誰にも届かない
...20


『二人が行ってしまった後も、楽しい気分は去らなかった。
名前、言わなかったな……と俺も思った。
びっくりしたのと、照れてしまったので、上手く話せなかった。

また、来てくれる。

そう思うだけで、毎日の怯えも暗い気分も、少し楽になった。
今度は、自分から何か話さなくては、と考えていた。

今度はなかった。俺の家は襲撃された。
母さんと妹だけは守りたいと思った。
必死で、庇おうとした。必死で戦った。
……所詮幼い子供一人が勝てる訳なかった。

今思えばあの時に、ちゃんと話せればよかった。
照れずに言葉が出たらよかった。

記憶も、声も失くしてしまうなんて、その時考えもしなかった。

そう。
来ない未来に凄く期待していた。
明日来るかもしれないと思いを馳せていた。
曇った空を見ながら、晴れろ。晴れたら来るかもしれないと願ってた。

あれだけ必死さを、あれだけの希望を簡単に忘れてしまうなんて……
今思うと信じられない。

でも、俺は確かに記憶を失くしていた。

それなのに十年後。リシュは一目見て、俺をわかってくれた。
名前も思い出せない俺に、名前を呼んでくれた。

名前を呼ばれても、何か引っ掛かるだけで、全然思い出せなかった。
リシュのことを忘れて、何も話さない俺に。
リシュは愛想も尽かさず着いてきてくれた。離れないでくれた。

もう一度書く。
本当に、感謝している。

十年ぶりに届いた声も、今はリシュにも届かなくなってしまったんだな。
もう、誰にも届かない。

それでもきっとリシュは、俺の感情を受け止めてくれるだろう。
いつもの笑顔で、受け止めてくれるだろう。
戦争さえも止めてしまったリシュは、凄い、といつも思う。

最後に話せた言葉が、リシュの名でよかった。

照れずに、書く。
これからも、俺の隣にいてほしい。
俺の隣で、笑っていてほしい。
たとえ、俺が笑うことができなくても。

きっと、リシュがいてくれたら、俺は十年ぶりの笑顔を取り戻すだろう。
信じている。

少し、長い手紙になった。
字を書くのは、まだ慣れないから少し疲れてきた。
拙い文を、ここまで読んでくれてありがとう。

……シャイレ』

リシュは、読んでいる途中で、泣き出してしまっていた。
読み終わって、上げた顔。頬は涙で濡れていた。

「ありがと……!」

リシュは、今までで一番の笑顔を見せた。
いつもの微笑ではなく、まっさらな笑顔を。

シャイレは、また口をもごっとさせた。
そして、とてもぎこちなく笑顔を作ろうとした。

それは確かに笑顔に見えた。
とても綺麗でまっさらな笑顔だった。

シャイレは、リシュの肩に手を置いた。
そのままギュッとリシュを抱き寄せた。


二人の上には、綺麗な青空が広がっていた。


End......



- 20 -


[*前] | [次#]

Top - Novel - daretodo
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -