無邪気と鈍感の紙一枚



彼が船員にもふられるに至った理由←


 仕方ない、とコルテスは思う。


 夜になればイドルフリートはさも当然の様にコルテスの部屋に来る。これは本当に仕方ない。元々猫であった彼のための空室なんて用意されてないし、流石に人の姿をとった(とってしまった)彼を廊下に放り出しておくわけにはいかない。ならば本来の飼い主であったコルテスの部屋に来るのはまったくもって仕方ない。情状酌量の余地なく仕方が無い。

 そしてコルテスが盃を傾けたり、明日の航路を確認している間中コルテスのベッドでごろごろしている。これも仕方ないだろう。ランプで煌々と照らされていては寝つけないのかもしれない。ベッドは一つしかないが、床に毛布が敷かれた申し訳程度の寝床では嫌なのも理解できる。ならばコルテスが仕事の間、主人不在のベッドに転がっていても困るものは誰もいない。


 仕方ない。そう自分に言い聞かせながらも、口から長い溜息が漏れた。
 耳聡くイドルフリートが顔をあげる。

 「仕方ない。仕方ないとは思っているぞイドルフリート」
 「何をさっきからぶつぶつ言っているのだ低能。寝言は寝てから言ってくれ給え」
 「だがこれはおかしいと思うんだ。だから言わせてくれ。何故私の布団にもぐりこんでくるんだ?」
 しかも頭から。
 大の大人が寝ているベッドにこれまた大の大人が頭を突っ込んでいるのははた目から見れば限りなく怪しい。実際突っ込まれている大の大人が言っているんだから間違いない。

 「そもそも私が床で寝るということが理解に苦しむな」
 「そういいつつ結局床で寝てないじゃないか!」
 「まったく、どうして人間というのはこうも体毛が薄いんだ。いきなり丸裸にされたようなものだぞ。察し給え」
 嗚呼うるさいうるさいとでも言いたげに今度は全身をベッドに押し込まれる。自然元居た体が押しのけられ、コルテスは眉をひそめた。
 「もっと慎め。猫の体躯ならともかく今のお前はでかい。重い。邪魔くさい。出ろ」
 「何て奴だ。いきなりわけもわからず人間にされて右も左もわからない無垢な生き物がお前を頼ってきているというのに。さあもっと端に寄り給え。はみ出てしまう」
 「こっちだってぎりぎりだ!」
 ぽすんと飛び出た頭を思い切り平手でたたく。さらさらとした髪とは違うふわんとした感触。




 一瞬ぺたんと垂れたねこみみが、またぴんと立ち上がった。ついでにしっぽも。


 もう猫が人間になってしまったとか、そういったことはどうでもいい。
どうしてこんな愛らしい造形になってしまったのかと、コルテスは耳元でぎゃんぎゃんと吠える声をシャットアウトしながら頭痛に目を閉じた。

「いきなり他人の頭を叩くとは卑怯な奴め…! いたいけな小動物に暴力を奮うとは人間の屑だな!」
「はいはい」
 「返事は一度だとムッティに習わなかったか!? そこらの猫よりも常識が欠けている者がこの船の指揮官とは嘆かわしい!」
 「わかったから。もう寝るぞ。お前と違って俺たちは朝が早いんだ」

 よくよく考えれば、猫から人間になったとはいえ力仕事などやったこともない柳のような体躯の彼は、昼間其処等を歩き回ったり倉庫の鼠を虐めたり、日光差し込むコルテスのベッドで昼寝に洒落込むかしかしていない。
 もちろん朝も太陽がそろそろ登り切ったころにもそもそと起き上がる。
 何故こんなに眠れるのか。もともと猫だったからだろうか。
 目の前の彼も、首尾よく布団にもぐりこんで既にうつらうつらしている。
 こうなるともう追い出せない。力づくなら可能だろうが、コルテスの良心がじくじく痛む。
 眠たくてぽかぽかした身体で胸元にすり寄られるとこちらまで眠くなってくる。事実、彼と添い寝するようになって寝つきは格段に良くなった。

 ほぼ重力に負けているねこみみをよしよしと撫でてやると、くすぐったそうにイドルフリートが身を捩った。当然の様に頭を乗せたコルテスの腕の上で落ち着きやすい位置を探して、やがて今度こそ動きを止めた。


 イドルフリートに触れている温かな箇所も、彼のゆるやかな寝息もすべてがコルテスを夢の世界へ誘う。
 睡魔が今日も寝床に潜り込まれた腹立ちやら心配事やらを全部引き剥がしていった。

 今日もまたうやむやにされてしまうのか、とコルテスは瞼をこじ開けようと奮闘したが無駄な足掻きに終わり、今日も愛猫と眠りに落ちるのだった。



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