完結
 昨日の部活はあまり集中できなかった。郭くんのお腹を抱えて笑う姿を思い出しては、私も笑ってしまいそうになるのだ。郭くんもあんな風に笑うんだと、また勝手に親しみを感じてしまった。

 郭くんのことを、前にロボットのようだと思ったことがあったが昨日のことがあって、私は自分がなんておかしなことを考えていたのだろうと思うようになった。郭くんのあんなに笑った姿はもう見ることができないかもしれないと思うと少し残念に思う。彼は昨日教室を出る際に少し変な顔をして久しぶりにあんなに笑ったと言った。郭くんが大笑いするところを見ることはないかもしれないけれど、あの綺麗な笑顔はまた見てみたいなぁと思う。


「名字」
 お昼休みにロッカーで次の授業に必要な教科書とノートを取りだしていると、郭くんに声をかけられた。郭くんはいつものような無表情に近い顔で私に話しかける。
「今日の朝、下駄箱に差出人の名前が書いてある手紙が入ってたよ。同じ封筒だから、彼女も名前書かなかったの思いだしたんでしょ。……昨日は少しでも疑うようなことして、悪いと思ってさ」

 郭くんは、たぶん手紙をもらうこととか告白されることに慣れているのだと思う。普通のことのように郭くんは私に話しているのだから。しかし私は下駄箱に手紙を入れる女の子って本当にいるんだと驚くのと同時に、わざわざ郭くんがそんなことを言ってくれることに驚いてしまった。私は自分が思っている以上に動揺していたのだろうか、郭くんは私の顔を見て少し呆れたような顔をした。

「別にさ、俺だって悪いと思ったら言うよ。そんな顔しなくてもいいよ」
「いや、あの。そうだよね。なんかごめん」
 私がそう言えば、郭くんは別にいいけどさと一歩私に近付いた。そして顔を少し私の方へ近付けた。
「今日、俺を見るたびに名字は変な顔になってる」
「へ、変な顔……」
「笑いそうになるの、こらえてる顔」

 昨日の部活では自覚はあったがまさか本当にそうだったのだろうか。郭くんにはとても不愉快な話かもしれない。私も何もしていないのに郭くんが私を見ながら笑いをこらえていたら不思議に思うし、何か悪戯されているのかもしれないと考えてしまう。ただふと考えれば、笑いをこらえている郭くんはとても見たいと思う、私なんかと比べたるまでもなく、断然貴重な表情だ。

「不快にさせてしまったなら、申し訳ないと思うよ。でも郭くんのあんなに笑った顔は初めて見たからね」
「それでどうして名字は笑いをこらえる顔をするのかわからないんだけど」
「……えっと、それは私もよくわからない。でも、郭くんも同じ人間なんだーって」
「名字って、結構失礼だね」

 そう言う郭くんの表情は、言葉では失礼だと言うけれど少し笑っていたような気がした。そう、それは確かに昨日の教室に入ってきた時の不機嫌に思っているような顔ではなかったのだ。今までに何度か彼と話をすることはあったけれど今のようなテンポで会話が弾むことは一度もなかった。私はなんだかとても嬉しくて笑ってしまった。
 彼にとって私はただの同級生かもしれないけれど、私は彼を尊敬していたしこれからも尊敬する男の子でありつづけるのだと思う。

「でも、さすがに授業中は真面目にしてなよ」
 そう言って、今度はさっきよりも確かに郭くんは笑って教室を出ていった。

 ロッカーにこんなに物が入っていなかったら、顔を入れてしまっていたかもしれない。なんだか恥ずかしくて、それなのに私は喜んでいるのだ。
 私は彼の笑った顔がとても好きなんだと思う。

20140301
20160928再修正

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