02


入学してから1年がたった。なまえと名乗った女は明らかに俺にビビっていたくせに俺を構うことをやめようとはしなかった。最近では慣れたのか、怯えることはなくなったが。

「我愛羅!買い食いして帰ろう!」

「…………。」

内心嬉しかったが、まだこいつを信用しきれてないのとどう反応すればいいのかわからず睨んでしまう。なまえ遠慮がちに俺の服の裾をつかんだ。

「アイス食べたいんだ……、行こう!」

こいつは来ていい時と悪い時をよく分かっているようで、俺が構ってほしくないときは静かにしている。病的までなバランス感覚で、こいつといると心地いいと感じる。

街にくりだしなまえがアイスを買ってきてくれる。オレンジ色と水色のアイスだった。なまえははいと水色を俺に渡そうとする。オレンジのほうがよかったなと思ったが、顔には出さない。しかしなまえはあっと短い声を出して水色のアイスを引っ込めた。

「こっちのがいいよね、ごめんね」

差し出されたのはオレンジのアイスで、なんでわかったんだと目を見張る。なまえは少し焦ったように動揺した。

「ほ、ほら、食べないと溶けちゃうよ」

そう言ってなまえは水色のアイスをかじる。すると表情がパァっと華やいだ。

「美味しい!」

なまえに倣って俺もアイスを食べてみる。たしかに美味しい。買い食いなんて独りの時は絶対できなかったし、誰かと、こいつの言葉を借りるなら友達と、一緒に食べるのは悪くなかった。なまえは俺の心を見透かしたように嬉しそうに笑顔になった。

「美味しいよね!私友達と一緒に買い食いしてみたかったんだ!」

「夢が叶ったー!」となまえは嬉しそうにアイスを舐める。こいつはおかしな奴だ。俺と一緒にいて恐ろしくないのか?そう思っても、いつも言葉にはできずにいる。もし怖いと言われて離れられたら……。そんなことを考えている自分に嫌気がさす。俺はもう誰にも心を許さないと誓ったのに。なまえは俺の気持ちを知ってか知らずか寂しそうに笑った。

……

なまえと買い食いして帰ろうとするも、なまえはまだ遊び足りないらしく、公園に行きたいと言い出した。公園はあまりいい思い出がないので行きたくない。そう思うとなまえは即座にやめようと言った。

「我愛羅に見てほしいものがあるんだ!ついてきて!」

そう言って俺の服の裾をひく。こいつはよく俺の服をひっぱる。その割には俺自身には触れてこようとしなかった。そこがこいつに心を許せない原因の一つでもある。俺に触れたくないほど嫌いなのではと邪心してしまう。

連れてこられたのは人気のない穴場のようなところだった。見渡してもなにも面白そうなものはない。なにを見せたいんだ?と不思議になまえを見る。なまえはにししっと笑った。

「あっちのほう向いて!もうすぐだから!!」

「?」

言われた方を見る、しばらくすると夕日が落ちてきて、周りに夕日が反射してキラキラと光っていた。……息を呑むほど美しかった。見せたかったのはこれかと、たしかに見に来る価値はあると思って、でもなぜ俺にわざわざ?本当にこいつは俺のことを友達と思っているのだろうか、だからこんな宝物のような景色を見せてくれたんだろうか……。そんなことを思って、少し泣きそうになる。

「お前は……、」

「?」

「俺が怖くないのか?」

なまえはへにゃりと照れくさそうに笑った。

「怖くないよ、だって我愛羅は本当は優しいってわかってんだもん」

「なにを馬鹿なことを……」

俺はこいつに優しくしたことなどなかった。優しくしなければ離れていくと思っていたのに、こいつは離れていかなかった。なまえは首を横に振る。

「我愛羅は優しいよ、心が優しい。今まで触れた誰よりも」

「?」

心を見ることなんてできるはずがないのに、不思議な物言いに首を傾げる。夕日が完全に沈んで、もう帰る時間になる。俺は帰路につこうと足を歩める。しかしなまえはその場から動こうとしなかった。

「……どうした。」

なまえに話しかけるとなまえは影を落とした。

「……帰りたくない。」

「?」

どうして?なまえのような敏い子供ならば俺のように親に疎まれることはないだろう。どうすればいいのかわからずその場で立ちすくんでいるとなまえはそれに気づいたようで無理やり笑顔を作る。

「……なんて、嘘だよ。ごめん、帰ろう」

「なぜ家に帰りたくない」

なまえは驚いたように目を見張った。俺がこいつに対して踏み込んだことを聞くのは初めてだからだ。なまえはへにゃりと弱ったように笑った。

「……私の両親仲悪いんだ。私のせいで、だから私は嫌われてるの。……家に居場所がないの」

なまえのせいで仲が悪い?嫌われている?なにを言ってるのかよくわからなかった。だってこいつは人に嫌われるような人間ではなかったから。俺の疑問をわかったようになまえは続ける。

「私が3歳のころにね、私のお父さん浮気したんだ。私はそれをなんのことか理解してなくて、お母さんにばらしちゃったの。それから家庭内別居始まって……、私が黙ってたら2人ともそんなことにならなかったのかなって……、最低だよね」

なまえは泣きそうに笑う。そんなこいつの顔を見るのが耐えられなくて、俺はなまえの頭に手を置いた。びくりとなまえの体が震える。俺は構わずになまえの頭を撫でた。お前は悪くないって、なまえは最低なんかじゃない、敏い優しい子だと、言葉にはしない。でもなまえは俺の心を読んだように目を見開いた。大きな瞳からボロリと涙が落ちた。

「……ありがとう、我愛羅。」

なまえはゴシゴシと目をこすって、無理やり泣き止んだ。そしてまた「ごめん」と言って家に帰っていった。

……俺が居場所になってやりたいなんて、なまえに踏み込んでみて初めて思った。












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