完結
※連載本編のifストーリーな上、捏造多め。






 エンデヴァー事務所の新人研修は、新人ヒーローに縁のない土地で行われる。その理由はいくつかあるらしいのだが、一番大きな理由は「何もわからない現場で、自分の出来る最大限の活動を瞬時に理解出来るヒーローになるため」らしい。
 研修の説明で理由を聞いた時は、インターン経験があるとはいえ新人にそれは正直無理では……なんて思ったりもしたけれど、市民の命が大きく関わっている仕事であることを考えれば短期間で動けて頭が回るヒーローを育てなくてはいけないのだろうということに気付いて納得した。
 研修の内容に関しては人によって相性もあるのだろうけれど、幸いにして私は今まで気付かなかった多くのことを知る機会となり勉強になった。研修中に市民を救助する機会もあり、地元新聞に載ったことが自信に繋がったりもした。
 けれど――

 研修最終日にヘマをしてしまい、私は昨日から福岡の病院に入院している。
 説明は簡単、パトロール中に遭遇したヴィランからの攻撃を受けたのだ。「毒」の個性を持つヴィランを地元ヒーローと共に捕獲しようとしたところ、ヴィランは周囲にいた一般市民に向けて攻撃しようとした。学校帰りの小学生が「毒」の攻撃を受けそうになっていたことに気付いて助けるも、運悪く私は足に「毒」を受けた。焦ってつんのめってしまって体勢を崩したのが「毒」を受けた原因だが、小学生に怪我はなく、その後すぐ地元ヒーローがヴィランを捕獲したので事件は解決となった。

 昼過ぎの病室は思っているよりも静かである。四人部屋ではあるが使われていないベッドがあるのもその要因なのかもしれない。
 入院が初めてなこともあって未だに気持ちが落ち着かずにいたものの、面会時間になってすぐに事務所の同期が説明をしにやってきた。毒を受けて紫色に変色した私の足を見て、静かな病室に同期の「うわぁ」という声が響いて同期は慌てて自分の手で口を塞ぐ。同期の子どものような挙動に、研修最終日に入院するというヘマで沈んでいた気持ちは少し晴れ、思わず吹き出してしまった。

 研修は終わったので一足先に事務所に戻ると言った同期は、「名字の分も頑張るよ」と自信に溢れたキラキラとした表情を浮かべていた。研修の成果が表れているといっていいのかもしれない。
 話を終えて同期が帰れば、入れ替わるようにしてまた人がやってくる。福岡で活躍するヒーローのホークスさんである。

 同期の説明時に話は聞いていたが、彼は昨日私が「毒」の攻撃を受けた時に現場にいた地元ヒーローで、ヴィランを捕獲した立役者でもある。同じ歳であるにも関わらず既に事務所を立ち上げ、着々と知名度を上げている最近話題のヒーローであった。


 私服姿の彼は、やってくるなり頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
 ホークスさんは「入院した次の日のお見舞いなんてマナー違反だと思うけれど」と言って頭を掻く。「自分がいながら研修で福岡までやってきた名字さんに怪我をさせてしまって申し訳ない」というのが彼の言い分で、彼は紙袋から包装紙で綺麗に包まれた化粧箱を差し出した。地元の苺だというそれは間違いなくお見舞いの品で、見た瞬間慌てた。そこまでやってもらう必要はない、足に受けた攻撃は自分の責任だと言うも、彼は引かない。

「周りに危険が及ばないうちに解決出来たら良かったんですが……すみません」
「いいえ、自分のミスで攻撃を受けただけなんで……ホークスさんは悪くないのにお見舞いまでしていただいて、申し訳ないです。ありがとうございます」

 私の言葉に彼は首を振る。こっちこそ、お礼を言われるようなことはしてないですよ、と言って。

   〇

 ホークスとのそんな出会いから時が経ち、私はとある怪我をきっかけに引退してエンデヴァー事務所の事務職員となった。約二年でプロヒーロー活動を引退した私とは異なり、ホークスの活躍は目まぐるしかった。活躍は福岡の地に留まらず、今までに多くの土地で彼は人々を救ってきた。
 飾らずに自然体で人々に接する姿を評価する声や、なんだかんだファンサが良い点、メディアに対しては媚びない姿勢が良いと言われていると聞いた。何より、彼が現場に到着して対応する速さを知る地元の人々は、何かあってもすぐにホークスが来てくれるだろうという安心感を抱いているらしい。人々にそう信じられているくらい、ホークスはこれまでに多くの人々を救ってきたのだろう。

