夏の風物詩がお嫌いな方、ご注意下さい。
振動する携帯にびくっとなるのも無理はない。何せ今は深夜の時間帯。
いつの間にか上條の頭と一緒に被った掛け布団に滑り込んでいた携帯が、ディスプレイの点滅と共に振動する。
ディスプレイに示されるのは「草間野分」の文字。
こんな時間に?野分が?
ある意味タイミングの良さに一瞬警戒するも、沈黙の室内にバイブレーションが鳴り続けるのもなかなか怖いものがある。
覚悟を決めて唾を飲み込むと、上條は携帯を手に取った。
「…もしもし」
「もしもしヒロさんですか?」
間違いない。いつもの、そのまんまの野分の声。
「…オマエ、今何時だと思ってる?」
野分の声だからといって、野分本人ではないかもしれない。
最も、そのユーレイとやらにそんな高度な芸当が出来るかどうかは不明だが。
「すみません。ヒロさん慣れない所で眠れないんじゃないかなと思って」
只今絶賛別のイミで眠れねーよ。
上條は心の中で悪態をつく。
ですから、と野分は続ける。
「眠れるよう子守唄を、と思いまして」
「はぁ?ガキ扱いすんなよ」
俺は寝つきの悪いガキかっつーの。つか、何考えてるんだコイツ。本当に野分か?
上條を眉を潜める。
「ちょっとしたおまじないみたいなものです。ヒロさんは俺のあとに続けて復唱して下されば結構です」
「…俺にもやれってか?」
「俺も眠れないんで協力して下さい」
下らない、と思いつつも、有無を言わさない野分の言葉に上條はつい承諾してしまった。
「では――――」
野分は言う。上條の知らない言葉を。歌うように朗々と。
―遠く、近く。
強弱をつけて囁かれる声は、電話越しから上條の鼓膜にダイレクトに響く。
まるで野分がすぐ傍にいるように、上條をふんわりと包み込む。優しく、温かく。
闇は、怖くない。
野分に言われるがまま同じ言葉を呟いていると、不思議と周りが気にならない。
野分と呼吸を合わせて、同じ言を囁く作業はまるで夜の秘め事のようで――――――。
ひどく、安心する。
野分の声が、近く、遠く。遠く、遠く――――――。