南海生物が現れた。
シンドバッドの執務室にいたユーリはそこで南海生物出現の報告を王にしに来た武官の報告によってそれを知った。
「すいません、ユーリ」
「大丈夫ですよ。お気を付けて」
王の机に書類を置いて、申し訳なさそうなジャーファルに頭を横に振る。
まだまだ仕事は残っているが、これは祭で八人将が行かなくて始まらない。
幸い、これからの仕事は先ほどジャーファルに聞いている。これを文官達に伝えて、手伝えばいい。
「行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
立ち上がったシンドバッドを見送る。
本当は正式な礼を取った方が様になるのだろうが、シンドバッドはユーリがそうすることを嫌がるので、ユーリはただ「行ってらっしゃい」と言うだけだ。
シンドバッドは微笑むとジャーファルを連れて去っていく。
「さあて、どうしましょうかね」
ユーリは王の立派な机の上からはみ出すレベルで積まれている書類を見て、ため息を吐いた。
これらは全てシンドバッドが溜めこんだ書類で、シンドバッドがいなくては片付かない。そのためシンドバッドがいなくてはどうしようもない。
問題なのは……。
「失礼します。追加の書類を……」
「……ちょっと待ってください。すぐに置き場を作るんで」
これからも増えて行く王の裁可待ちの書類をどこに置くか、である。
やって来た文官が積まれた書類に言葉を無くす。
ユーリ一人では動かせそうにない書類に、頭を抱える暇もなく裁可されていない書類をどうするか考える。
山は緊急のもの、そこまで緊急でもないものと分けられているので下手に動かすとまずい。
そうこうしていると執務室の前に立っていた武官がどこからかテーブルを調達して来てくれた。
とりあえずそこに書類を置いてから、文官がまたすぐに持ってきますのでというありがたくない言葉を残して去っていくの見送った。
「この書類は……」
それから書類を仕分けていると、国民が沸く声が遠くから聞こえた。
知らずしらずの内にユーリは微笑む。
次に南海生物が出てきたときは仕事がこんなにたくさんなくて、一緒に見に行けるといいと思う。
◆◇◆◇◆◇◆◇
南海生物を退治した後は、謝肉宴。
そうなれば仕事なんて言っていると無粋なので、ユーリも仕分けを終えると文官達と共に仕事を終えた。
この日は侍女達も異様な熱気を見せる。
彼女達はユーリを着飾ることを楽しみにしていると公言するくらい、ユーリに色々な服を着せたがる。
ピスティや他の人に着せればいいのに、何故かユーリを執拗に狙う。
ユーリの部屋にいつの間にか服が増えているのは彼女達の仕業である。
ユーリが露出の高い服を好まないと知っているので、露出は控えめだが女の子らしい服が多い。普段はシンドバッドを追いかけて王宮内を走り回っているので、破れたらいけないと滅多に着ないが、着ないと悲しまれるのでたまに出かけるときに着ている。
普段はそれで気が済んでいるらしい彼女達が沸き上がるのは、謝肉宴である。
踊り子のようなほとんど露出した服に、アクセサリーや髪形を何十人もがあれがいい、これがいいだの、ユーリを着せ替え人形のようにしてしまうのだ。
「また捕まったんですか」
「はい……」
祭に遅れてやって来たユーリに気が付いたジャーファルがユーリに声を掛けようとして、一瞬言葉を失ってから、苦笑しながらユーリの肩を叩く。
大事なところは一応カバーしてますくらいの衣装に、メイクに髪形に髪飾り。
これは全て仕事終わりのユーリを捕まえた侍女達によってされたものだ。
恥ずかしいので付けたままのお面を少しだけ上げてジャーファルの顔を窺うと、ジャーファルは微笑む。
「でも似合ってますよ。可愛いです」
「恥ずかしいです……」
「祭の間だけなんですから」
「はい……」
ジャーファルはユーリに着飾れとは言わないが、ユーリが着飾るとすぐ褒めてくれる。
