俺には幼なじみがいる。幼稚舎よりずっと同じクラスなみょうじなまえ、なにもできないくせに(いや、なにもできないからか?)征くん征くんと俺のあとをついてきて俺の服の裾を掴むんだ。ほら、今日だって。
「征くん」
「シワになるからやめろ、あと名前で呼ぶな」
ぎゅうっと服の裾を掴むみょうじはへらへらと笑う。その表情に腹が立つ。幼稚舎からのよしみだからといって仲良しだと勘違いされてはたまらない。俺は無視して生徒会の仕事をする。俺は生徒会長、こいつは書記だ。正直みょうじに務まるのか?と疑っていたが、足を引っ張らない程度にはやっている。
「征くん」
「…………。」
「征くんあのね」
みょうじはへらへらへらへらくだらない話をする。俺が無視してもこいつは何回でも話しかけてくるんだ。征くん征くんと無意味に名前を呼んで。正直イライラする。
「私川原くんに告白されちゃった」
「!!」
書類から顔を上げてみょうじを見る。こいつが?なんとも物好きもいたものだ。こいつが俺につきまとわなくなってその告白したやつと一緒にいるようになるんじゃないかって、これはチャンスじゃないかと思って、「いいんじゃないか?」そう言おうと思ったのに口は真逆のことをついてでていた。
「お前なんかと付き合うやつは可哀想だ」
「そうだね」
へらへらへらへら、失礼なことを言われたというのにこいつはなおも笑い続ける。服の裾はずっと掴まれてシワになってしまった。
……
今日は雨なので体育は男女混合でやることになった。種目はバスケ、そんな日に限って準備係は俺とみょうじだった。みょうじは体育館倉庫からバスケットボールが入った籠をとりだそうとして見事にこけて中身をぶちまけた。
「ノロマ」
「ごめんね征くん」
「名前で呼ぶな」
へらへらへらへら、こいつは常に笑っている。イライラ、こいつといるときはいつも苛つく。何故だろう、大抵の人にはイラつかないのに。仕方ないので俺はボールを拾うのを手伝ってやる。それだけでこいつは花が咲いたように笑う。その笑顔になんともいえない、妙な感覚に陥る。
「ありがとう征くん」
ふにゃり、また心臓が妙な感覚になる。こいつといるとしょっちゅうなる。俺は本当にこいつのことが嫌いなんだなと思った。
体育が始まり、パス練を2人1組でやる。何の因果か俺はみょうじとすることになった。
「えい」
「下手くそ」
みょうじのパスは俺といるところと少しズレたところに放られた。みょうじは「ごめんね征くん」とまたへらへら笑う。そのことにまたイライラする。俺はみょうじにパスを放おる。そしたらどうやったらそうなるんだと言いたくなるほどこいつは綺麗に顔面でボールをキャッチした。
「!」
「ありゃ」
たらりとみょうじの鼻から血が垂れる。授業は一旦中止されて、こいつを保健室まで連れていくことになった。俺が悪いとは思わなかったが、鼻血をださせたのは事実なので、俺が連れていこうとすると、
「俺が連れていきます」
「川原くん」
みょうじに告白したやつが立候補した。面倒だったから助かった、そう頭では思っても心が異常にザワついた。
「俺がださせたんだから、俺が連れて行くよ」
気付いたら川原に向かってそう宣言していた。みょうじも「私も征くんがいい」と言ってくれて、そのことにホッとしている自分がいて、なぜなのだろうと不思議に思った。
……
「征ちゃんいい加減なまえちゃんに優しくしないと嫌われちゃうわよ?」
ある日、部室で部誌を書いていたら実渕にそう言われた。嫌われる、有り得ないとは思ったけど、一瞬体が固まった。
「せっかくなまえちゃんが一緒に帰ろうって言ってくれてるのに“1人で帰れ”なんて冷たくあしらって、今まで待っててくれたんだから一緒に帰ってあげなさいよ」
みょうじは生徒会もなにもない日でも俺と帰ろうと待っている。最初は体育館でバスケ部の見学をしながらまっていたが、俺が練習の邪魔だというとどんなに暑くても寒くても校門で待つようになった。
「好きな子虐めたい気持ちもまあわかるけど……」
「ちょっとまて、」
好きな子?なにを言ってるんだ?俺はあいつが嫌いだ。そう思っても、好きという言葉はストンと俺に落ちてきた。
「あら?違った??」
「当たり前だ」
イライラしつつ部誌を書く手は止めない。俺があいつを好き?そんなわけないだろう、そう思っても腑に落ちた感情は取り返せなかった。
「その割には征ちゃん、あの子のこと受け入れてるんだもの。シワになるからやめろ、っとか言いつつあの子が裾を掴んでも振りほどかないでしょ?」
「!」
ポキリ、シャープペンの芯が力を入れすぎて折れた。
「嫌なら振り解けばいいのに」
「…………。」
もし、もしも俺があいつのことを好きだとして、じゃあなぜこんなにも俺はみょうじを否定したいんだ?考えればすぐに答えは見つかってしまった。勝つことを絶対づけられてきた俺は、恋愛なんかに現を抜かすわけにはいかなかった。だからみょうじを排除したかったんだ。でもきっと、あいつに恋人ができたりしたら俺は勝手に失恋した気分になるのだろう。
「優しくしてあげる気になった?」
「……少しな」
校門に向かうとみょうじがまっていた。寒そうに鼻の頭が真っ赤になっていた。
「征くん」
てててとみょうじが俺に寄ってきて、俺の服の裾をつかむ。俺は鼻をつまんでやった。
「なに?」
「……。」
真っ赤な鼻を解放する。みょうじは滅多に俺からみょうじに触れないのに今日は違うことに驚いていた。
「お前は俺が好きなのか?」
「うん、大好き」
へにゃり、その顔にまた心臓が妙な感覚になる。しかし、嫌ではなかった。そうだ、俺はこの感覚が嫌ではなかった。ただ得体が知れなかっただけで。
「どういう好きだ?」
「うーんとね……、抱きしめたくなったり、キスしたくなったり……」
「馬鹿だからあんまり上手にいえないや、ごめんね征くん」とみょうじは申し訳なさそうに言った。
「…………、俺も」
「?」
「俺もお前のことを好き、みたいだ」
「えへへ、両思いだ」
へらへらへらへら、そいつは嬉しそうに笑った。その顔にもう苛つくことはなかった。俺は自分が微笑んでいることがわかった。そのことにみょうじは目を見開く。俺が笑いかけることは滅多になかった。
「これからは優しくなるよ」
「意地悪な征くんも好きだよ」
みょうじはそう言ってまたへらへら笑った。
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