人の少ない公園ではあるけれど、まったく人の気配のない場所ではなかった。目を閉じてよく耳を澄ましていれば遠くで人の話す声や足音などが聞こえてくる。
 待つ時間は苦痛ではない。サスケはオレの言葉に対して少し黙っていたが、行く、と言ってくれた。通話で交わした言葉はかなり少なかったに違いない。通話が切れたあと、ディスプレイを覗いてみると通話時間は一分にも満たなかった。それでも久々に聞いたサスケの声は耳に心地よかった。急に電話して、サスケがどう思ったかは、分からない。しかし、電話から聞こえてきた声に、拒絶の色は含まれていなかった。そのことにほっと息をついた。
 会ってなんの話がしたいのか、オレ自身にも分からない。もし会ってしまえばうっかり口が滑って好きだと言ってしまうかもしれない。でも、ここで会わなきゃ後悔するのはオレだろうな、と笑って目を閉じた。


 近くでバイクのエンジン音が聞こえ、ふっと顔を上げた。薄暗くなった視界の中では人の姿を確認するのは難しかった。どうやら二人乗りをしているらしいその影からひとつ、人の影が離れた。ヘルメットを外しているのだろうけれど、顔の判別は出来ない。切られていないエンジンの音のせいで何かを話しているようにも見えたが聞くことも叶わなかった。そのうちにバイクが発進して一人だけがそこに残される。その影がすたすたとこちらに歩いてくるのを見つめながら、やっとそこでその姿がオレの待ち人のものであることに気付いた。はじかれたように立ち上がったオレの姿に、サスケが薄く微笑むのが見えた。


「もう会えねえのかと思ってたよ」


 苦笑するように言ったサスケの表情に、苦い気持ちが胸に落ちる。きっとオレは、サスケを深く傷つけてしまったのだろう。オレに他意などなかったけれど、金曜日に行かないというのはつまりサスケを拒絶したと受け取られても致し方ない。言い訳にしかならないとは分かっていたが、口を開いた。


「悪ィ、そんなつもりじゃなくてな。……体調悪くて、行けなかった」


 行く理由もあの日には失ってしまってはいたけれど。それでもオレは行こう、と思っていたのだ。きっとそのときにはすでにサスケに対して気持ちが移っていたのかもしれない。
 オレの言葉に、そうなのか?、と驚いたように目を開いたサスケの表情に、場違いなほどの愛しさを感じてしまう。一度自覚してしまうと恋というものはなかなかやっかいなものだった。


「そうか……よかった……っ!」


 目を細めて笑ったサスケがこぼした言葉には喜びの色が隠せていなかった。綻んだ顔から安堵の表情が窺えて、オレもつられて頬が緩んでしまう。サスケを拒絶したかったのではない。悪い偶然が、重なってしまっただけ。このサスケの表情を見て、オレはサスケに連絡してよかったと心から思った。
 ああ、そうだ、とサスケは思いつくままに口を開いたようで、その続きを言おうか言うまいか悩むように瞳を揺らがせた。しばし言い淀んだあと再び口を開く。


「オレんちここから近いんだよ、つっても電車乗るんだけど。家、誰もいねえし、さ」


 来ねえ?、と小首を傾げられてしまっては、行かないわけにはいかなかった。惚れた欲目でそう見えているのかもしれなかったが十分に胸を打たれてしまう。ちょっと寒くなってきたし、と続けるサスケに目を細めた。オレはサスケに連れられるままにサスケの家へ向かった。
 サスケの家は、一人で住むには広すぎるが家族で住むには少し狭いくらいのマンションだった。そういえば前に兄と二人で暮らしているのだと聞いたような気がする。ということは、今日はその兄が帰って来ない、のだろうか。そう思うと二人きりのこの空間がやけに気恥ずかしく思えた。何飲む?、と声を掛けられてハッと我に返り、お前と同じやつで、と答えた。キッチンに入っていく姿を見届けたあと、リビングを見渡す。二人で生活しているはずなのにそこはあまり生活感を感じられなかった。部屋に行こうと後ろから聞こえた声に返事をして、サスケの後を追った。
 サスケの部屋は予想外に生活感あふれていた。朝脱いだままなのだろうジャージがベッドの上でシーツと同化していたし、教科書やらプリントやらが勉強机の上に出したままになっていた。


