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はじめてのおつきあい First association



彼と出会ったのは、とあるゲイバーである。あ、なんかこの人ももてなさそう!と俺はぴん
ときた。彼は細身で、黒い髪はさらさらで、切れ長の瞳はとても同じゲイにはあまり魅力
的には見えないタイプだったからである。この人も、というとおり、俺もあまり男にはも
てない。本格的な人達は、筋骨隆々のいわゆるガチムチ系のほうが気になるわけで、俺達の
ようなもやし現代人には目もくれない。類はホモを察するのか、エドワードはすぐにその
男を店の中で発見し、話しかける機会があるかないか見極めているところだった。
「ん…まぁ〜エドちゃんじゃな〜い」
「あ、ども。ガーフィールさん」
ふいに話しかけられ、ちょっとびっくりしながらもエドワードは努めて落ち着いて返事をし
た。ガーフィールにはよく知り合いを紹介してもらったり、行きつけの店を教えてもらっ
たりと懇意にする仲である。
「今夜のお相手募集中?」
なんならあたしでもいいのよ〜んという言葉にいいです、ときっぱり断りをいれるのも、毎
度のことであった。それにガーフィールさんはこの世界では俺なんかより遥かに人気者だ。
突然もてまくっている。誰に睨まれるものか分かったものではない のである。
「今日はゲイ友達からはじめてくれる包容力のある年上募集中」
エッチはどっちでもいい、とエドワードははぁ、と男から目をそらさずに嘆息した。やさぐ
れてるわね、と彼も隣に座り適当な ものを注文してぽんぽんと肩を叩いた。
「で、今度はなんなの?」
あなた彼氏と別れないとこの店にこないでしょう、とガーフィールがいうと、エドワードは
途端にじわっと盛り上がる涙をこら えた。
「だって…っお前重すぎる、出てけって言われたんだもん!」
そりゃ飲みたくもなんだろ!とエドワードは机に突っ伏す。そんな彼の横には今まで飲んだ
であろうグラスがまだ片づけられな いまま山積しつつあった。短時間で相当な量を消費した
ようだ。
「お、俺はただ…もうちょっと付き合ってるっぽいメールしたいって言っただけなんだよ!?
なのに…う〜」
はい泣かない泣かない、と無骨な手のひらで背中をさすられる。この人が好みだったらこの
胸板の厚い胸に飛び込んでいきたかった。
「それで今の狙いは?」
「カウンターのあの人」
すっと泣きやんでエドワードはさらっと男を指差した。その頃彼は隣に座ってきた男と何や
ら話しこんでいたが、タイプではなかったのか明らかに眉を寄せていた。
「え?なーんだ…ロイちゃーん」
「ぎゃっなに呼んでんだよ!」
ロイと呼ばれた男が、エドワードが先ほどから気になっていた男がこちらを振り返った。正
面から顔を見ると、お、なかなか悪 くないかも、とエドワードはつい閉口した。 男が今ま
で話していた男に断ってこちらに歩いてくる。わ、どうしよう。ひとしきり悩んだあと、エ
ドワードは平静を繕うこと を決め込んだ。
「こんなところに来るなんて珍しいじゃない」
お久しぶり〜と適当な挨拶をするガーフィールに対し、彼も軽く笑って頭を下げた。
「ご無沙汰しています。母の店であったきりですかね」
「マダムはお元気?」
「相変わらずです」
声も好みかもしれない、と思うとまず考えてしまうのがベッドの中での話だ。うーん、近く
でみると結構着やせするタイプか も、とワイシャツの線から滲む肉体につい目がいってし
まう。視線に気がついたのか、男もエドワードを見返した。
「そちらは?」
「あっこの子はエドワード君。二年前くらいにこの店で知り合ったのよ〜。んでこっちはロ
イちゃん。彼のお母さんと商売で付 き合っててね〜。あなたは今何してるの?」
「お姉さまの酒のお相手」
ホストか!とエドワードはぐるぐると頭を巡らせた。じゃあ、バイってことかなーとひとし
きり悩む。俺みたいのに興味あるか なーなどと思いつつ心の中では慌てながら、無難な自己
紹介をした。
「エドワード・エルリックです。仕事はゲームのプログラマーやってます」
それを聞くと、相手もにっこり頬んで手を差し出してきた。
「どうも。ロイ・マスタングです」
この時の握手は運命だった、と後に彼らは振り返ることとなるのである。