恥ずかしいが、たとえお世辞でも褒められると嬉しい。
「あ、ユーリ」
「はい」
「くどいようですが、その格好でシンの傍に行かないでくださいね。あと男に変なことをされたらすぐに八人将の誰かのところに行くんですよ」
「わかってます」
ジャーファルはユーリが着飾ると絶対にシンドバッドの傍に行くなと言う。
シンドバッドは酒と女だけは八人将達も全く信頼しないくらいだし、正直普段のシンドバッドの様子を見ていると近くに寄りたくもない。
女の子を膝の上に乗せているところなんて正直おいおいと思っているくらいだ。
だから、言いつけ通り全く寄りもしないで他の八人将のところにいる。
そのため着飾った謝肉宴の次の日はシンドバッドにどこにいたんだとよく聞かれるが。
あちらこちらのテーブルにおいしそうな料理が並んで、普段よりも着飾った人達がシンドバッドやシンドリアをたたえながら踊って食べて飲んで宴を楽しむ。
ユーリはこの雰囲気がとても好きだった。
お面をしたままだと見にくいので、少し顔からずらして付けると宴の中を散策する。
お酒はそんなに強くないので断りながらも、たまに料理をいただきながら宴を回っていると名前を呼ばれる。
「おーい、ユーリ」
「シャルさん」
ちょっと離れたテーブルにシャルルカンやヤムライハ、ピスティにマスルールが座っていた。
手招きされて行くと、シャルルカンはすでに酔っ払っている。酔うと笑い上戸になるシャルルカンに近くを歩いている少女から水を貰って、シャルルカンに渡す。
「なんかコレ、水みてー」
「お酒と水の区別もつかなくなったんですか」
「んなわけないだろ。酒うめー」
ちょろいな。
そう心の中で呟くと、マスルールがぼそっとジャーファルさんに似てきたっすねと言うのでそれを笑顔で流した。
口封じだというようにマスルールにはお酒を渡すと、マスルールは何故かため息を吐いて食事に手を付ける。
ピスティとヤムライハの間に座らされ、お酒と料理が目の前に置かれる。
「ユーリ飲んでるー?」
「また飲んでないでしょー」
「飲んでるよー」
ユーリがあまりお酒が飲めないと言うのに二人は勧めて来る。
酔っているので適当にごまかしながらやり過ごす。
水とお酒を交互に渡して、だんだんお酒から水の方を多くしていく。
ユーリに来た分はこっそりマスルールに渡したり、水と入れ変えて飲んでいる。
「シャルルカン」
「あれー王様?」
後ろの方からシンドバッドの声が聞こえてユーリは肩を跳ねさせる。
王や八人将用の席で女の子を膝に乗せて遊んでいたシンドバッドがいつの間にか近くまでやって来ていた。
ユーリが隣のヤムライハの影に身体を隠すと、何を勘違いしたのかヤムライハが抱きついてきた。しかもピスティまで抱きしめてきた。
酔っ払いは力の制御をしてくれないので、少し苦しいがシンドバッドがいる間の辛抱だとヤムライハの豊満な胸に顔を埋める。
「ユーリを知らないか?宴が始まってから全く見てないんだが」
「ユーリー?」
どうやらユーリを探してこんなところまで来たらしい。
ヤムライハの胸から顔を出して、シャルルカンに黙っててくださいよという願いを込めて睨みつけるが、受け取ったのは何故か隣のマスルールだった。
「ユーリなら」
「ユーリならそこにいるじゃないですか」
マスルールが指を向こうの賑やかな方に指すよりも先に、シャルルカンがヤムライハとピスティの間を指さす。
ピスティがそれに援護するように、ヤムライハと一緒にユーリをシンドバッドの方に向かせる。
「なんだ、そこに……」
シンドバッドと目が合うと、シンドバッドは言葉を切った。
何故か目を丸くしているシンドバッドの向こうからシンドバッドを探しに来たジャーファルと目が合って、ジャーファルが肩を落としたのが見えた。
そうして世界はまわってる
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お題:)sappyさん
12/12/17 緋色来知