*25
シャワーのお湯が身体を濡らした後、泡立ったボディータオルがイヴの身体を撫でていく。
ある程度自由に手を動かせるようになってから何度も「自分でやるわ」と言うけれど、未だにローは聞く耳を持たない。ローは今回も当たり前のようにイヴの身体を洗う。
「お前の父親、海軍を退いたそうだな」
「そうみたいね。大きな戦争だったようね……海軍も随分犠牲が出たようだし」
「そうだな」
「哀しい戦争……その場に居なくて良かったのかも」
イヴが視線を落とせば、床に膝をつけ真剣な面持ちで傷口を避けながら脚に泡を付けるローが居た。
酒を飲んだ後だと言うのに、その手はふらつきもせずにいつもと変わらない動きをする。
「余計な犠牲を出したのは、海軍の方なんでしょう?……本当、何が正義なのか分からないわね」
イヴは肩を竦めて、ため息を吐いた。
「海賊は悪、海軍が正義だって、小さい頃から父に言われ続けてきた。でも、エースに出会ってから、海賊が悪ばかりだとは思えなくなったの。世間から見れば海賊ってだけで罪だけれど、あんなに他人を明るくさせる笑い方をする悪人はいない」
「正義と悪、か」
「ローも同じよ。こんなに優しくしてくれる悪人は居ないわ。悪人面はしてるけど」
「海賊は悪人面してた方が面白ェぞ」
「否定しないのね。……闇に通じている海軍もちらほら居て、父は絶対に許さなかったけれど、やっぱり居なくなりはしなかったな」
「ああ、それはおれも心当たりがあるな」
足の先まで洗い終えたローが背中に回りながら言った。
「父が居なくなった海軍はどうなっていくのかしら……まあ、半分海軍の人間じゃない私が心配するのも何だけれど」
「火拳屋亡き今、お前はどうするつもりだ」
「さあ。分からないわ。ただ、暫くは海軍に戻りたくない。嫌いになっちゃったから」
「おれはこの船から下ろしたくははねェが、強制してもつまらねェしな」
「意外。絶対にこの船から下ろさねェなんて言うのかと思ってた」
「そっちの方が好みか?」
「それも、ありかもね」
ローが蛇口を捻りシャワーヘッドをイヴに向けると、イヴの全身に付いた泡が流されていく。
「ねぇ、ローの髪の毛私が洗ってあげるわ」
「止めとけ」
「たまには、ね?私も何かしてあげたいの」
「……無理はするなよ」
「お願い」と顔の前で手を合わせるイヴに、ローは嫌とは言えなかった。
ローは身体を流し終えると、風呂場の隅に置かれた、イヴの座っているものと同じ形の風呂椅子を手に取るとイヴの前に置き、そこに座った。
ローがシャワーヘッドをイヴに手渡し、お湯を出した。イヴがローの頭にやると、その黒髪が濡らされていく。
ローは頭から落ちてくるお湯に、目を瞑った。
ボトルをイヴに差し出すと、イヴがシャンプーをその手に出し、ローの頭の上で泡立てた。
「最初は、お前を利用するために治療を始めた。お前が海軍元帥の娘だと知って、七武海入りに役立つと思ってな」
ローは目を瞑ったまま、昔話をするような口調で言った。
手を伸ばした先にある少し固い髪質に、イヴは苦戦しながらもがしがしと泡立てていく。
「七武海に入ろうとしてるの?」
「ああ」
「私なんて利用価値ないわよ。もう元帥の娘でもないしね」
「今となってはそんな事どうでも良い。気付けば、お前を本気で愛すようになっていた」
ローの言葉にイヴの心臓が跳ね、一瞬頭を触る手が止まった。
「……今、すごくローの事可愛らしいって思っちゃった。利用しようと思ってた人間を好きになるなんて」
イヴがふふ、と笑う。
「事実だ。隠すつもりもねェよ」
「……まだ、やっぱりその想いに応える事は出来ないけれど、あなたに惹かれているわ。エースが死んだと聞かされる前に、二人の間で揺れてたのも確か。……シャンプー、もう大丈夫かしら?」
ローが「ああ」と返事をして再びシャワーをイヴに渡した。
イヴの手によって、綺麗に洗い流されていく。
「髪を洗われるのなんて、初めてだ」
「気持ちの良いものでしょう?」
「……そうだな」
「……いつもありがとう、ロー」
二人は、耳に入るシャワーの音が何時にも増して心地良く思えた。
身体を洗い拭き終え着替えた二人は、ベッドの中に居た。
すっかり夜も更けて、月明かりの光が窓から入ってきていた。
「ロー」
イヴがローの方を向くと、仰向けのローがイヴの頭に手を置いた。
「どうした」
「……私なんて、何の価値もないわ。ローならもっと良い女がいる筈よ。……何で私なの?」
「人を愛すのに理由が必要か」
イヴが首を軽く横に振った。
「価値を決めるのは、おれだ。イヴ、愛している」
ストレートなローの愛の言葉に、顔が熱くなるのを感じた。
「……不器用なわりに、直球だから困るわ」
「大事な人を亡くした悲しみが簡単に癒えねェ事も知ってる」
いつか応えてくれれば、それでいい。
らしくない台詞だと、ローはその言葉を飲み込んだ。
「何か、続きを言おうとした?」とイヴが尋ねたが、ローは「いや」と、冷静に努めて小さく首を振った。
「そう。……時間は掛かるかもしれないけれど、ちゃんとあなたと向き合うわ」
イヴはそう言ってローの大きな手に自分の手を絡めた。
ローはそれに応えて、指を交差させ、結んだ。
「だから、ロー。あなたは、死なないで」
真剣だけれど、消えそうな声で言った。
「死なねェ」
ローはイヴと向き合うと、前髪を上げ額に口づけた。
その声の安心感と、額に感じる唇のくすぐったさにイヴは笑い声を漏らした。
「ふふ、おやすみなさい、ロー」
「ああ。良い夢を」
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