「そういえば、さっきの人は良かったの?」
ガーフィールさんがそうロイに尋ねると、彼は少しうんざりした調子で答えた。
「絡まれてたんだ。声をかけてもらえて助かった」
ロイが席に着く1と、エドワードは彼と向かい合う形になって目線をどこへやらとさまよわせた。
少し開き気味の襟が気になる が、そのほかはスーツを着崩しているわけでもなく清潔感の溢
れる佇まいだ。ネクタイはなし。そして何本かの指に光るシル バーの指輪が、彼が髪を掻き
あげたときに黒髪に映えてより際立った。
「…お酒強いんだね」
暗にグラスの数を示して言われたのに気付いて、エドワードは笑ってごまかした。
「違うのよ、この子今失恋中だから〜」
「ちょっとガーフィールさん!」
普通言う?言わないだろ!と怒るエドワードに、目を瞬かせて失恋?と尋ねた彼は首をかし
げた。
「彼氏に振られて寂しくてきちゃったのよね〜ん」
「ちがっ…くはない、けど…今日は別に…」
段々尻すぼみになっていく自分に、ああ、これでこの人とは終わりかもしれない、とエドワ
ードは覚悟した。こんな言い方したら 本当に身体が寂しくなって店にきたと勘違いされる
ではないか。どうしよう、と落ち込んでいたが、ロイの反応は意外なものだった。
「それは辛かったね。一杯奢るよ」
「えっそんな、いいですよ!」
「奢ってもらいなさい。この人お金持ちだから」
「ガーフィールさんは自分でお願いしますよ」
どうぞ、とメニューを渡されて、なんだか申し訳なさでいっぱいになるけれども、エドワー
ドは二人の優しさに甘えることにし た。彼氏に振られて一週間は泣くか仕事に行くかのどち
らかだったのだ。別れてからも信じられなくて何度かメールまでしてし まって、情けないほ
どみっともなかったと反省している最中なのである。もちろんメールもすべて無視であるの
で、あまりにも しつこいから拒否リストにでもいれられたかな、とエドワードは相当落ち込
んでいた。付き合った年月が最長だったのも、その 落ち込みに拍車をかけていた。
「これなんかおすすめだよ。この前新しくでたやつだけど」
「じゃあそれにします」
「最近お店にきたんだ?」
「エドワード君と同じ理由でね」
ここでエドワードのアンテナがびびっと反応した。やった、フリーなんだ!と喜んでしまっ
てから、いや、振られてすぐ別の男 に走る軽い奴だとは思われたくない、と萎んだ。
「へぇ、捨てられたの?」
「仕事が忙しかったんです。それであまり連絡を取らないうちに…。あ、こういうのを自然
消滅って言うんですかね」
「そうねー。ロイちゃんもコッチの人にはもてる顔じゃないしねー」
もてないのは分かってますよ、と苦笑いのロイは運ばれてきたウイスキーのロックがよく似
あう男であった。
「エドワード君はどんな奴が好みなの?」
よければ知ってる人を紹介するよ、というロイに、彼が頼んでくれた酒をちみちみと啜って
いたエドワードはうーんと眉を寄せ て考えてから言った。
「優しい人、かなぁ…。でも今はしばらく彼氏は欲しくない感じで」
「失恋したばっかだものね〜ん〜よしよし」
ぎゅっと抱きしめられて撫で撫でされても何も嬉しくはならなかったので早々に解放を求め
る。
「ていうか、彼氏より友達が欲しい」
「友達?」
「そう、ゲイ友」
そうそうこれが無難だろう、とエドワードは思った。今までは行き当たりばったりに付き合っ
てきたが、これからはゲイの輪を 広げて人となりを知ってから付き合えばいいのだ。という
か普通の恋愛がしたい。若き十代から脱してエドワードは身体の欲求 だけではなく、心まで
満たされたいと思うようになったのである。できれば同年代ではなく、自分よりも見識のあ
る大人で、な んでも話を聞いてくれて、いつ連絡しても嫌がられないような友人だ。
「君と同じくらいの年、の子だと…」
誰かいたかなぁ、と考えるロイに、年齢はとくに問いませんというと、彼はじゃあと切り出
した。
「私も君の友達の範囲内かな?」
「えっ?もちろん!」
何度も頷くと、ロイが嬉しそうに笑ったのでこちらまで笑顔になってしまった。 しかしなぜ
か、少し落胆した気がする。どうしてだろう?まあ、いいか。あまり深く考えずエドワード
はロイが背広のポケットに手をいれるのを眺めていた。
「じゃあ連絡先交換しようか?」
やった、と机の下で拳を握りしめながら、エドワードはさっそく携帯電話を取り出した。

ふふ、と自宅に帰りつくと、ロイのアドレスを小さな画面に広げてエドワードはベッドの上
でごろごろと寝転がっていた。明日も 仕事だからいい加減寝なければと思うものの、今日の
出来事を反芻するのをやめられない。ロイ・マスタング29歳。割とタイ プ。でもまあお友達
のままで終わってもいいタイプ、でもある。 ここからが自分の再出発だ。エドワードは何回
かロイ宛のメールを打ち、送信することなく削除した。
新しい門出を信じていたのに。