 ホークス本人について知ることは少ないが、ヒーローになってからの生き方が同じでないことだけはわかる。それでもどうしてか、あの日の出会いをきっかけに私たちは度々「お疲れ様会」をするようになっていた。
 同じ歳であったことも交流が続くきっかけの一つだったのかもしれないけれど、あのお見舞いの時に互いがエンデヴァーさんのファンであることを知ったのが親しくなる決め手であったように思う。「タメなんだから呼び捨てでいいですよ。あ、連絡先交換しましょ」と言った彼にコミュ力の高さを感じながら定期的に交流を続けていけば、いつの間にか敬語も取れていた。
 そして、ホークスが仕事でこちらに来る機会があれば、二人で夕飯を共にするようになっていた。

「――それでね、また昨日も電話で言われたの。『良い人はいないのか』って、そんなこと言われても出会いなんてある訳ないのに……いや、エンデヴァー事務所は大きいから沢山人はいるけどさ、職場の人はそういう風に見れないというか……一緒に戦う仲間みたいな認識というか……」
「名前ちゃんって職場恋愛出来ない人だっけ?」
「職場恋愛出来ないというか、そもそも誰かと付き合ったことがないからあまりよくわからないというか……」
「あー……」

 ホークスはグラスを手に持ったまま視線を外す。失言だと思ってもいるのだろうか。ホークスの表情は珍しく、はっきりと「間違った」という顔をしている。
 数ヶ月ぶりにホークスから誘われたお疲れ様会で、私は愚痴を零していた。度数の低いお酒ではあるものの、気心の知れたホークスとの夕食となると気分は上がり酔いも回る。普段よりも愚痴が多くなってしまっているのは、昨日の家族からの電話のせいもあるだろう。

「ごめん、愚痴言って……」

 私の愚痴なんか聞いても面白くないだろう。空気を変えようと今日ホークスが予約してくれたお店について尋ねる。
 今回も美味しくて雰囲気が良くて、それなのに値段もリーズナブルなお店である。地元民でないホークスはどこでこのお店を知ったのかと聞けば、ホークスの事務所の隣のビルで働くサラリーマンに教えてもらったらしい。「出張が多くて、こっちにもよく行くって言うから……」という意外な言葉に笑ってしまった。「仲良いね」と言えば「まーね」と言って、ホークスは口にすることなく持っていたグラスをお店の名前が入ったコースターの上に置く。

「ねえ、名前ちゃん」
「ん? なに?」
「……俺もさ、最近おばちゃんたちに言われるんだ。『ホークスは良い人いないの?』って。別にまだそんな年齢だとは思ってなかったけど、孫みたいに俺のこと思ってるって、俺のことが心配だって」
「へえ……孫みたいに思われるのは嬉しいね」
「そう。嬉しいよ。いつも俺のこと気にして、心配して、会う度に手を握ってくれて、事務所立ち上げたばかりの時から応援してくれる人で……」
「ホークスはその人が好きなんだね」
「うん、そうだね。好きだな」

 俺のこと、そんな風に思ってくれるなんてさ。嬉しいよ、俺には勿体ないくらいの気持ちを貰ってる。
 そう言ってホークスは肘をつき、両手を組んで口元を隠すようにしたままこちらを見る。窺うような視線は若干上目遣いのようになっていて、何か考えているようなホークスの表情は口から下が見えない状態なのにちょっとだけ、可愛いと思ってしまった。

「――失礼します」

 ホークスが組んでいた手を下ろして口を開いたところで個室の扉がノックされ、店員さんの声が掛かった。
 どうやらデザートがやってきたらしい。机の上に置かれたデザートは福岡の苺を使ったアイスクリームで、ホークスを見れば小さく息を吐いて苦笑いをした。
 店員さんが部屋を出ると、ホークスは「きっと美味しいよ、これ」とスプーンを持つ。しかしスプーンを持つ手を動かすことはなく、彼は左の人差し指でこめかみの辺りを掻いて照れたように頬を染め、微かに笑いながら口を開いた。そのホークスの一連の流れが、彼の表情が、妙に色っぽくて。

「ねえ、名前ちゃん。名前ちゃんが嫌じゃなかったらさ、俺と付き合ってみる?」
「え?」
「試しに付き合ってみたら、お互い良い方にいくかもしれないよ。なんだったら期限付きでもいい」

 ねえ、どうかな?
 そう言ったホークスは未だスプーンを持ったまま、じっと、熱の含んだ目でこちらを見ている。アイスは一口も食べていない。驚きすぎて私も未だスプーンを持ったまま。
 お皿に乗っているとはいえ、アイスが溶けたら勿体ないと頭の半分では思うのに、ホークスから目を離すことが出来ない。

「言ったことなかったけど、俺は名前ちゃんを初めて見た時から気になってたんだ」

 初めてっていつだと思う?
 そう言ったホークスの目も、声も、いつもの彼と違っていた。
 経験のない私でも、ホークスから向けられるそれが、愛おしいものに向けられたもののように思えてならなかった。

Thank you very much!(10周年&30万打企画)
20220512

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