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「それで、どうなったんです?」


ソファーに座っているペンギンが、コーヒーカップをソーサーに置くとカチャ、と陶器がぶつかり合う音がした。


「どうもこうもねェよ。それからは特に何もねェ」


測量室の、本来はベポのものである席に座り足と腕を組んでいるローが無表情のまま言った。


「イヴが飯を食わなくなったって聞いた時は心配しましたが、今は大丈夫みたいですね。良かった」

「……だが、あれ以来、あいつと距離を感じるようになった」

「……船長が恋愛相談なんて、明日には世界が滅びるんじゃないですかね」

「うるせェ」


いつもと違う様子でおれを呼んだかと思えばそう言うことか、とペンギンは心の中で頷いた。
二人は感情を顔に出さないまま、二人はあくまで淡々と話している。


「まだ時々泣いている姿を見かける」

「なかなか立ち直れるものじゃないですからね。でも、見続けるのは辛いものがありますね」


ローの顔がミリ単位で、見逃してしまいそうな程小さく上下した。


「つまり、どうしたらイヴを元気付けられるか。ですね」

「…………」


言葉にはしなかったが、向けたその目の色でペンギンは肯定であると分かった。


「イヴをたくさん笑わせるのが一番でしょうね」

「おれには向いてねェな」

「少しずつで良いと思いますよ。出来る限り傍に居てやるのも良いと思います」

「……そうか」


ローはゆっくり席を立ち、出口へ歩を進めた。


「ああ、言い忘れた」

出口で足を止めると、「七武海へ、動き始める」と、まるで軽く挨拶をするような声のトーンで言った。


「そっちはついでですか……」


苦笑いを浮かべるペンギンに振り向くことなく、ローは測量室を後にした。





ーーーー




「んしょ……っと」

「足も動くようになったんだね!イヴすごい!」


イヴが左足を折り曲げて片膝を立てると、ベポが両手を上げて感嘆の声を上げた。


「左足だけね。少しずつ歩けるようにならなくちゃね」

「おれに手伝えることがあれば言ってね!」

「ありがとう」と、イヴが微笑むとベポはにっこり笑い返した。


「キャプテン、もうすぐ戻ってくると思うよ!そろそろ出港の時間だし」

「そう」


朝、とある島に着いてからローはすぐに船を降りて行っていた。
既に日は暮れ、イヴは晩御飯を済ませている時間だった。



「ねえ、キャプテンのこと好き?」

「き、急に来るのね……」


純粋だからこそのベポの唐突な質問に、イヴは動揺の声を出した。


「……好き、と言う資格はまだないわ」

「キャプテンはイヴのこと好きって言ってたよ」

「知ってる。でも、応えられないの」

「嫌いなの?」

「そんな訳ないじゃない」


ベポが「難しいんだねー」と首を傾げた直後に、部屋の扉が開き、ローが姿を見せた。ローはいつもの鬼哭と、酒瓶を手にしていた。


「キャプテンおかえりなさい!」

「ああ。出港の準備をしろ、ベポ」

「アイアイ!」


ベポがいつもの返事をすると、駆け足で船長室を出て行った。


「キャプテンおかえりなさい」

「ベポの真似か」

「アイアイ」


ふざけた様子のイヴだが、まだその目に元気はない。
ローは入り口の横に鬼哭を立て掛け、帽子と酒をテーブルの上に置くとベッドに座った。


「……ロー、煙草が欲しい」

「お前煙草吸うのか」

「エースが煙草を吸う女は嫌いって言うまでは吸ってたわ。何だか急に吸いたくなっちゃって」


そう言うイヴの笑いは乾いていた。


「煙草は許さねェな。何よりおれが嫌いだ。この部屋で吸うな」

イヴが不満そうに頬を膨らませる。


「歩けるようになったら、外で吸うわ」

「おれが嫌いと言っても、やめようとはしねェか」

「……そうね」


苦い顔をしたが、否定はしないイヴにローは心の中で舌打ちをしながらも、不満そうな表情は出さなかった。


「どちらにせよ暫くは医者の立場から許さねェ。その代わりと言っちゃ何だが、良い酒を買ってきた。酒は少しくらいなら許すが、飲むか」

「いいの!?お酒好きなの!」

「少しだけだ」


イヴは表情を変え嬉しそうに笑った。
そんなイヴを見て、同じくローも口角を上げテーブルに向かうとそこに置いた酒を取り、またベッドに戻った。


「何のお酒?」

「ワノ国の酒だ」

「あ、好き」


ポンッ、と栓を開けるとサイドテーブルに置いてあるイヴ用のグラスに半分程注いだ。


「これだけ?」

「そうだ」

「まあ、しょうがないわね」


イヴがグラスを持ち、ローに寄せるとローは酒瓶のままグラスにぶつけた。


「乾杯」


言うと二人はその酒に口を付けた。


「やっぱり美味しいわね」


少し飲んだイヴは、久しぶりの酒の美味しさに思わず残りを一気に飲み干した。
酒瓶のまま豪快に何度か喉を鳴らしたローは、口の端から垂れた酒をパーカーの袖口で拭った。


「そうだな」

「美味しかったからもう飲んじゃったの。お願い、もう少しだけ頂戴?」

「頼むならそれなりの事をして貰おうか」


ローがにやりと笑う。
それなりの事、が何を指しているのか分からない程イヴも子どもではなかった。
イヴはローに顔を寄せ、その頬にキスをした。


「……それなら、こんなもんだな」


ローはイヴの手にしているグラスに四分の一程酒を注いだ。


「ケチね」

「文句言うなら飲むな」

「飲むわよ」


今度は少しずつ口を付け、飲み進めた。
その間にもローは酒瓶に口を付けぐびぐびと音を出す。


「もう、だめ?」


再び空になったグラスを目の前にして、イヴはまだ物足りなく感じた。


「これ以上は何しても駄目だ」

「えー」

「今は我慢しろ。また今度な」


ローは我儘を言う少女のようなイヴを宥めるように、その頭を撫でた。口を尖らせていたイヴも、「しょうがないなあ」と諦めて微笑んだ。
初めて見るイヴの表情の可愛らしさに襲いたくなる衝動に駆られたが、酒が回り始めているとは言えまだ理性が勝っているローは、その衝動を抑えた。


「じゃあローも」

「時既に遅しだ」


ローが振ったその瓶は、既に空っぽだった。


「安心しろ、また買ってきてやる」

「楽しみにしてるわ」


ほんのりと頬をピンクに染めたイヴが目を細めた。

酒の力がもっと強ければ、或いはおれが酒に強くなければ、今頃理性なんて吹っ飛んで目の前の女の唇を奪って、可能な限り自分の痕を付けているのだろう。
そう頭に巡らせながら、ローはイヴの髪をくしゃくしゃと乱した。




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