40*医者の仕事
元に戻ってもおにいちゃんと呼ばなくなっていたのは、心のどこかでほんの少し、期待してたからなのかもしれない。
寝る準備をしてベッドに入った二人は、並んで天井を見ながら話していた。
「お前はこれからどうする。このまま船に乗るのか。」
「ううん、それはしたくないな。本当に足手まといになっちゃうし。」
「帰るにしても、完全に安全なルートでしか帰さねェ。とはいえ、あそこまで行く訳にも行かねェ。」
「大丈夫だよ、一人で帰る。安全に帰れるルートが見つかるまではお世話になっていいかな?」
「おれはこのままここに居ても良いと思うが。」
「だめ。ちゃんと強くなって、ローの役に立てるようになってから正式にハートの仲間になりたいの。」
「そうか。」
「その時は、正式に恋人にもしてね。」
「ああ。……お前、本当に成長したな。あんなにおれから離れなかった奴が。」
「この冒険のおかげかな。私もいつまでも子どもじゃないんだよ。……もしかして寂しい?」
それを聞いたローがごろんとクーラの方を向いたと思えば、クーラの額をぱちんと指で弾いた。
「痛っ!何するの!」
じんじんと痛みが走る額を擦る。
「何でもねェよ。」
今度はクーラに背を向けたロー。
背中のジョリーロジャーに力を込めてぱちん、と反撃をする。
ローにはちくりとも来なかったようで、何の反応も見せなかった。
「いつか痛いって言わせてやるんだから。」
「楽しみにしている。」
「あ、今適当に言ったでしょ。」
ぺちぺちと背中を叩く。
「……寝ろ。」
「はーい。おやすみ、ロー。」
「…………。」
「寝るときはおやすみなさい、と言うもんだってあなたから教えて貰ったんだけど?」
「…………。」
「おーやーすーみ!」
「……おやすみ、クーラ。」
その言葉を聞けたクーラは満足そうに目を閉じ、眠りについた。
次の日、クーラは朝食の準備を手伝うため、ローより早く起きて食堂へ向かった。
イルカはいつも通り慌ただしく作業していて、クーラがキッチンへ入ってもかき回している鍋から目を離さず、クーラに気付いてない様子だったので「イルカさん、おはようございます!」とイルカに近付いて声を掛けると、イルカの肩がびくっと上がって、クーラに目線をやった。
「おお!えっと、イヴちゃんじゃなくて」
「クーラです。少し小さくなっちゃったけど、ここに居る間はちゃんとお手伝いします。」
クーラはそう言ってぐっと顔の前で拳を作った。
「クーラちゃんか。ペンギンの奴から何となく事情は聞いた。話は後でしよう、そこ頼むな。」
「はい!」
作業は大人になった時と変わらない早さで出来て、ちらほらとクルーたちが集まってきて朝食を取っていく。
最後にローが来て、クーラも隣の席で朝食を摂った。
ローは食べ終わると、「今日は絶対に外に出るな。出来るだけ部屋に居ろ。」と言い残して食堂を出て行った。
昼になるにつれて船の中が慌ただしくなってきて、昼食の片付けが終わって部屋に戻った頃には、船は海の上にいて、外からも喧騒が聞こえてきた。
結局その日、ローは部屋に戻って来ず、ご飯を食べに来ることもなく、ひとりで寝るのなんて久しぶりだな、と思いながらベッドに入ろうとするとコンコンと扉を叩く音がした。
ローかな、と思ったけれど、ローがノックなんてするはずないと首を横に振って「はい。」と返事すると、入って来たのはペンギンだった。
「まだ起きてたか。」
クーラが入ろうとしたベッドに座ると、 ペンギンは出入口近くの壁にもたれ掛かって、腕を組んだ。
「うん。忙しそうだったけど、大丈夫?船、揺れたりしてたし……。」
「船長が重症患者の手術してるんだ。もう終わりそうだが、今日はここには戻って来ないだろうな。今は船も安定している。」
「そっか。あ、私本当の名前はクーラって言うの。ごめんなさい、折角協力してくれたのに、逃げられなくて。」
「失敗したにしては嬉しそうな顔してるじゃないか、クーラ。」
「えへへ、結果オーライだったよ。」
「そりゃ良かった。おれも謝る必要は無さそうだな。」
「うん、本当にありがとう。ところで、患者って?」
「戦争で負傷した麦わらのルフィと、ジンベエだ。瀕死の状態だったが、何とか命は繋いだ。」
「流石ローだね。終わったらお疲れさまって伝えて。」
「落ち着いたら自分の口から言ってくれ。」
「麦わらのルフィか、面白い人って言ってたもんね。」
「そうだな。じゃあ、おれは手術室に戻る。ひとりで寝れそうか?」
「もう、ペンギンも子ども扱いしないでよ。私、これでもローの女なんだよ。」
ぷくっと頬を膨らませてみせるクーラ。
「……ちっ、手出すの早ぇんだよ。」
ペンギンがぼそりと発した言葉はクーラにははっきり聞こえなかった。
「何か言った?」
「気にするな。おやすみ、クーラ。」
「?うん、おやすみ。」
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