「俺たち超気が合うんじゃねえ?付き合おっか!」
「うん!」
なんてこったい。
こんなに早く彼氏ができるとは思っていなかった。 もう少し間をあけてから作るつもりだっ
たんだけどな、と苦笑しながらエドワードは布団の上で寝返りを打った。その先には新 しい
彼氏が口をあけてぐーすか眠りこけているのである。 勢いのまま寝床にまで倒れこみ、求め
るままに身体を重ねて一夜は更けて行った。だが嬉しくて仕方ないのもまた一つである。 嬉
しさのあまり、エドワードは携帯電話を取り出してロイにはじめてのメールを打った。
『彼氏できた!』
ロイの返事は簡素であった。
『良かったね。今度はうまくいくよう願ってるよ』
『ありがと!』
俺はもう一人じゃない、とくすくす笑っていると後ろからにゅっと腕が伸びてきて後ろから
彼に包み込まれた。
「何笑ってんの?」
「べつに」
そういえば新しい彼を自慢する相手も俺には今まで一人もいなかったんだった、とエドワー
ドはもっともっと嬉しくなってし まった。浮かれに浮かれてエドワードは、軽い気持ちで
ロイを誘ってしまったのだ。
『今度飲みません?』
こんなふうに。
そしてロイは、二つ返事でそれに応じた。

「まあ!珍しいわねぇ」
カウンターで酒を飲み交わす彼らを見つけたのはガーフィールで、そしてそこは二人が出会っ
たあの店であった。 この店でエドワードがこんなに明るい表情をしているところなど見たこ
とがなかったので、彼は、もとい彼女は、とても驚いた のであった。
「ガーフィールさん!」
エドワードはもうできあがっているのか、少しあからめた薔薇色の頬をこちらにむけてわーっ
と抱きついてきた。
「えへ、彼氏できたー」
「まあまあ、早かったわねぇ」
今度はどんな人よとせっついてくる彼女に優しくって気持ちいい人!とエドワードは自慢げ
に言った。その横で粛々とロイが 変わらないペースでグラスを傾けている。世の中はもう
すぐイエスキリストの生誕祭だ。エドワードの人生街道はまさに薔薇色 一本道であった。
「ちょうどイブが付き合って一カ月記念になるなー!ねぇ何しようどうしよう!」
朝からやっぱ気張るべきだよな!とエドワードの上機嫌は止まることを知らない。そんな彼
にうらやましい限りと相槌を淡々と 打ちながら、祝い酒を進めるロイは、もはや旧知の仲の
ようにエドワードの扱いに慣れていた。もしくはエドワードが扱いやす い人間だったのかも
しれなかった。
「昨日の夜も激しくってー、もー堪んなかったー。奥のほうぐりぐりやられるとさーもうころっ
とねー」
げへへ、と怪しく笑い始めたエドワードに、さすがのガーフィールも少し引き気味であるのに
も関わらず、ロイはそうかいそう かいと笑っていなした。
「もうそんなになって…前の彼はいいわけ?」
「あんな奴知らない。こっちから捨ててやったんだ」
急に素面に戻るエドワードの地獄の底からにじり出てきたような低い声に、びくっと肩を震わ
せるガーフィールなどお目にかか る日がこようとは、とロイは口の中だけで笑いを抑えた。
このエドワードという少年には、ゲイ界を恐れさせる何かがあるのか もしれない。
「えーっと…ロイちゃんはイブの予定は?」
「引っ張りだこですよ」
お客さんから、とロイは嬉しそうに言った。
「三十路前の男に金を使ってくれる、いいカモがいたものです」
「うわー嫌な言い方ね!ばらしちゃうわよ!」
「じゃあ私の握っているガーフィールさん二十の秘密の中から五つを暴露しますね」
それはなし!とロイの後頭部を野太い手のひらが叩いた。そしてエドワードがその腕を振り
かざしたたくましい胸に抱きついて ガーフィールさんの秘密知りたーいと抱きつくことな
どはじめてである。こうして世界が少しずつ変わっていくことなど、今を生きる人々には取
るに足らないことなのであった。

