38*ほんとうのことを
迎えに来てくれた時、本当は少し嬉しかったんだ。
怒るだろうけれど、もう嘘はつかないから。
船の処置室へ着くとローはクーラを椅子に座らせ、慣れた手つきで手当をする。
「少し沁みる、我慢しろ。」
消毒液を浸した綿を傷口に当てるとクーラは少し顔をしかめる。
「……っ。」
そこをガーゼで覆いテープで留めると使った器具を手早く片付けた。
「……ありがとう。」
ローが机に体重を預けて腕を組む。
「さて、どういうことか説明してもらおう。」
「……この間デートしてた時に通った砂浜あったでしょ、あそこに行かない?」
訝しげな表情をするロー。
「どうしてだ。」
「まあまあ。ね、お願い。ちゃんと、分かるから。」
「……分かった。」
腑に落ちないという顔をしたローと共に少し離れた砂浜へ向かう。大きな樹の集まりで成り立つこの島で、砂浜があるのは珍しいらしく、ここだけなんじゃねェか、と前に通りかかった時にローが言っていた砂浜。
会話もなく、二人の足音だけがクーラの耳に入る。繋いだローの手がやけに熱く感じる。
そこへ着いた時には日も傾いていて、水面が夕焼けに輝いていた。
ふたりは波打ち際の少し前で歩を止めた。
「夕日、綺麗だね。」
「……そうだな。」
クーラが一歩前に出てローと向き合った。
段々と大きくなる心臓の音がうるさい。
落ち着けと心の中の自分に言い聞かせるが、言うことを聞いてはくれない。隠しきれない緊張がクーラの手を震わせる。そんなクーラの様子を見たローが口を開く。
「落ち着いてからでいい。」
「……ねえ、最後にキスして。」
「最後って何だ。お前が何だろうがおれはお前を離すつもりはねェ。」
クーラはそう言うローの唇に、微かに震える自分の唇を重ねると、下を向き、2、3回深呼吸をして、心を落ち着かせた。
ずっと握っていた拳をローの胸辺りまで上げる。
ローの部屋を出てから今まで、繋いでいない方の手で作っていた拳。
クーラは掌を上にして静かに手を開いた。
「……ねえ、これ、覚えてる?」
ローが手の中に隠されていたそれを見る。いまいちピンと来てないようで、眉を寄せた。
「これは……」
「ローはちゃんと持ってくれてる?私はずっと大事に持ってるよ。」
クーラがそう言うと、普段あまり激しく表情を変えないローが分かりやすく目を丸くさせた。
「……お前、まさか……」
手の中にあるのは、2年前ローに渡したものとお揃いのハートのジョリーロジャーと、自分の名前が彫られた、クーラにしか持ち得ない、金色のコイン。
クーラはくるりとローに背を向けると、穏やかに揺れる海へとゆっくり足を進めた。
腰程まで身体が浸かると、リーナが忠告した通り、徐々にクーラの身体が縮んでいく。腰程だった水位が胸辺りまでになり、すっかり元の姿に戻ったクーラは振り返って、海から出た。
夕日で眩しそうに目を細めたままのロー。表情からは感情が読み取れない。
大きくなって濡れた服のまま、ローの前に立った。
さっきまで見上げるのにきつさを感じなかったのに、今は大きな建物を見るように顎を上げなければ目を合わせられない。
「……ローってこんなに大きかったっけ。」
ローが全てを理解したようで、先程より大きく目を見開いた。
「クーラ……。お前……!」
低い声で、本当の名前を口にした。
怒っていると感じたクーラは無意識に目を強く閉じた。
数回、波の音だけが支配した後、クーラが耳にしたのは、予想だにしなかったローの「ククッ」という笑い声だった。
その声に驚いて目を開ける。
「……驚かないの?」
「驚き過ぎてんだ。何から言えばいいのかわからねェ。」
「簡単に言えば能力者に大人の姿にしてもらってローに会いに来たんだよ。本当はすぐ帰るつもりだったんだけど……。」
「詳しい話は船で聞く。風邪引くぞ。それと、膝の手当のやり直しだ。」
我慢していたけれど塩水で濡れたガーゼが傷口に沁みていた。ローは小さくなったクーラの身体をひょいと抱き上げる。
「ちょっと……!」
「どうせ靴も使い物にならねェし歩けねェだろ。」
「大丈夫!下ろして!子ども扱いしないで!」
ばんばんとローの身体を叩くが、びくともしない。
「今は甘えとけ。早く戻りてェんだ、お前に風邪引かせたくねェ。」
そう言うと、クーラは何も言わなくなり、ローはスタスタと船へ戻り始めた。
← - 38 - →
back