完結
 私がこの学園に入学して、一番始めに掲げた目標は「打倒立花仙蔵」だった。最上級生となった今でもそれは変わらない。つまり私は、一度だって立花仙蔵に勝てたことがないのだ。
 立花仙蔵は優秀だ。い組で作法委員会の委員長である彼はきっと周りから見たら完璧な男に見えるだろう。確かにそうだ。彼はとても素晴らしい才能をいくつも持っている。しかしそれは元からの才ではなく(しかし元の才も凡人と比較してしまえば羨ましがられるほどのものではあるが)努力を積み重ねたものだった。人に吹聴せずに隠れて彼は努力をしていた。知識を得るために、体力をつけるために、彼は努力していたのだ。彼は天才ではない。自身で理解しているからこそ彼は優秀になるための努力をしたのだ。

 そんな努力の人である立花仙蔵に私は「負けた」と言わせたかった。

 最近は本当に避けられている。会話も長く続かないし、目も合わせてくれない。
 彼は私との鍛練の時間を作ることはない。私がくのたまの中で一番身体を動かすのが得意であると言っても、彼は私の提案に頷くことはない。
 学園に入学したての頃は共に鍛練する時間を作ったり、お互いに挑発し、そしてそれに乗ったりしてきたが、三年生になった頃からだんだんと私の提案を断るようになった。そして今年は一度も相手をしてくれない。そして私がそういう提案をする時、必ず困った顔をするのだ。

 その困った顔の原因が私で、何故そんな顔をするのか私は知っていた。知っていて、私は彼を困らせるのだ。

 彼は、立花仙蔵は私のことが好きだ。

 様々なことを試して、どう考えてもその結論に至るのだ。自惚れではない。くのたまとして、女として、そう思うのだ。
 私は彼の感情を知っていながら知らぬふりをしている。それはとてもとてもひどいものだと知っている。しかしどうしてこたえられるだろうか。だって私は、私達は、幼なじみだ。同じ村で生まれて、学園に入る前から親しくしていて、遊んでいて……。同じ布団で寝ることも、お互いの裸を見てもなんとも思わなかった。

 しかし彼は私に好意を持った。私が彼の名前を呼ぶと、口角が上がる。私が彼の友人と冗談を言い合っていると口元をぴくぴくと動かして怖い顔をする。私が彼に触れれば耳を真っ赤に染めながら怒るのだ(こういうところは彼の同室の会計委員長に似ているのかもしれない)。
 私はそういう立花仙蔵の人間らしい部分がとても好きだ。しかし私は、やはり彼に一度でいいから勝ちたいのだ。
 くのたまは恐ろしいと誰かが言っていた。だからその言葉の通り少しだけ勝つために努力をしようと思う。私は私の心の中で、立花仙蔵が私に告白してきたら私の勝ち、という決め事を勝手に作った。

 結局のところ、好いていると言われたいのだ。
 立花仙蔵という男が好きで、ただ何か一つ勝ちたいというだけでこんな決め事を勝手に作った私は、まだまだ未熟なのかもしれない。

20140618
20160928 再修正

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