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「船の中を見て回ってこい」なんて言われたけれど、処置室を出たことのないイヴはとりあえず辺りを見渡してどこに進もうかと頭を傾げた。


「キャプテン、何してるの?」

不意に声を掛けられ、そちらを向くとベポが立っていた。

「あ、私、イヴ。」

ローらしく振る舞うべきか悩んだが、らしさが良く分からず、そのまま喋ることにした。

「精神入れ替えたの?」

「ええ」

その能力を何度も目にして来たベポは、驚くことなくすぐに納得した。

「船の中見て回ってきて良いって言われて。折角だから案内してもらっていい?」

「いいよ!……分かっててもその姿でその喋り方は違和感あるね……」

「船長さんってどう喋るんだっけ?」

「えっとねー」

ベポが眉を寄せて目を鋭くさせた。
そんな表情でも可愛らしさは残っている。

「うるせぇ、ベポ」

イヴはそれを真似して「うるせぇ、ベポ」と口に出した。


「うん、それキャプテンっぽい!」

「ふふ、楽しい。」

「じゃあ他のクルーにも船長っぽく話すゲームしよう!船を一週する間に船長じゃないってばれたら負け!」

「面白そうなゲームね。負けたらどうなるの?」

「うーん、じゃあ勝ったらイヴが動けるようになったときに美味しいもの買ってあげる!」

「オーケイ。乗った!」

「じゃあスタート!行くよー」

「は……ああ。」

イヴが歩き始めると、ベポに「キャプテンはもっとがに股だよ」と注意された。

「なかなか難しいもんだ……な。」


廊下を歩くと、すれ違ったクルー達が「お疲れさまです」と声をかける。

それに「ああ」と答えてベポに着いていく。

「良い感じだね。」

ベポが振り返って親指を立てた。

船長室や大部屋、食堂、手術室などを回って測量室へ行くと、そこにはペンギンの姿があった。

「船長、ベポ。」

「ペンギン、やっぱりここに居たんだ。」

座り心地の良さそうな椅子に座り何やら書き物をしていたペンギンが席を立った。

「船長、イヴの様子はどうですか?点滴外したんでしょう?」

イヴが無表情でローの様に振る舞おうと努める。

「ああ。多少痛みはあるみたいだが、心配はないよう……だ」

「そうですか、良かった」

「キャプテン、行こっか」

「そうだな。じゃあなペンギン」

二人が測量室を出ると、「何しに来たんだ……?」とペンギンが独り言を漏らした。


最後に甲板に出たイヴは、久しぶりの海風に心が解放された気分になって、背伸びをした。

「はー、やっぱり外は気持ちいいなー」

「船長?」

びくっと肩を揺らして振り返るとその声の主はシャチだった。

隣にいたベポは既に横になって寝息を立てている。

「な、何だ」

「いや、船長が海風に当たりながら背伸びしてる姿なんて初めて見て。なんでそんなに驚いてるんですか?」

「驚いてな……ねぇよ。背伸びして悪いか」

じろりと睨むと、シャチが首を激しく横に振った。

「い、いえ」

「用がねぇならさっさとどっか行け」

イヴが低い声でそう言うとシャチが慌てて去っていった。

「そろそろ戻る、ベポ、ありがとな。わた……おれの勝ちだ」

起きそうにないベポに言うと、ひとりで処置室へ戻った。

「ただいま戻り……」

部屋に入るとイヴの姿をしたローは静かに寝ていた。
近付いて自分の寝顔を見ると、額には多く汗を滲ませていた。
イヴは机に置いてあったタオルを手に取るとそっと額に当てた。その刺激に気付いたのか、イヴの姿をしたローの瞼が開いた。

「……戻ったか」

「遅くなってごめんなさい」

「良い。痛みももうねェし、戻すぞ」

再び青白いサークルが生まれると、お互い元ある身体に戻った。

「……ありがとう。本当に良い気分転換になったわ。久しぶりに外の風に当たれたし、船長さんごっこも楽しかった」

イヴは嬉しそうに言った。

「そうか。苦しかったらまた言え」

「いいえ、大丈夫。痛くても我慢しなきゃ。」

「無理するな」

「船長さん、本当は優しいのね。」

イヴが目を細めて笑う。
その瞬間、ローがイヴの唇に自分の唇を重ねた。

「ん……っ」

あまりに突然の出来事に、イヴは目を丸くした。

唇が離れると、そのローの顔も少し驚いているようにイヴの目に映った。
ローは何も言わず、逃げるように部屋を出て行った。




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