った唇は、どちらも普段より熱を帯びていた。
「ロー、本当にありがとう……っ」
クーラの瞳に再び涙が溢れて、今度は次々と頬を流れていった。
「泣くな……っつっても無理そうだな」
「無理……っ、ぐすっ、だって、嬉しくて……っ」
ローはウェディングドレス姿で泣きじゃくるクーラをぎゅっと抱き締めて、「死ぬまで愛してる」と耳元で囁いた。
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