「……片付けとけばよかった」
「いや、気にしねーって」


 少し気落ちしたような声でサスケが言うものだから胸にじんわりと温かいものが広がる。会って改めて思う、オレはサスケが好きだ。
 座って、と促されてテーブルの近くに腰を下ろす。コト、と小さく音を立てて置かれたマグの中はどうやらコーヒーのようだった。サンキュ、と言ってから口をつけるとそれはブラックコーヒーだった。甘いものが苦手なのか、と思うと新しいサスケを知ることが出来た気がして笑みを浮かべてしまう。


「急に会えねえかって」


 どうかしたのか、とでもいうように視線をこちらに投げかけるサスケの瞳には少しの不安が混じっているように思えた。ただオレが会いたかったから、とは言えない。オレは少し考えたあと、口を開いた。


「……失恋してな」
「……そう、なのか」
「あ、いや別に引きずってねーから。分かってたことだからな、ずっと前から」
「どういう意味だ?」


 アスマの話を、他人にしたことはなかった。幼馴染にだって自分の口からは話したことはない。きっと、多分、あの二人はなんとなく気付いているのだろうけれど。自分の口から、アスマへの気持ちを打ち明けたのは、初めてのことだった。
幼いときから憧れていたこと。その相手が結婚してしまったこと。ついでにそれが出来ちゃった結婚だということも。でも、幸せになって欲しいと素直に思えた、ということ。
 話したら、泣いてしまうかもしれないと思っていた。それくらいに長い間恋心を持っていた相手だったのだ。でも、涙は一向に訪れはしなかった。


「んで、その相手ってのがよ、今までオレをパシリに使ってくれてたやつなんだ」


 サスケがきょとんとした表情でオレを見つめる。先ほどまでは話しているオレよりも辛そうな顔をしていたというのに。オレの言葉の意味を、おそらくまだ理解出来ていない。もっと分かりやすく言ってしまおうかと口を開きかけたところでサスケがぱちぱちとまばたきをして、恐る恐る思い当たることを口にした。


「それって……男、だよな?」
「そ、オトコ」


 だから、お前が男を好きになるやつだって構いやしねーんだよ、と笑う。自分がゲイであるとは思えなかったけれど、間違いなくオレが今まで二人好きになったやつは男なのだ。そこは変えられない事実だったし、もうすでに受け入れたことだった。
 すっかり眉をハの字に下げてしまったサスケは今にも泣きそうな顔をしていた。ここにきて今までにない表情を見ることが出来て非常に嬉しいのだが、こんな顔を自分がさせているのだと思うと自分が憎く思えた。しかし一体なぜサスケがこのような表情を見せているのか分からない。そんなサスケにかける言葉を探しているうちにサスケは膝を抱いて、額を膝頭に押し付けてしまった。


「……シカマルを困らせたくねえんだけど」


 くぐもった声で少し聞き取りづらかった。それでもきちんと聞き取って、言葉の続きを待つ。伏せられてしまった顔は表情を見ることが出来ず、不安な気持ちになる。ただなんとなく、泣いているように思えて仕方なかった。


「……シカマルが好きだ」


 聞こえてきた声はいわゆる涙声と言うやつで、ああやっぱりなという思いがする。どうして泣いてしまったかは分からないが勘は当たっていた。そしてサスケの言葉を反芻してみてから、呼吸が止まった。なんて都合のいい耳だ。まさかそんな言葉が、サスケの口から聞こえてくるはずもないというのに。


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