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「もう船を出すの?」

「ああ。ログは溜まった。さっき出港命令を出したから、その内出るだろ」


ローとイヴの二人は、自室で寛ぎながら出港を待っていた。
程なくモーター音が船内に響き始め「出港します!」との合図とともに、黄色の潜水艦が動き始めた。


「何だか寂しい感じのする島だったわね」

「退屈だったな」


潜水中、激しく揺れる船内でも二人は慣れた様子でソファーに並んで寛いでいた。
船が安定し、揺れもなくなりイヴが酒を取りに行こうと席を立とうとした瞬間、一定の間隔で二回ノックの音がした。


「入れ」


イヴとローの二人は、ドアの向こうに居る人物が誰なのかノックの音だけで分かった。その男は、いつも規則正しい間と音でドアを叩く。


「失礼します」


イヴが体重を乗せかけた足を再び組んで座り直す間に、二人の予想した通りの人物が姿を現した。
二人の座るソファーは入って左側にある。ペンギンは入るや否や真っ先にそちらを見て二人の姿を確認すると、ソファーの前へ進んだ。出港して暫くはローがそこにいる可能性が高い、と経験上知っていた。


「すみません、船長、少し良いですか」

「ああ」


ペンギンはそう言うとおもむろに頭を九十度下げた。


「人をひとり、誘拐してきました。出港後の報告になって申し訳ないです」



ペンギンの報告に、ローは無表情で、イヴは誘拐という物騒な単語に、怪訝そうな表情をしてペンギンの頭に目をやった。


「入って来てくれ」


ペンギンが頭を上げてそう言うと、コンコンと控えめにノック音がし、ゆっくりと扉が開いた。
そしておずおずと見覚えのある、背の低い女性が船長室へと入って来た。


「カリンっ」


イヴがその女性の名前を明るく呼んで、ばっと駆け寄った。カリンはイヴに小さくお辞儀をして、ペンギンの隣へと移動した。


「で、どうする気だ」


ローは膝に頬杖をついて、冷静に言った。


「それが、おれも勢いで連れてきたもんで、詳しい事情は聞いてないんです」


ペンギンが後ろ髪を掻きながら決まりの悪そうな顔をした。


「あそこに居るのが、とても辛かったようだったので」

「え、そうなの?」


イヴの質問にカリンは「はい……」と遠慮がちに返事をした。


「それでもいきなり海賊になれって言うのも酷な話なので、次の島なりで降ろそうかと」

「えっ」


ペンギンの提案に素っ頓狂な声を上げたのはカリンだった。


「あ、いや、そうですよね……」


カリンが目を伏しながらどこか残念そうに言った。


「とりあえずこいつの話を聞こうじゃねェか」

「そうね。まあ、座って座って」


イヴがカリンの背中を押して自分の座っていた場所へ案内した。カリンがローの横にちょこんと座ると、イヴはソファーの奥にある、キングサイズのベッドへ腰掛けた。ペンギンはその場で腕を組んでカリンが口を開くのを待った。
ロー、イヴ、ペンギンの視線がカリンの口元に集まると、カリンは小さく息を吸いながら口を開いた。


「……故郷と、あの島は仲が悪かったんです。知恵も資源も豊富だった故郷が妬ましかったようで。それでも近くに他の島はなく、死ぬより良いとあの島に逃げました。案の定逃げ延びた私たちに優しい手は差しのべられず、町の外れに追いやられました。海を泳いでどこか別の島に行こうとした子も居れば、船に隠れて乗り込んで逃げようとした子や私のように住み込みで働けるように必死で頼み込んだ子も居ました。幸い私はあの本屋で働けるようになって、食住には困らなくなりましたが、他の子はひどい重労働で死んでいったり、暴力を受けたりして……」



カリンは悲哀の表情で語るが、その瞳に涙を浮かばせる事はなかった。


「そんなに辛かったのね……」

「……すごく急だったけど、ペンギンさんが連れ出してくれて、嬉しかったです」

「このまま仲間になる事は出来ないの?」


イヴが他三人の誰にでもなく訊ねた。それに答えたのはペンギンだった。


「やっぱり、このまま海賊になれとは言えねぇよ。そんだけ辛い思いしてんだ」

「あ、あの」


カリンがペンギンの言葉を遮った。


「……私、もし叶うのならこの船に乗りたいです」


カリンは立ち上がってローに頭を下げて言った。
イヴとペンギンはカリンの思いもよらない言葉に、揃って驚きの顔を見せた。


「戦ったりはできないですけど、海図の事なら小さい頃勉強していました。雑用なら何でもやりますので、冒険に連れていって貰えませんか」

「本当!?」

「本当か!?」


イヴとペンギンの台詞が重なった。イヴは「やったあ」と手を上げて喜んだ。ペンギンも身体では表現しないが、込み上げてくる言い様のない喜びに口元を限りなく綻ばせた。
ペンギンがそんな顔をしたのも束の間、すぐに真剣な顔に戻りカリンと共に頭を下げた。



「船長、おれからもお願いします」

「……だめだと言う理由はねェな」


ローは頭を下げるペンギンを見ながら静かに承諾した。


「ありがとうございます!」


ペンギンとカリンは同時に言うと、頭を上げ笑顔で見つめあった。
イヴは「とりあえず宴ね!」と言いながらタンっと身軽に立ち上がった。


「よろしくね、カリン!」

「よろしくお願いします、イヴさん!」


イヴがカリンの前で握手を求めると、カリンが元気良く応えた。


「さあ準備しなきゃ。ほらローも行くわよ!」

「なんでおれもなんだ」

「良いから!二人は後で来て!」


イヴはローの手首を引いて強引に立ち上がらせ、ばたばたと部屋を出た。
残された二人は安堵の息を同時に漏らした後、お互いに二人きりの空間を意識し始め、照れ臭そうに小さく笑いあった。






「良かったのか、これで」
「はい。というかそうなるものだと思っていました……。なのでペンギンさんが降ろすとか言ってた時はちょっとびっくりしちゃいました」
「勿論仲間になってくれればとは思っていたが、自分の都合だけ押し付ける訳にはいかないだろ」
「何だかちょっと、寂しかったです」
「ご、ごめんな」
「だけど、ペンギンさん本当にありがとうございました。これから仲間としてよろしくお願いします」
「よろしくな、カリンさん」
「ふふ、カリンで良いですよ」
「じゃあおれもペンギンで良い。あと敬語も要らないからな」
「いつも敬語だったから外すのは時間がかかりそうです……」
「ああ。ゆっくりでいい」
「……たぶん、きっと私あなたの事を好きになります」
「それもゆっくりで良いさ。無理しなくて良い。カリンを想う気持ちはそんな簡単に消えそうにない」
「……ありがとう……ペンギン」




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