01
チェックのシャツ裾を弾丸が掠めた。崩れかけた塀にひらりと身を沈め数発の弾をやりすごす。 シャツの裾をちらりと見ると穴があいていた。舌打ちをする。
──このままだと、ボロボロにしちまう
それは昨夜、傷の手当をし泊めてくれた少年のシャツだった。清潔なだけが取り柄で趣味の悪い。 彼は貸したつもりだったのかもしれないが、無断で拝借してきた。もちろん返すつもりはない。
ネズミは左腕に救急ケースをかかえていた。それも、あの部屋から持ち出してきたものだ。ケースの中にはついでに清潔なタオルも詰め込んでおいた。
──片手がふさがってるとどうにもやりにくい
銃声が収まった。一瞬あたりが静かになる。その隙にネズミは塀の影から飛び出し、走る。
──でもこれ以上シャツを汚すわけにもいかないし、さっさと逃げるか
あばよ、おっさんたち。マンハントはもう終わりだ。
救急ケースを抱えたまま、ネズミはマンホールから下水管に滑り込んだ。
ネズミの滑り込んだ下水管に汚水は流れていない。今はほとんど使われていないからだ。 それらの廃菅は主に気象現象などによる排水の増量の際の予備として使われる。要は、雨水の捌け口だ。
昨夜が台風だったため、その下水管の半分ほどのかさを雨水が占めていた。激流というわけではないが、わりと速く流れている。 ネズミは腹に救急ケースを抱え、背泳ぎの要領でぷかりと水に浮き下水管を流されていく。
──体力の消耗が最小限に抑えられる…
ぽつりと呟く。 紫苑の部屋で休ませてもらったとはいえ、ネズミの体力は限界に近づいていた。 ゆっくりと瞼を下ろす。
──少し…眠ろう
全ての下水管はいずれ西ブロックの川に流れ込む。このまま流されていけば西ブロックに戻れるだろう。
先日、『人狩り』が行われたばかりの西ブロック。まだ混沌としているに違いない。これからどうしようか…いや、それは目覚めてから考えればいい。 とにかく、生き残ったんだ。人狩りから生還した。
おれは生きている…今はそれだけでいい。
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