だが着実に一歩を彼らは踏み出していた。世界でいちばん普及している、日本にまったく関
係のない宗教の神の誕生の夜 に、まさかひとつの歯車が外れただけで、すべてが雪崩落ちて
しまうなど、まだ早起きをしてホットケーキを焼いているエドワードは知るよしもない。 付
き合って一カ月。しかも今日はイブである。これからの年月を末永くともに過ごすためにも、
努力は惜しまない。惜しんだこ となどない。常に全力疾走で相手とともに走り抜けてきた!
…はずだ。今までのは例外だとして。
「朝ごはんできたよー」
ホットケーキ焼いてみちゃったりしたよーいい匂いでしょーと付き合って一カ月の男の肩を
ゆすり起こす。彼も香ばしい甘みを 感じたのか、むくりと起き上って台所に向かった。蜂蜜
をたっぷりかけたきつね色の生地。隣には奮発して買った英国の紅茶。ああなんと清々しい
朝か。幸先順調だ。
「おー、うまそうじゃん」
「へへへーすごいだろう」
ちなみに一枚目は必ず焦げるので先に腹にいれてしまった。証拠隠滅も完璧である。
「「いただきまーす」」
二人同時に一口目にありついた。エドワードはうまー、と満足しながら先をもくもくと食べ
進める。だが。 彼氏のほうが、フォークを置いた。
「…………なんか変」
「え?」
エドワードも何か機嫌を損ねるようなことをしただろうかと、食べる手をとめる。
「なんか…いつも食べてるのと違う味がする…」
「ホットケーキが?」
「ホットケーキが」
うーん、とエドワードが腕を組み、頭を悩ませる。
「これ通りに作ったんだけどなー」
ホットケーキの粉が入っていたパッケージの袋を見せながら言う。大体ホットケーキなんて
作り方間違えようがないし、と半ば 馬鹿にしていたエドワードだが、せっかくできた彼氏
の機嫌を損ねるなどあってはならないと不安になってきた。
「なんか…コクがないっていうか…さらっとしてるっていうか…」
「味覚すげぇなー…俺全然分かんないよ」
だが冷めきる前には食べたいエドワードは、じっとホットケーキを見つめたままの彼をおい
てまたもくもくと朝食にありつき始 めた。こちらは朝から早起きしてこうして飯を作って
いるのである。それはそれはおなかもすくだろう。だがそんなエドワード の態度に、自分
の言い分が受け入れられていないと感じたのか彼氏は眉をひそめた。ホットケーキひとつで。
「お前もまじめに考えろよ」
「もうおいしいんだからいいじゃん」
「じゃあはっきり言うけど、まずいんだけど!」
いきなり強くでた彼氏に、エドワードは驚いて一瞬蒼白になったものの、すぐに沸点を巻き
返した。言うに事欠いて、まずいだ と?俺様が、朝早起きして、わざわざお前のために、
焼いてやったホットケーキが?朝一番にやるには結構面倒なんだぞ?それ を、まずいだと?
お前はどこの星の王様だ?どこの国の栄養士だ?ミシュラン3つ星のシェフなのか?
「…じゃあ食わなきゃいいだろ」
頭に駆け巡った罵詈雑言を、エドワードは端的な言葉で表現した。
「ああ食わないね!こんなコクのないホットケーキ!」
「市販のホットケーキミックスにコクなんぞ求めるほうが可笑しいだろ!」
「大体蜂蜜かけすぎて甘すぎるっちゅーねん!」
「悪かったな!俺は甘党なんだよ!」
だがお互いに馬鹿馬鹿しいとやっと気がついたのか、二人はしばらくの沈黙の後、ホットケー
キを食べ始めた。だしてあった紅 茶をぐいっと飲みほして、彼氏はふーっと溜息をつくと、
エドワードに言った。
「…なぁ、牛乳あんだろ?だして」
「はあ?ねーよ」
「はあ!?」
そうしてすぐに諍いは再発した。
「ホットケーキに使ったのがあるだろ!?」
「俺がホットケーキに牛乳使うわけねーじゃん。水でもいいのに」
「だからか!コクがないのは!」
だからこのホットケーキはさらっとしててコクがなくてまずいんだ!と男は断言した。言わ
せておけば、とエドワードも怒り再 熱。もとい心頭である。せっかく自分が付き合って一
カ月、さらにはクリスマスイブ記念で朝から心づくしの料理をいろいろと 準備していたとい
うのに、この仕打ちである。エドワードの沸点はそう高くはないので、先ほどの口喧嘩から
下がりきらなかっ た怒りがすぐに跳ね上がったのであった。
「コクコクって、そんなにコクが大事か!お前は料理人か!俺にばっか家事やらせてるくせ
に文句言うなー!」
「てめぇが勝手やってたんだろーが!いつ頼んだ!転がりこんできたくせに!」
「はぁ!?お前が一緒にすもーぜって先にいってきたんじゃねーか!だから俺はアパート引
き払って…」
「あんなのその場のノリってやつだよ!分かれよ!空気よめ!」
「ノリってなんだよ!」 「お前とだって一回で終わらせるつもりだったのに!」
あれ?
「まあそれなりに気持ち良かったからちょっと付き合ってもいいかなって思ったけど、もう
飽きた!別れよ別れよ」 「−…。ああそうしよう。こっちだってお前とは一回こっきりの
つもりだったのにさ、大体いてーんだよ!こっのテクなし!」
「て、めー!」
こんなはずでは。
「何だ聞こえなかったのか?だったらもっと言ってやるよ、短小!早漏!×××!×××!」
「お前こそいちいちゴムしろってうぜーんだよ!女か!」
「ゴムを馬鹿にするな!俺は自分が大事なんだ!てめーの性病移ったらどうしてくれる!」
「せ、性病なんかかかってねーよ!」
「検査したんか?診断書だせや!」
性感染症の感染経路はほとんどの割合で同性同士の性行為です!と教科書のように振りかざ
しながら、エドワードは適当な荷物をひっつかんだ。
「精々余生を楽しめ!コク野郎!」
牛乳飲んで腹こわせー!と玄関を破壊する勢いで飛び出していったエドワードを、既に元彼
氏となった男は茫然と見送ったのだった。

