※水サス要素有





 夕焼けが目に痛くなるまで、水月が適当にバイクを走らせるままに、流れていく景色を見続けた。とくに目的地があるわけでもないから、これまた適当なところに水月はバイクを止めた。ヘルメットを外して辺りを見回せば、そこは随分と人気のないところだった。


「どう、新しいボクの愛車の乗り心地は」
「変わんねえ」


 オレの返事に、ええ!、と嘆く水月に笑いながら、バイクにまたがったまま伸びをした。背中だか首だかの骨がバキバキと音を鳴らす。学校を出てからどれくらい時間が経っただろうか。流れる景色の中でシカマルのことを考えることはなかったと言えば嘘になるけれど、一人でいるよりは随分と楽だったに違いない。ありがとな、と水月には聞こえないような小さな声で呟いた。
 ねえ、と水月が先ほどのトーンより低く、落ち着いた声音で呼びかけてくる。なんだ、と問い返せば少しの沈黙が生まれた。


「会わない間に、なにかあった?」


 まさか、男を好きになったよ、とは答えられなかった。けれど、オレの返した沈黙はおそらく肯定と解されてしまっただろう。水月の表情はこちらからは見えない。その顔からは、もしかしたらいつも浮かべられている笑顔が消えているのかもしれなかった。


「好きなやつでも、出来たかな」

 
 水月の言葉は、疑問ではなくほとんど断定に近い響きを持っていた。再びオレは沈黙を返す。これは紛れもない肯定だった。口にすることは出来やしなかったけれど。
 ふふ、と水月が笑う声が聞こえる。なかなかに意図の掴めないやつだ。水月が上体を捻ってこちらに向いた。やっと見ることが出来た顔からは表情を掴むことが出来なかった。ふっと細められる瞳に、オレはその意味を理解する。別に初めてのことでもない。今まで幾度となく交わしてきたことだ。シカマルに対する気持ちを抱く以前は、水月と曖昧な関係を保っていた。普通の友人のように振る舞いながらも、たまに、唇を重ねることがあったのだ。それは水月からしてみれば興味本位だったのかもしれない。それ以上の行為に発展したことは、今のところはなかった。ただ、唇を重ねる。押し付けるだけのこともあれば、眩暈がするような、完全に思考を奪われる濃厚な、中学生の頃のオレからすれば大人の、キスをすることもあった。
 でも、今は、以前と決定的に違うことがあるのだ。オレは、シカマルが好きだ。あわよくばシカマルとこのような行為をしたいと思っているのだ。それは、決して叶うことのない儚い望みではあるのだけれど。近づく距離に、呼吸が止まる。どうしよう、と悩んでしまうオレはやはりずるい人間だった。欲しいものが手に入らないから他のもので代用しようとしているのだ。
 だめだ、そう思ったときに携帯が後ろのポケットで振動を始めた。驚いて顔を反らしたオレに水月も同じように驚いたようだったけれど、窺うように視線を合わせれば肩をすくめる仕草を見せた。出たら、そう言われて携帯を開くとディスプレイに表示されている番号は心当たりのないものだった。いつもなら、知らない番号からの電話には出ない。けれど、この状況から逃れるために、オレは通話ボタンを押したのだった。


「もしもし」
『……サスケか?』


 電話を通して聞こえる声に、聞き覚えがあるようなないような、不思議な感覚に陥る。知っている声ではあると思うのだ。でも、誰だか分からない。誰、と考える間もなく口にしていたらしいオレは、電話越しの声が伝えた名前に目を見開いた。


『……シカマル、だ』


 心臓が、止まるかと、思った。
 きっとすごい表情をしていたのだろう、それを見ていた水月が怪訝な表情をしている。それも気にならないくらいオレの頭はパニックを起こしていた。どうしてオレの携帯番号を知っているのだろうか、とか、どうしてオレに電話してきてくれたのだろうか、とか。
 どうして電話してきてくれたのか分からなかったが、オレはそれがたまらなく嬉しかった。もしかしたら泣きそうな顔をしているかもしれない。電話の向こうに耳を澄まして、シカマルの言葉を待った。


『今から会えねーかな』
「今から?」
『お前の高校の近くの小さい公園あんだろ、そこにいるんだけどよ』


 思わず、唾を飲み込んだ。会いたい、と言っているのだ、シカマルは。別に他意はないだろうけれど、オレは高鳴る胸を抑える術を知らない。行く、と返した声は少し上擦ってしまった。


『待ってる』

 
 電話口から聞こえたその声が耳に残って離れない。しばらく携帯を手にしたまま動かないオレに痺れを切らしたのか水月がオレの額を軽く叩いた。水月の目はこちらを窺うように見ている。踏み込んでもいいものか、見極めているようにも見えた。


「オレの高校まで走ってくんねえか」


 オレの発言に驚いたような顔をして水月は首を傾げた。電話の向こうの声は聞こえていないにしても、オレの言葉は聞こえていたのだろうが、その言葉は予想外だったらしい。ううん、と唇を尖らせた水月は眉を寄せて少し嫌そうな顔をしていた。すっと近づいた距離にオレは一瞬ドキリとしたが、避けることはしなかった。鼻先がぶつかる距離で止まった水月は恨めしそうに目を細めたあと、悪戯っぽく笑った。


「キスもなしで?」
「……いっかい、だけなら」


 オレはかなり悩んでその言葉を口にした。今までに、水月にキスを求められて嫌だと思ったことはなかった。オレも以前はそれなりに楽しんでいたのだろう。だから、最後だという気持ちを込めて。そんなオレの気持ちを見透かしてか、あはは、と声を上げて水月は笑った。


「嘘だよ」


 そのまま前を向いてしまった水月に何と言葉をかけようか迷っていたところに、ヘルメット、と聞こえてきた。黙ったままヘルメットをつけると行くよ、と声がかけられ、バイクが走り出す。心なしかスピードが出ているように感じたのは、水月がオレの一刻も早く、という想いに気づいていたからかもしれなかった。



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101227

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