完結
 高校に入ってから、私は好きな人との恋が実るまで髪を切らないことを決めた。


 中学生の時からずっと好きだった先輩がいる。
 先輩が卒業してからの一年は、学校行事の度に去年は先輩がいたのにな、なんて感傷的になっていた。先輩は図書委員で、周りにいる人と比べたら少し地味な人だったけれど、眼鏡を掛けていて知的な雰囲気を持つ落ち着いた人だった。一つだけしか年が離れていないはずなのにすごく大人っぽくて、それがすごくかっこいいと思った。
 私の周りにはその先輩に興味がある人はいなかったし、もしかしたら知っている人もいたかどうかわからないくらい。それでも私はすごく好きで、入学先の烏野の図書室で先輩が本を読んでいるのを見かけた時はすごく驚いたし、恥ずかしいけど、運命すら感じた。
 けれども私は、先輩と話したことは数えることしかなくて、知り合いともいえる状態ではなかった。顔見知り。いや、そもそも先輩は私のことなんて覚えていないんじゃないかってくらいの、そんな関係。誰がどう見ても私の片思いだった。
 中学生の頃、図書委員の先輩が本の貸し出しをしていた時に「この本おすすめだよ」と笑った顔に惹かれた。それだけで何年も片思いできる自分にも驚きだけど、でも本当に好きだった。

 烏野に入ってから、先輩と同じ高校だと知った。そんな私は、自分が気付いていないだけで随分と浮かれていたのかもしれない。

 先輩が女の先輩と手を繋いで歩いているのを見た。最初は意味がわからなくて、先輩に似てる人かと思った。それでも先輩を見間違えることなんて今までに一度もなかったし、そうやって下校している姿をその後も何度も見て、先輩にお付き合いをしている女性がいることを知った。
 私は失恋したのだった。

 私は先輩がとても好きだったけれど、今考えると正直告白するつもりなんてなかった気がする。先輩を好きでいるのはきっと私だけだろうっていう、意味のない自信があった。馬鹿みたいだし、すごく先輩に失礼だなって、今はそう思う。そう考えると、私なんかより先輩が嬉しそうに笑いかけてた彼女さんの方がお似合いだと思う。すごく綺麗な人だったのだ。


 髪を切った。高校に入ってから決めた決意がとてもちっぽけなものに思えて苛々したからだ。好きだった先輩のことをなんだか軽くみていたような気がして、自分がむかついたからだ。
 今時、髪を切ったのは失恋をしたからかと聞いてくる人はいないだろう。髪切ったねと言われたら、夏になる前にすっきりしたかったって、そう言えばいいのだ。とても簡単な話である。

「へえ、髪、切ったんだ」

 無表情に近い顔をした月島くんにそう言われた。
 挨拶よりも先にそんなことを言われるとは思わなかった。高校に入るまで同じクラスにはなったことはなかったけど、中学が一緒の男の子。同じクラスの女の子と比較したら私は月島くんと会話してる方だけど、だからといって特別親しい訳ではない。とても重要なことは、冗談を言い合うような間柄ではないということだ。……そもそも月島くんは冗談とか言うのだろうか。

 教室で月島くんと向かい合う形になる。
 今までに感じたことのない感情を抱く。なんでだろうか。今、とても月島くんが怖い。背筋に針金でも入れられたかのように体がぴんと伸びる。月島くんが怖い。理由のわからない恐怖である。


「ああ、失恋したんだったっけ」

 冷たい目をした月島くんが目の前にいる。
 口元は笑っているのに、目は全く笑ってない。その言葉を聞いた瞬間、動揺して身体がびくっと震えた。
 どうして、という言葉も発せない私に月島くんは目を細めて笑った。けれどもその笑顔は、どう見ても純粋に楽しんでいるような笑顔には思えなかった。

「わかりやすいよ、君」

20140918
20200102 修正

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