こんなはずでは。
昨日買ってきておいたクリスマスのケーキ。三千円を溝に捨てた。
昨日のうちに下ごしらえをしておいた夕食の材料。全部生ごみだ。
昨日の予想とは全く違う今日。 はあー、と大きくため息をつく。
「…ノリ、か」
分かれよ!
小さい頃からの悪癖だ。 相手の言葉を本気で受け止めてしまうから。自分だってひとつひ
とつの言葉を、全部考えてから口にしているわけではないの に。他人だってきっと、同じ
だろうに。 だから何度も失敗してきたのに。
「俺って…進歩ない…」
右手のバックには、財布と携帯と、そのほかもろもろ。 身一つになってしまえば、自分に
残るものの少なさを強く実感できた。身軽になるものの、それは寂しさと不安を代わりに背
負 いこむということで、何もない肩が妙に気になる。 こうやってまた終わりが来てしまえ
ば、エドワードの行ける場所など、いつもあの店しかないのであった。

土壇場でキャンセルなんて、よくあることだし。 そこまで動揺するものでもないのだけれど。
こういうキャンセルは初めてだった。
「ねぇロイさん、今日は私、やっぱり帰るわ」
「え?」
今日は常連さんとの同伴で、ロイもまた気合を入れて彼女に付き添っていた。つける装飾品
は持っている中でいちばんよいもの を選んだし、香水もこだわった。スーツも靴も、何もか
もだ。不思議とそうして自分を着飾れば、自信も着ることができたよう で、エスコートも自
然になる。堂々と、それでいて優雅さを欠くことなく。 男が好きだというのは店側には内緒
だが、ホストでゲイはなかなか多い。とこの業界に入ってから初めて知った。きっかけは若い
頃、売れっ子の先輩の自宅マンションでのこと。お前は上?下?と聞かれて、顔の出来かと
思って自分では上だと自負してい ますと見栄を張ってしまったところからであった。
「まじぃ〜!俺ぜったいネコだからぁラッキー!」
だがこの言葉ですべてを理解したロイは、それなりの顔の出来(こっちは上の下)であった
その先輩をあっさりといただいてしまったのである。 生きるのが上手な人間っていうのは、
自分の失敗を旨く繕える人だと思う、と彼は開き直っている。
「どうして?…もしや何か気に障ることでも」
「ううん、あなたが悪いんじゃないのよ。やっぱり私とあなたじゃ、ね。釣り合わないじゃ
ない?」
「釣り合わないのは私のほうだよ」
職業上、ロイは女性を丸めこむのが仕事である。ここで帰られたら今日の稼ぎがふいになっ
てしまうのだから当然と言えば当然 である。経費も馬鹿にならない。身だしなみを整える
ことでさえかけようと思えばいくらでも金はかけられるのだから。 「いえ、言い方が悪かっ
たわね。あなたといても、最近楽しくないから」
楽しくない、て。 ごーんとロイの中で一週間ほどはやい除夜の鐘が鳴り響いた。
「あ。はは…すまないね。つまらない男で」
「なんていうか、仕事の空気が抜けないのよ」
あなたはお仕事だけど、こっちは休みで、楽しみたくて来ているのだから。
「はいこれ。キャンセル料」
「...とてももらえないよ」
「いいから、受け取って」
ごめんなさいね、と手を合わせて去っていく女性の背中を成す術もなく見守ってから、よう
やく街角に残り香も消えてからロイはがっくりと肩を落とした。大口の注文を不意にした小
売り企業の社員のような気分になった。そう思うことでさえ、嫌になった。そう、ロイにとっ
て彼女たちと共に過ごす時間は仕事の一貫なのだ。これまでどれだけ嫌な思いをしてきだろ
う、と彼は振り替える。高い酒を頼ませても、常連客の「次のときに払う」という言葉にロ
イは何度憂鬱になっただろうか。そのつけが回収されなければ、その時のホストが客の未払
い分を払うことになるのである。若い頃それで相当の苦労したので、いまでは人を見る目が
かなり研ぎ澄まされていた。身に付けている衣服や装飾品にも敏感になった。きちんとその
時にその時で金を落としてくれる客にしか、高い酒は薦めない。彼女はその中でもロイの基
準に叶う素晴らしい人であったというのに。
もう店にもこないだろうな、とロイもまた、歩き出しながら思う。せっかく気合いを入れて
きたのに、と気を落としても、これからの予定がもとに戻るわけでもない。まだ聖夜は半分
も過ぎていないのだ。金色に光るイルミネーションが誇らしく暗がりの町を照らしている。
まだ帰るには早い。どこかで一杯飲んでから、考えよう。
こんな夜に一人酒かと笑っていると、寒風が一際激しく彼の髪を掻き乱した。

