対等、不平等
やつの襟元をつかんで思い切り床に叩きつけるとごつんと鈍い音がした。普通なら痛みに顔を歪めるところだろうが、相手も気にしていないようなので俺も気にしないことにする。
そのまま胸にぎりぎりと体重をかけてやると苦しげにもがきだした。だが元々の体格差と、俺がマウントをとっているせいでなかなか上手くいかない。彼の息が浅く速くなり、腕の動きが俺を押しのけるというより爪を立ててくるようになってから少し体を持ち上げて酸素を吸い込ませてやった。
「はっ……、き、さま……!」
酸欠で真っ白になった頬を今度は朱く怒らせてぎっとこちらを睨む彼の顔のすぐ横に突きたてるようにして拳銃を押し当てる。それでも抵抗をやめないので、少し傾けて銃口を彼の喉元に押し付けてやった。
「そろそろ大人しくしろよ。銃弾を無駄にしたくない」
「低能がっ…、撃ちたいなら撃てばいいだろうが」
「おいおい、こいつの威力はさっき見せてやったじゃないか」
ただ其処を通りかかっただけの可哀想な兎。不自然に撥ね跳んだ小さな肢体は地面に転がって動かなくなった。
それでもまだ抵抗の意志を隠さない相手の喉にごりごりと銃口を食い込ませると、強がっててはいても苦しいのか僅かに喉を逸らしてえずいた。
「、殺すなら殺せばいい……! 貴様らのやろうとしていることなど聞かなくても判る」
「何だというんだ? 未だ偶像に縛られている未開の兄弟達に、真の神の教えを広めに行くだけだ」
「それで! それでどうするんだ。偶像を破壊し、文化を破壊し、均衡を破壊しつくした後はどうするんだ? 貴様の目的は唯の虐殺だ!」
「で?」
年甲斐も無く吠える目の前の相手を低い声で黙らせる。不安そうに微かに目が揺れる。いつの間にか俺を退かそうと動いていた手も止まっていた。
「此処で死ぬか? 見知らぬ野蛮人達の命をほんの僅か長らえさせるために、今此処でお前が命を投げ捨てるのか? 結構なことだ」
「お前は天秤も読めないのか? どちらに傾くかなどたかが知れているだろうが」
「そうか? お前はそういうやつだったな。自分も結局たった一つの命だって知っていた。だからお前は強かった。一緒に海原を駈けていた時は怖いものなしだったよ」
目を細め、にやりと笑う。こいつの自信を粉々に砕いてやることに猛烈に興奮しているのが分かった。
「でも今はどうだろうなあ? そうだなあ……教えてやろうか。俺だって此処まで一人で来たわけじゃないんだぞ。一緒にいた部下は今何処に居ると思う?」
「……貴様」
さあっと、眼前の顔が白くなった。面白いくらいの変わりように思わず笑みが深まる。見開いた眼は綺麗な翠をしているのが何だか不釣り合いだった。
「どうしようかなあ。お前を今此処で殺しちまったら確かにいろいろ面倒になるから、いらいらして思わず誰かを殺してしまいそうだよ」
「おい……やめろ」
「別に一人だけじゃなくてもいいよなあ。此処を地図から消してやるって言うのもありだよな。嗚呼、」
持って来た銃弾だけで足りるかなあ、と見下ろした顔は茫然としていて、にこりと笑いかけてやるとその身体が強張った。
「やめろ……やめてくれ」
「お前は弱くなったよな。昔はあんなに強かったのに。もったいねえな」
漸く手に入れた人並みの幸せが、こいつを普通の人間にした。それが果たして幸せなことだったのか。
彼の天秤は折られ、例え何を人質にされたとしても揺らがなかった笑顔が、今硬く目を瞑っているこいつの顔に被った。
「お前が来てくれればなあ。お前だってまたあの子に会いたいよな? 大丈夫だって、今回の航海が終わればまた一緒に暮らせるさ」
ぎゅっと閉じられた目尻から一筋涙が伝った。それに顔を寄せて、そっと囁く。
「なあ、俺を新大陸に連れていってくれよ。――イドルフリート」
→砂糖の甘さを
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