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重い空気の中、漸くローが口を開いた。


「……今、何ヵ月だ」


「こないだペンギンにエコーで見せてもらって、詳しくは判らないけど、四ヶ月くらいだって言ってた」

イヴがそう言い終わると同時にローがマシンガンの様に話始めた。

「安定期に入るまではもう少しでも無理をするな。これまで出血はなかったか、出血があればすぐに言え。ビタミンAを摂りすぎない事、ナマ物も控えろ、ヒールのある靴はやめておけ、戦闘はもっての他だ。体重や血圧の管理もしっかりする事。怪我の影響はもう殆どないだろうが、駄目だと判断した時は正産期まで寝たきりで帝王切開も考える。それと」

「ちょっと待って、一度に言われるとわからないわ」


急に医療的な話をされたイヴがパニックになりそうになり、ローの言葉を遮るとローは一度口を閉じて軽く後頭を掻いた。


「……Dは」


ローは、今度はゆっくりと話し始めた。


「……Dの名を持つ者は神の天敵とも言われ、忌み嫌われる一族だ。産まれてくる子どももそんな宿命を持つ。お前も……」


ローはイヴをじっと見つめた。



「大変な目に遭うだろう。勿論、そんな事もよぎった。……だが」



ローはそう言うとイヴを優しく腕の中に包み込んだ。


「……今、ふつふつと沸いて来る喜びの感情が抑えきれなくなっている」

「ロー……?」

「嬉しいんだ。素直に、愛するお前との子どもが、嬉しい」


ローが耳元でそう囁いた。
嬉しい。ローは確かにそう言った。イヴは緊張していた自分の身体がみるみるうちに弛緩していくのを感じた。


「……ロー……っ」


身体の緊張が溶けるとともに目から涙が溢れだした。



「不安にさせたな」


ローは優しく、優しくイヴの頭を撫でる。


「いいの……っ?喜んでも、産みたいって思っても、いいの……っ」

「当然だ」

「嬉しい、嬉しい……っ」

「しかし、辛い思いをさせるだろう、お前も、お腹の子も」


低いけれども、柔和な声でローが言うと、イヴがローの背中に両手を回した。


「……私は大丈夫。この子も私が守るから」


イヴのその言葉からは強い意思が汲み取れた。


「頼もしいな。……お前と添い遂げるなんてとっくに決めていた事だ、今更覚悟する必要もねェな」

「ロー、この子が無事に産まれて来たら、結婚しましょう」

「……おれから言おうと…….。出産は何があるか分からねェ、おれもどうにも出来ねェこともある。必ず無事に産まれてくるなんて言えねェが……」


ローはイヴの背中に回した手を解くと、今度はイヴの左手を包んだ。


「Dのおれでも」


イヴの左手を挟んで、祈るように両手を交差させたローは、そう言ってその手を口元へやった。


「神に祈りは、通じるだろうか」


イヴは右手で涙を拭って、微笑んだ。


「……きっと通じるわ。ねえ、ロー」


名前を呼ばれたローは、イヴと目を合わせた。その瞬間、見たこともない慈愛に満ちたイヴの微笑みに、ローは目を見開いて釘付けになった。
睫毛には拭いきれなかった水滴が残っていて、きらきらと輝いて見えた。


「ロー?」


イヴの言葉でローはっと我に返った。


「どうかした?」

「いや、何でも」


見惚れていた、とは言えずに帽子の鍔を触って誤魔化した。


「ありがとう」

「……何がだ」

「死にかけの私を、新しい命が宿せるまで治してくれて。なんだか不思議だわ。……本当にありがとう」

「おれの希望としては」

「ん?」

「すぐにでもお前を妻にしたい所なんだが」

「……私的には」

「あ?」

「ロマンチックなプロポーズが良かったわ」


イヴはわざとらしく頬を膨らませて見せ、直後にふふっと笑った。


「ううん、やっぱり良い。何だからしくないもの」

「……どう言おうが、どうなろうがおれはお前を一生愛す」

「うん、じゅうぶんよ」


イヴが目を瞑って唇を差し出すと、ローはそれに応えて、長い間キスを重ねた。




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