一人で飲むならここだろうと訪れたあのバーには、先客がいた。新宿で降りて人通りの多い
道を歩いてきたロイは、それまでにゲイの恋人たちも多く見かけたからか、店内にも二人客
が多いことなど気にもとめなかったが、奥のカウンターに見知った背中をひとつ見つけて驚
いた。彼は絶対にここにはいないだろうと思っていたから。
「...エドワード君?」
恐る恐る呼び掛けると、のそりと突っ伏していた身体の上体を起こして、エドワードは顔を
出した。そしてロイは言葉につまった。はじめてあったときよりも真っ赤な瞳に。とても聖
なる夜には不釣り合いなそのみっともない顔に。
「大丈夫...?」
「...う...う〜」
ロイのほうに身を乗り出して、ぎゅっと上着をつかんで、エドワーはしくしくとなき続ける。
ロイは仕方なく、よしよしと背中をゆっくりと撫でた。余程辛いことがあったに違いないと
思えば、今日女性に切り離された自分などなんとちっぽけなものだろうと彼は可哀想な青年
の背を撫で続けたのだった。
「一体どうした。...こんなにまた飲んで」
何度かしゃっくりあげて、ぐすぐすと手の甲で目を擦るエドワードにロイがすかさずハンカ
チを差し出した。職業柄ぱっとでた優しさだったが、エドワードはそれすらも嬉しかったの
かまた涙を滲ませた。
「ありがど...」
「いや...。その、まさか、うまくいかなかったのか?」
なるべくオブラートに包んで、何を、とも誰と、とも上手に誤魔化して、ロイは彼に尋ねた。
「...別れた。ホットケーキで」
一ヶ月しか続けなかった。今までで最短。とかすれた声が呟く。
「...ホット、ケーキ...」
「うん。ホットケーキにコクがないって。牛乳使わなかっただけで」
ロイは絶句した。
そんな。そんな。
「.........馬鹿馬鹿しい」
哀れを感じた自分こそが惨めであった。
「なんだよ!馬鹿馬鹿しいって!」
でも俺もそう思うけどな!とエドワードはだんっとカウンターを叩いた。
「そんなことで破局とは。君男を見る目がないんじゃないか?」
バーテンに強めの酒を頼みつつロイがエドワードの隣に腰かける。
「そんなことねーよ」
いい思い出だってたくさんあるんだからな、といいながらエドワードもグラスに半分ほど残っ
ていた酒を煽る。だが振り返ってみると、そのどれもが霞んで見えるのだった。一体誰に恋
をしてきたのだろう。恋する自分にまるで、恋をしていたようではないか。
ただただ、自分を見失って生きてきた時間を思った。まるで人生の無駄遣いだ。
「はーあ。もうやだ。もうめんどい。彼氏なんていらね」
一生作るもんか。と不貞腐れているエドワードに、ロイは酒を待ちながら言った。
「君は随分自分勝手なんだな」
「どこが!?こんなに尽くしてるのに!?」
「そういうの押し付けがましい」
ロイも大分気が立っているのか、頬杖をつきながら苛々と言葉を投げつける。
「彼氏に尽くしてくれって言われたのか?自分が満足したいだけだろう?」
「でも俺は、今日は朝御飯つくって、ていうか昨日からめっちゃ準備して...」
でもそれは、本当に彼が喜ぶ顔が見たくてしたことだろうか。
自分が満足したいがために、したことでは?
「...だったらなんだっていうんだよ。そんなもんだろ、あんただって誰かのために何ができ
るっていうんだよ」
何でもかんでも分かってるみたいに言いやがって。
「どうせ俺は朝からホットケーキ焼くぐらいしかできない、それだけ自己満足するような奴
だよ」
「だろうね。大体夜にもケーキを食べるくせに、朝からホットケーキなんて普通ありえない」
正論であった。それはもう突き刺さるほどの。
底辺をずるずるとさ迷っていた沸点が一気に跳ね上がった。
「あんたに何が分かるんだよ!そりゃ、笑いもんだよ!ただの一人相撲だったよ!好きだった
のは俺だけだったんだからな!...もぅ、馬鹿だよ。すぐその気に、なったりして...自分がい
ちばん馬鹿だって分かってるよ!」
自分がいちばんの勘違い野郎だってことは、もう痛いほど見に染みていたから。
それでも、何度でも誰かに必要とされたいと思うのだ。
「...向こうは一回のつもりだったってさ。...最低だよ」
声が段々と低く落ちていく。ロイの顔を見ることなどもうできなかった。この人は同情などし
ないのだろうな、と思うと、自分がいかに愚かであったか骨身に染みるようであった。
「はは、そっちが本音か」
ホットケーキがじゃなくて、と笑うロイの言葉に、エドワードは恐る恐る顔をあげる。
そこにはなぜだか楽しそうなロイの苦笑があった。
「すまん、私も意地の悪いことをしたな。あまりにもくだらなくて」
そういうロイはまだ笑っていながら、エドワードの頭をぽんぽんと撫でた。
それがあまりにも優しいので、エドワードはまた目頭に涙を盛り上げてしまった。
「...ホットケーキなんか焼かなきゃ良かった...!」
「それは違うぞ。ホットケーキのお陰で彼の化けの皮が剥がれたわけだし」
むしろ感謝しなくてはなるまい、と必死に唇を噛んで涙を耐えているエドワードにそう言い
聞かす。
「そんな男などさっさと忘れてしまいなさい」
その言葉のすべてが、エドワードを決壊させた。
呻き声と落ちていく涙を何度も何度も留めようと努めるのに、じりじりとすべてが暴かれて
いく。
ああ今日は、きっと何もかも素晴らしい日になるはずだったのに。
「...もう、あんたでもいいなぁ...」
これくらいの程度で。むしろ俺なんか要らないと言ってくれるぐらいが。
いつだって切り捨てたっていいんだぞ、というくらいが。
俺には丁度いいのかもしれない。
「失礼な言い方だな」
「さっき俺に散々毒吐いといて、今さら失礼も何もねぇだろ」
あんたも今日虫の居所悪いんだろ、とエドワードが鼻をすすりながら言った。失恋して落ち
込んでる奴にまじありえねぇとエドワードはぶつぶつとロイに不満を露にした。
「そうだな。私も大人げなかった」
「大体、なんでこの店に?...ぐすっひっぱりだこじゃなかったのかよ」
「私も振られたんだよ」
「けっ人のこと言えた義理か!」
振られ男〜と冷やかす彼だったが、もしやロイは、エドワードにも自分に八つ当たりさせる
機会を与えたのかもしれないと思い直した。なぜならロイがもう、どこかふっきれたような
清々しい顔つきで隣に座っていたからだろう。別に役に立てたわけでもなかろうに、こちら
の胸まで少しだけ軽くなった。認めたくなくて、エドワードはただ、ずるずると酒をすすった。
「...ねぇ、今日だけでいいから泊めてくんない」
「家もないのか」
「仕方ないだろ。でてきちゃったんだから」
あんたさっき、あんな男のことはさっさと忘れろって言ってたんじゃん。
「給料はいんの二十七日なんだよ...」
「金もないと」
「奮発しちゃったからなぁ」
クリスマスの準備で。とエドワードが沈んだ声をだしたのに負けたのか、ロイは残りの酒をぐ
いと煽って飲み干した。
「今夜だけだぞ」

