*08



「私に構う暇なんて無いんじゃないんじゃなかったの?」

「嘘だ」

「……不思議な人ね、船長さんって」


ローがベッドに取り付けられている机にトレイを置くと、無言でイヴの背中に手をやり、素早く上半身を起こした。

「……ペンギンさんより乱暴。」

「あ?」

片方の眉を上げ威嚇するような目付きをするロー。

「怖いわ」

ローは「チッ」と舌打ちをすると、 先程までシャチが座っていた椅子に座り、足を組んだ。それから、皿に乗ったパンを一つ取ると、ぶっきらぼうにパンを千切ってイヴの口元に持って行った。


「こんなに口に入らない……」

「面倒くせェな」


大きいとクレームの入ったパンの欠片を更に半分に千切るとイヴが口を開いた。
数回咀嚼して、飲み込む。


「船長さんもなかなか……」

「なんだ。」

「いや、何でも。」

その後も優しくとは言えない手つきで黙々とイヴに食事を与えた。ペンギンの時とは違って、和やかな雰囲気もなく、イヴのペースも遅かった。


「……ごちそうさま。ペンギンさんは忙しいの?」

「忙しい訳じゃねェが」


ローはイヴの肩を持って横に寝かせた。
起き上がらせた時よりも、少し乱暴さは無くなっていた。


「食べさせてもらっておいて何だけど、出来ればペンギンさんの方がいいわ」

「何故だ」

「何故って……ペンギンさんの方が優しいから」

「…………」


無言、無表情のローにイヴは居心地の悪さを感じた。
すぐに出て行くと思っていたローは、何故か椅子に座ったままイヴを見ている。ペンギンの方が良いなんて言ったのが、気に障ったのかな、とイヴは反省した。

「お世話になっておいて文句なんて言っては駄目よね。ごめんなさい」

表情ひとつ変えずイヴを見続けるロー。沈黙が、痛い。


「え、えっと、ありがとう。また何かあったらお願いするから、今は大丈夫よ」

遠回しに退室を促すイヴにローはばっと立ち上がりトレイを持って、大股でイヴの居る処置室を出て行った。


ローは洗い物を持って行ったついでにキッチンで酒を物色して食堂の席に着き、持ってきたグラスとウイスキーを机に置いた。
他にも酒を飲んでいるクルーがそこそこの人数居て、いつも通り賑やかな食堂。 ローはいつもは部屋に戻って飲むが、今日は何となく、騒がしい空気に身を置きたい気分だった。

ビールジョッキを持ったシャチが、ローの姿に気付き、ローの隣の席に座った。


「ここで飲むなんて珍しいっすね、船長。」

シャチはウイスキーの栓を抜き、ローのグラスに注いだ。

「悪ィか」

ローはグラスに口を付けると、一気に飲み干した。
一瞬で空いたグラスをシャチに向けるとウイスキーを持ったままのシャチが再びそれを満たした。


「明日の朝には着くみたいですね」

「そうか」

今度はいつものペースで飲んでいく。そういえばイヴに食事をあげていた時に船が海上へ上がっていたな、と思い返す。


「シャチ」

「どうしました、船長」

「優しさって何だ」


一番この男に似つかわしくない言葉が出て、シャチは口をぽかんと開けた。


「いや、ろくに女も抱けないお前に聞いても無駄だったな。」

ローの言葉にシャチぶんぶんと首を横に振る。


「いや、優しさで言えば船長よりは勝ってますよ!あ、仲間思いって部分では負けてるかもしれませんが、女の話なら別っすよ!」

「優しくする必要などなかったからな」


過去形で言うローにシャチははた、と閃く。


「船長あんたまさか、あの女に惚れちまったんですか!」

「お前に説明するのは骨が折れる、そういう事で良い。あくまで利用する為だがな。」

「利用……?」

ローの三杯目のウイスキーを注ぎながら、シャチは疑問を口にする。

「お前は深い事を考えるな」

ローがそう言うとシャチは途端ににやけ顔になった。

「何であれ船長はあの女に惚れたって事で良いですね?」

「気持ち悪ィ、その顔やめろ」

「ね、船長?」

「うるせェ、気持ち悪ィ」


シャチのにやけ顔に不快感を露にしたローは、ウイスキーのボトルをシャチから奪いグラスを持つとシャチを無視して席を立ち、食堂を出た。


自室に戻ったローは電気も点けずソファーに座り手酌をすると、窓越しに見える月明かりに目を細めた。


「……調子狂うじゃねェか」


ローは「チッ」と短く舌打ちをすると、月の光で輝くウイスキーを、一口で飲み干した。




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