さようならのワルツ

 古びた、無機質な四角い鉄の箱。幾つもの輪っかが天井からぶら下がってる。赤いソファには、わたしの他に誰もいない。
 薄暗い、車内。窓の外は、鮮やかな緑と淡い空色。眩い光が地面に降りそそいでいる。

 ごとん、ごとん。ごとん、ごとん。

 車輪が線路を踏んでいく音だけが、耳に届く。
 四角いだけのその世界に、わたしだけがいる。一人ぼっち。取り残されたみたいだ。

 ザァッと音がして、四角い箱が暗闇に包まれた。トンネルの中に入ったようだ。音が、遠くなる。

 鉄の塊に揺られて、わたしは遠くへ行く。わたしを知っている人のいない場所。きっと、今よりも孤独なんだろう。真っ暗で、ぼんやりとした月だけが、道を照らすような。目を凝らせば、遥か先に、溢れんばかりの太陽が見えて、そこへ向かうけれど、その光に辿り着くことはできない。

 きっと、寂しい場所だろう。

 誰もわたしを知らない。わたしを支えるものもない。転んでも、飢えても、叫んでも、渇いても、誰も助けてなどくれない。悲しい場所。
 だけど、そのことが、今のわたしにはどうしようもなく心地いい。きっと、今のわたしには安心できる場所なんだろう。

 たぶん、しばらく帰れない。

 ……初めて、さようならを告げた。さようならをしたわたしを、あの子は許してくれるだろうか。
 わたしの魂を、ちぎって分けることが出来たらな、と思う。ちぎって、その魂だけでもあの子の傍に居ることが出来たのなら、わたしはちゃんと、暗闇の中でも歩いて行けるのにな、と思う。

 誰もいない電車の中、ふぅ、と小さくため息をつく。あの子なら、大丈夫だ。向こうに着いたら手紙を書こう。また、あの頃みたいに。返事は来ないだろうけれど、それもいい。
 一人で、暗闇の中、踊るように、旅をしよう。

 さようなら、わたしは旅に出ます。探さないでください。どうかお元気で。どうか、いつまでもお幸せに。



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