それは一夜限りの約束。
ケーキもチキンも、願いを叶えるサンタもいない聖夜の約束。
高層マンションのやや上の方。明かりもつけていない部屋では、大きな窓から都会の夜景がよ
り輝いて見えた。
だがそんなものには見向きもせず、ばふんとエドワードはベッドに飛び乗った。
「こら、居候はソファにいけよ」
「金持ちがけちんな」
「家主を居間で寝かせるつもりか」
無言。うつ伏せでベッドに倒れていたエドワードだが、もぞもぞとダブルベッドの脇によけ
た。それはもう、ぎりぎりもう一人が寝そべることが得きる程度に。
「勝手に寝れば」
「お前...」
喧嘩売ってんのか。呆れながらロイは分厚いコートを脱ぐ。
「あーあ...こんなはずじゃなかったのになぁ」
エドワードも上着を床に放り投げて、仰向けに今度は横になった。
「今頃は超豪華な飯食って、でかいケーキ食って、エッチしてさー」
それなのにこんなマンションで、別の男と一緒にいる。
「私だってそんなものさ」
予定通りにはいかないもの。
ロイは横たわるエドワードを見下ろした。酒の入った力の入らない身体をしどけなく、なげ
だしている青年を。
「一つだけでも、その希望通りにしてあげようか?」
そう。予定なんて、自分勝手な妄想だ。
希望通りにはいかないもの。
「どうやって?」
「君、下だよな」
これは私の予定外なのだがね。枕営業はしていないから。
動かないエドワードのシャツを捲りあげながら、まあ深く考えるのはよそうと微笑んだ。
すると死んだように何一つとどまっていたエドワードの両腕がばっと跳ね橋ように飛び上
がった。
だがその勢いはすぐに衰えて、柔らかくロイの首を包み込む。
「...下ですけど、文句が?」
「ないとも」
キスもまだ酒の味、とエドワードは背中に回る大きな手のひらを感じながら目を閉じた。

