チョコなれ#1

「…だったら、お前がチョコになればいいじゃないか」

「は?」

いつもの、憎らしい程整端な顔でコーヒーを啜った幼なじみは一言、こう宣った。

一体この大テンテーは脈絡もなく何を言いだすのか。

俺が今まで目の前の彼に話していた事は、来るべき日のチョコレート会社の下らない戦略のハナシであって、そんなに種類があって選ぶのに困っちゃうーとか、
やっぱ本命は手作りなのか、購入するとしたらどこが一番カタイのだとか、
今年はヤツに渡すだ渡さないだのそーゆー類いのハナシ…ではなかった。…ハズ。

「苦いところも甘いところも知りつくされてるんだろう?」

なになに?どこでも好きなところから召し上がれーv
ってか?
いやいやいや。はて、さて、一体何のことでございましょう?
…つーかさ。

「お前、寝てないだろ?」

「いいやちゃんと寝てるさ。ただ締め切りが刻々と迫ってきているので少々心穏やかな状態で過ごせないだけであって」

「健全に過ごせよ…」

そこまで聞くと俺はソファーに背を預け、げんなりと返す。

―もう、いい。

「あ、あのさ、あんま邪魔すると悪いから(からかわれてネタにされそうだから)俺帰るわ。じゃーな」

「ああそうそう、14日以降に一度お前の研究室に行くから」

「来んでもいいわ。来んで」

「遠慮するな。幸い締め切りまであと数週間あるからな、その日以降でもまだ間に合う」

「…やっぱおもいっくそヒトをネタにする気満々じゃねーか。もういい。今日はこれ飲むのやめにして、この酒はありがたーく貰ってやるから健全に過ごせよ。じゃーな」

明らかに目の据わった幼なじみに、今度こそと手を振ってマンションに帰れば、当たり前のようにアイツはいない。

分かってる事だけど、一人きりの部屋に帰るのはなんだか切ない。

「まったく、誰がチョコになれってんだ。それじゃあまるで“俺がプレゼントー”って言ってるのも同じじゃねーか」

などとぶちぶち零しながら、リビングのソファーで秋彦の家から頂戴したボトルをあける。

空腹に酔いはすぐ回る。
ふわふわした頭の中で、今の俺がチョコになったらウイスキーボンボンだな。
そんなアホなことを思いながら、ついついそのまま眠ってしまったらしい。

ふと気がついて目を開けると、目の前には見たことのあるようなどアップの瞳。

見たことあるような―――っつーかまんま俺じゃん?!

俺は目の前の光景を疑う。

へっなんで?俺が目の前に??
幽体離脱でもしちゃったわけ?

まじまじと見返すと、俺だろうヤツは、同じくおんなじ色の瞳でぱちぱちさせた。
そして小さく満足気に「よし」とに頷くと、あろうことかそのまま誰に見せるでもなくにっこりと笑った。

!!!?うわああああ気色わりい!!

我ながら悪寒が走ったぞ!!

何で俺とあろうことが!!
俺とあろうことが…?

そう。

俺はそこではたと冷静になる。

今まで俺が発した言葉は一言も音になっていないこと。

それは同じく、相手にも聞こえていない――というか、俺の存在自体気付かれていない。
気付かれていたら、双方共にパニックになるハズだ。

しかし気付かれないことを幸いに、よくよく目の前の人物を見返してみればわかる。

俺はこんなに気持ち悪く笑うはずがない(と思う)し、そして何より…

こんなひらひらのエプロンなんぞつけるわけねええええ!!!

じゃあ何だ、目の前の俺は一体誰なんだ?

そう考えて、ふと直感で考えたくもないある一つの結論にたどり着いた。

認めたくない。

いや、そもそも“そんなコト”があっていいはずがない。

思わず冷や汗を感じた瞬間、玄関のインターフォンが軽やかに一つ鳴った。

とたん、色めきなくす目の前の俺。

なんでそんな焦ってんだよ。つーか頬を赤らめんな!

ほどなく、推定俺達がいるであろうリビングに人の気配が入ってくる。

目の前の俺は慌てて俺(らしきモノ?)を後ろ手に隠した。

―って俺は今ヒトではなく、モノなのか??

「ただいまです」

同時に、声だけでも分かる。そこに満面の笑みを浮かべて立っているであろうその声の主が。

そう、この声は俺もよーく知っている。

ただ―――

「ただいまです。弘樹さん」

今目の前で甘ったるい声を出すこの野分は、俺の野分ではないということだ。


-------< 2へつづく/>
(2.13up/3.23加筆訂正)






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