質問に質問で返す


「何が、あるんだ?」

二人でタクシーに乗りこみ暫くしたところで、紫苑が先に口を開いた。重苦しく続く沈黙に音を上げたらしい。

「…は?何のことだ」

ネズミも鉛のように重い口をようやっと動かし、その言葉に応酬した。





「はぐらかさないでよ、ネズミ。だいたい、今日のパーティーは何だったの?」
「ああ、今夜の…何だったかな。何かの祝賀パーティーとかって言ってなかったか?」

いつもは手頃な嘘をすらすらと紡ぐ唇が、今日は何故かうまく動かない。

まずったな、さっきの答えはまったく答えになっていない。

案の定、紫苑は綺麗な白色の眉を寄せて、ネズミを疑わしそうに見つめてきた。

「…ネズミ、やっぱり君、何か隠してるでしょ。ぼくにそれを聞く権利はないの?」
「ははっ、聞いて何になる?」
「………たい」
「えっ?何だって?聞こえなかった」
「ぼくは…、きみの力になりたい」
「…は?あんた、なにを馬鹿なことを…」
「だって、ネズミ、」

すっ、と紫苑が手を伸ばしてくる。条件反射で避けようとするが、体が動かない。

殺られる。

本能的に、そう思った。
紫がかった黒い紫苑の瞳に射すくめられ、ぴくりとも動けない。

伸びてきた手に、眉間を軽く弾かれる。

「ネズミ、悩んでるでしょ?ほらここ、縦に皺ができてる。ぼくなんかでも、少しは力になれるかもしれない。それに、話すことで楽になるかもしれないし、新しい解決の糸口だって見つかるかもしれない。だから、ね?頼りないかもしれないけど、ぼくに話してみてくれないかな。…えっと、ネズミが今話したくないなら、また話したくなった時で、いいんだけど…」

にこりと柔らかく微笑んで、紫苑はもう一度ネズミの眉間をつんつんとつついて手を引っ込める。それから紫苑は、座席に座り直して視線を車窓の外へやった。

紫苑が街中のネオンを眺めているのを横目で伺い、ネズミは詰めていた息を、紫苑に分からぬよう静かに吐き出す。そうして初めて、自分が息を止めていたことに気づかされた。

…何故だ?

先ほど紫苑が戸惑いながら呟くように言った言葉は、思いやりに溢れた甘ったるいものだったのに、どうしてか体の底から震えが沸き上がってくる。
目を閉じ、そっと眉間に触れてみる。

…逃れられなかった。

眉間は人間の急所のひとつだ。そのことはもちろん承知しているし、避けられるだけの才覚があると自負していた。今までも何度も、死の刃から間一髪で逃れてきた。況してや、相手はか弱い紫苑だ。その細腕を叩き落とすくらい、難なくできるはずだった。それなのに。

動けなかった。動かなかったんじゃない。あの目に畏縮して、動けなかったんだ。

ネズミはゆっくりと頭を降る。ぱさりと、結っていた髪の毛が頬にほどけてきた。

…こいつは、誰だ?



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