*09
次の朝を迎え、ローは朝食を手にイヴの居る処置室へ向かっていた。
扉を開けようとドアノブに手を掛けると、中からふたつの笑い声がローの耳に入った。一瞬、手が止まる。手を止めた理由が分からず、気持ちの悪さに舌打ちをしてドアを開けた。
イヴと居たのは、ローの想像した通り、ペンギンだった。
二人はローの姿を見ると会話を止めた。丸椅子に座っていたペンギンが立ち上がって、「おはようございます」とローに会釈する。
イヴも挨拶代わりに、軽く顎を動かした。
「もう食ったのか」
「いえ、まだよ。点滴を変えるついでに色々お世話して貰ってたの。髪を洗って貰ったりとか、歯を磨いて貰ったりとか。"ペンギン"、朝早くからありがとう。」
イヴはペンギンに微笑みかけた。ペンギンも答えるように口角を上げる。
ローはベッドの机にトレイを置くと、ペンギンの座っていた丸椅子の少し後ろにある机の端に重心を預けた。
そうして腕を組むローを見て、部屋を出て行こうとしていたペンギンは足を出すのを止めた。
「おれ、ですか?」
「の方が良いそうだ。」
機嫌の悪そうな声色で言うローにイヴがばつの悪い顔をする。
「ごめんねペンギン。」
「それは構わねぇが……」
ペンギンはイヴの身体をゆっくり起こす。
「おばあちゃんなのも、少し慣れてきたわ。」
「今は甘えるといいさ、おれや船長にもな」
背中を支え、他愛のない話を時折しながら、ペンギンはイヴに食事を与える。
ローは何も言わずただじっと腕を組んで二人を見ていた。
イヴはローが何故ここに居続けているのか疑問に思いつつもそこには触れず、早いペースで食べ終わった。
「ご馳走さまでした、ありがとう」
横になったイヴが言う。
ペンギンがトレイを持って立ち上がると、「またな」と言って部屋の外に出た。それに続くようにローも無言で部屋を出ていった。
「ペンギン」
廊下でローに呼び止められ、ペンギンが振り返る。
「おれが何をしたいのかは分かるな。」
「ええ。」
「それなら、お前がやれ。別におれである必要はない」
表情を変えずに淡々と話すロー。
「船長じゃないと駄目です」
ペンギンは軽く首を横に振って言う。
「何故だ」
ローは眉を潜める。
「おれも一応女の事はそこそこ理解出来てるつもりです。脈がない事くらい分かります。と、なると、」
ペンギンが格好付けた様な笑みを作る。
「この船でおれより良い男は、あなたしか居ません。それに」
まっすぐ視線をローの目に合わせて続ける。
「……船長今悔しそうな顔してますよ。」
挑発的な口調でペンギンが言うと、ローが更に眉間に皺を寄せた。
「……お前も、気持ち悪ィな。」
「もうおれは雑用免除じゃなくて良いので、船長お願いします」
ペンギンはそう言い残してスタスタと食堂へ歩いて行った。
不味くてぬるいビールがずっと喉に残っているような不快な気分だった。
いざイヴと接すると、拒絶する様な態度を取られ、言い寄って来る女なら腐るほど居て自分から口説いた事のないローにとって、どうしたら良いのかなんて分かるはずもなかった。
……悔しいだと?ふざけんじゃねェ。
ローがまた舌打ちをして部屋へ戻ろうと踵を返した時、外から「島が見えたぞ!」と言うクルーの声がした。
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