アルコールは時として性欲すらも抑え込んでしまうものだ。
だが要らぬ身体の力を解きほぐし、心の枷を外すには、これほど便利な手段はない。
「ふ...んぅ...あ、あ...きもちいぃ...」
あれからロイが脱がせるまでもなく、エドワードは衣服を放り出して彼をベッドに引きずり
込んだ。その目尻にまだ光るものを見つけて、ロイも眉を下げて笑った。
「いい?これは?」
「ひぁっそれも、...そこ...っ」
はぁ、とロイは額に流れたあせを拭った。酒のせいか?随分と感じやすいな、と指をいれら
れて悶えている彼を見下ろしながら、これは楽しくなってきたともう一度唇を重ねる。
「何が欲しいんだ?エドワード」
欲しいもの。
手に入れたとて、すぐにまた失ってしまうのに。
この人だって明日には、俺から離れていってしまうのに。
欲しいものは安らぎ。安心。温もり。幸福。
でも分かっていたんだ。本当はそんなもの、今夜のような一瞬の幻だってことは。
夜があければもう、なんの面白味のない年の暮れがやってくるなんてことは。
この一瞬を永遠にしようだなんて、本当は考える方が馬鹿なんだってことは。
それでもどうして。
「ロイ...さ...」
抱き締める背に食い込む手のひら。
こんなに強く、必要とされたことなどなかった。
たとえこれが、一夜の孤独を埋めるだけの意味のないものだとしても。
ロイがしているのは、客を必要とする仕事だ。いやどんな仕事も、求める人間がいなければ
成り立たない。だがそれは、もちろん仕事だけの話であって、それ以上の人間関係など、仮
初めに過ぎないと思っていた。一時の感情に我を忘れた哀れな者たちだと。   
だが今微かに感情に囚われそうになったのは、これは自分?
「何が、欲しい?」
つい明確な答えを求めてしまっては、踏み込みすぎるのはよくないと留まる。安らぎを与え
てあげたいと思ったはずなのに、この身体に自分が安らぎを求めてしまっては。
誰かに何かを求めたことなんて。
「ロイさ...」
欲しいものは。
強くなる指の力。
必要なものは。
周囲の空気をさらに熱して。
何も言わなくても、曖昧なままでも、今は互いの感情と身体の火照りのままに。
足を抱えあげれば、エドワードは目を閉じて続きを望んだ。
「...ん、ぐ...ぅ...!」
「......はぁ...っ」
「...は...ん...?」
いつもと何かが違う。とエドワードは目をあげた。眉をよせて苦しそうなロイの前髪が頬に
かかるほど近い。息づかいも肌から伝わってきそうなほど。
「...動くぞ」
「あ...あ...!だめだ...やぁーッ!」
急にがしっと両肩を捕まれ、ロイはおえっと気管をつまらせた。
「なん、だ...?」
「してね、だろ...!ゴム!」
「...はぁ」
そんなことか、とロイはエドワードの食い込む指をはずし、そのまま深く彼の中に潜り込ん
だ。
「あぐっ...だめだって...!ぃ、んっん...!」
「何が駄目だ。こんなにして」
「俺の財布んなか...あるから!...ああぁー!」
だめ、ほんとにだめ、と嫌がるエドワードをよそに、ロイの行動は段々と激しくなっていく。
ロイを止めようとするたびに大きく声をあげてしまうエドワードに段々とのめり込んでいく。
汗ばんだ肌があわさるのが心地いい。こんなには夢中になったのは久しぶりだった。いやこ
んなに、夢中になったことが果たしてあっただろうか。だがもう、これまでのことなどどう
でもいい。
ただ今の一瞬を永遠に焼き付けたい。
「ひぁあ...!やぁーーー!」
恍惚の瞬間を迎えたロイと、もはやそれどころではないエドワードは、相手の身体を強く握
りしめたまま呼吸を整える。咳き込むエドワードをあやすようにロイが、ようやく指の力を
抜いて、彼の頭を撫でた。それに何を思ったかはわからないが、抱えていたその身体がずっ
しりと重くなった。眠ったのだとわかれば、混み上がる笑みをおさえきれずに破顔する。
ずっとこの日が続けばいいのにと、まるで子供ようなことを思いながら、ロイもまたぐった
りと枕に倒れこんだ。

翌朝。
「...なんてこったい...」
呆然としているエドワードに、ロイは首をかしげた。
「何が?」
「何がじゃねーよ!なんだこの有り様はよ!」
腰いて、となぜか頭を押さえながら、エドワードはロイに向かって叫んだ。
「あんたとはこんな関係になるはずじゃなかったのに」
「じゃあどんな関係になる予定だったんだ?」
「ねーよ、予定なんか」
それくらいの人間だった。だが今は。
「さてと、君仕事は?」
「休みとっといた」
「そうだと思った」
エドワードはロイを睨み付けたが、ロイはさらりと受けながしつつシャツをひっかけた。
「私も今日は生憎予定がない」
「営業メール打ちながら何いってんだよ」
そりゃあ、落ち込んでばかりもいられないからね。というロイにエドワードが前向きですこ
と、と彼に背を向けてベッドで寝返りを打つ。だがしきりに腰を気にするその姿にロイはメー
ルを送信しながら肩越しにくすくすと笑った。
「なあ、まじで腰痛いし頭も痛いし、給料日まで泊めてくれよ」
俺もう今日はまじで動けなーい、とやる気なく布団を引き上げる青年に、ロイはええ!と不
満そうに振り返ってきた。
「なんだよー、一日も二日も一緒だろ」
けちけちすんな、とエドワードが起き上がる。
「君図々しくないか?」
「生でやらせてやっただろ」
すごく不機嫌な顔でじとーと見つめてくるエドワードに、何故ゴムに拘る、とロイは呆れた。
やってしまったものは仕方ないではないかという開き直りもあった。
「いいじゃないか、別に」
「よくねーよ!...病気になっても知らねーからな」
「病気持ちなのか?」
「違う!...前の前の彼氏が、尿道炎になって...!」
それで別れたんだ、というエドワードに、ロイはまたそんな下らない話を、とシャツのボタ
ンをとめながら言った。
どうしてそんな小さなことで何度も破局ができるんだ。
「私は尿道炎になろうが、ホットケーキがまずかろうが、構わないがね」
「ふーん」
あっそ。

そうして転がりこんだその日から、何故だか俺たちは共に暮らすようになり。
お互いに文句をつけあいながらも、どうしてだか一緒に生活するようになり。
ロイが改めてエドワードに付き合わないかと持ちかけるのは、一年後の、年の明けた頃のこ
とであった。



end

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