『二人が行ってしまった後も、楽しい気分は去らなかった。
名前、言わなかったな……と俺も思った。
びっくりしたのと、照れてしまったので、上手く話せなかった。
また、来てくれる。
そう思うだけで、毎日の怯えも暗い気分も、少し楽になった。
今度は、自分から何か話さなくては、と考えていた。
今度はなかった。俺の家は襲撃された。
母さんと妹だけは守りたいと思った。
必死で、庇おうとした。必死で戦った。
……所詮幼い子供一人が勝てる訳なかった。
今思えばあの時に、ちゃんと話せればよかった。
照れずに言葉が出たらよかった。
記憶も、声も失くしてしまうなんて、その時考えもしなかった。
そう。
来ない未来に凄く期待していた。
明日来るかもしれないと思いを馳せていた。
曇った空を見ながら、晴れろ。晴れたら来るかもしれないと願ってた。
あれだけ必死さを、あれだけの希望を簡単に忘れてしまうなんて……
今思うと信じられない。
でも、俺は確かに記憶を失くしていた。
それなのに十年後。リシュは一目見て、俺をわかってくれた。
名前も思い出せない俺に、名前を呼んでくれた。
名前を呼ばれても、何か引っ掛かるだけで、全然思い出せなかった。
リシュのことを忘れて、何も話さない俺に。
リシュは愛想も尽かさず着いてきてくれた。離れないでくれた。
もう一度書く。
本当に、感謝している。
十年ぶりに届いた声も、今はリシュにも届かなくなってしまったんだな。
もう、誰にも届かない。
それでもきっとリシュは、俺の感情を受け止めてくれるだろう。
いつもの笑顔で、受け止めてくれるだろう。
戦争さえも止めてしまったリシュは、凄い、といつも思う。
最後に話せた言葉が、リシュの名でよかった。
照れずに、書く。
これからも、俺の隣にいてほしい。
俺の隣で、笑っていてほしい。
たとえ、俺が笑うことができなくても。
きっと、リシュがいてくれたら、俺は十年ぶりの笑顔を取り戻すだろう。
信じている。
少し、長い手紙になった。
字を書くのは、まだ慣れないから少し疲れてきた。
拙い文を、ここまで読んでくれてありがとう。
……シャイレ』
リシュは、読んでいる途中で、泣き出してしまっていた。
読み終わって、上げた顔。頬は涙で濡れていた。
「ありがと……!」
リシュは、今までで一番の笑顔を見せた。
いつもの微笑ではなく、まっさらな笑顔を。
シャイレは、また口をもごっとさせた。
そして、とてもぎこちなく笑顔を作ろうとした。
それは確かに笑顔に見えた。
とても綺麗でまっさらな笑顔だった。
シャイレは、リシュの肩に手を置いた。
そのままギュッとリシュを抱き寄せた。
二人の上には、綺麗な青空が広がっていた。
End......
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