金曜日。普通なら、シカマルが訪れるはずの時間ではあった。しかし、今日その姿を見ることはなかった。店を締めながら、自然とこぼれていく溜息に苦笑する。鍵を締めて、そのまま帰ればいいのだけれど、脚が進むことはなかった。気落ちしてしまったのは事実であって、オレはその日、うっかり終電を逃してしまい、三駅分歩くことになってしまったのだった。



 それからしばらくして、木曜日。
 机に頭を伏せて目を閉じる。思っていた以上に、きつかった。先週現れることのなかったシカマルのことを考えるとじわじわと胸に黒いものが広がる。シカマルが店に来なかった理由は明らかだった。男が好きだ、と直接言ったわけではないけれど、あの言葉の裏を返せば同じことだ。気持ち悪い、と思われたのだろうか。訪れることがなかったのだからおそらくプラスの感情を抱いたということは、ない。それだけは分かる。せっかく仲良くなれたと思ったのに、その途端にこれでは、落ち込むのも仕方がない。シカマルとどうこうなりたいと思っていなかったと言えば完全なる嘘ではあるけれども、せめて友達として関係を続けることが出来たら、と思っていた。それも、もう無理なのだろうか。
 あれから気付いたことがある。よく考えてみれば、オレはシカマルの連絡先を知らなかった。もちろん調べてみれば、住所と電話番号くらいなら店に控えがあるから分かることではある。でも、それは少し違う気がした。シカマルから直接聞かなければ、意味がない。そして同じようにシカマルもオレの連絡先なんて知らないのだ。もし、向こうから連絡を取ろうと思っていたとしても。まあ、その可能性は限りなくゼロに近いのだけれど。

 サスケ、と名前を呼ばれて伏せていた頭をのろのろと上げた。視界に飛び込んできた明るい金髪が、今のオレには眩しく思えた。前の席に後ろを向いた状態で座ったナルトは、難しそうな顔をして首をかしげていた。


「なんかあったのかよ? ここんとこサスケ、変だってばよ」
「……あったはあった……いや、気にすんな」


 心配してくれているのが、表情から容易に見てとれる。ストレートな感情表現が出来るこの幼馴染の性格を、今まで幾度となく羨ましいと思ってきた。快活で馬鹿ではあるけれど、どこか憎めない笑顔のこの男は、どんな人間に対しても同じ態度で、どんな人間でもその懐に入ってしまうことの出来る男だった。でも、たとえ今オレを悩ませていることをナルトに話したところで、おそらくナルトに出来ることはない。それに、もしかしたらナルトはシカマルのことを知っているかもしれないのだ。あの店でアダルトビデオを借りていく以上、返す必要があるわけで、オレのバイトの日には一度もその姿を見たことがないということは別の曜日に来ているというわけで。あの店のバイトは三人、うち一人が女だから、男の心理的に男の店員の日に返しに来たいはずだ。そしてオレ以外の男の店員はこのナルトなのだ。親しいか否かは別としても、顔見知りである可能性は高い。オレが男を好きになってしまうことは知っているにしても、シカマルのことを話すことは出来なかった。
 口を閉ざしたままのオレに唸ったナルトは唇を尖らせた。


「無理に聞いたりしねーけど。サクラちゃんも心配してる。どうしようもなくなったら話せよな! じゃオレ部活行くってばよ」


 立ち上がってスポーツバッグを重そうに肩にかけたナルトはそのまま歩いていき、後ろ手に手を振った。その背中に小さくありがとな、と呟くと、べっつに!、と返ってきた。いてくれるだけで心強い存在ではあると思う。色々吹っ切れたら、二人には謝罪と感謝を述べなくてはならない。なんて、今のままでは到底吹っ切れそうにはなかったけれど。

 ブルブルとポケットが振動する。振動の原因となっている携帯を取り出して開くと、ディスプレイに表示されていた名前は久しく見ていないものだった。たしか、シカマルと話すようになってから会った覚えがないから、相当久々の相手である。ポチ、と通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てた。


『もしもし、サスケ? 久しぶり!』
「ああ……久しぶりだな、水月」


 水月とは、高校に入ってから知り合った。シカマルと同じように、あのレンタルビデオ店で、だ。こっちとはもう一年以上の付き合いになるというのに、シカマルとはかなり初期の段階で失敗してしまった。もう会うことも出来ないのだろうか、なんてまた暗い方向へ思考が向かううちに、久々の水月の声に耳を傾けるのが疎かになってしまっていた。


『聞いてるの? さっきから気のない返事ばっか』
「……悪いな、色々あんだよオレにも」
『……まあいいけどね。もう授業終わってるよね? 今から行ってもいい?』
「あ? ああ……いいけど」
『じゃ降りてきて。今校門とこにいるから』


 は、と耳を疑って立ち上がる。ガタンと大きな音を立ててしまったからか半分くらい残っていた他のクラスメイトの視線を集めることになり若干うろたえはしたが、それを振り切って窓の外、校門を睨みつけた。見える場所にそれらしき姿はなかった。それにしてもどうしてこう突拍子もないのだろうかと頭を抱えたくなる。気付けば切れていた通話にもやもやとして気持ちになりつつ、鞄を掴んで教室を飛び出した。
 急ぎ足で校門まで向かい、そこから出れば目的の人物は簡単に見つかった。そもそも一応は進学校の部類に入る高校にバイクでつける奴なんてそう多くはない。以前見たときとは少し形の違う普通二輪にまたがった水月がやあ、なんて軽い挨拶をしてくるものだからつい頭に鞄を叩きつけてしまった。


「痛いな!」
「るっせえ考えなしが。今日バイトだったらお前待ちぼうけじゃねえか馬鹿か」
「いいのそれはそれで、ねえ見てこれ! 新しいのー!」


 自慢げに自らの愛車を自慢する水月に若干の疲労感を覚える。バイクには詳しくないから水月が語る内容はほとんど頭に入ってこない。どうでもいいな、と思っているところにヘルメットが投げられた。それをかろうじて受け取ると、水月が親指で自分の後ろを示した。


「まあ乗ってよ。ちょっと走りたいんだよね」
「……てめえ前に二人乗りで止められてなかったか」
「大丈夫交番前は避ける迂回ルートにするから」


 そういう問題じゃねえよ、と思いつつそれ以上は何も言わずに水月の後ろにまたがる。どうせ一人でいたところで考えることはシカマルのことばかりで、そしてそれがいい方向へ向かうことなどないのは分かり切っている。オレはずるい人間だ。オレは水月を利用しようとしている。きっと水月はそれを知ったとしても、オレを責める言葉など言ったりしないと分かっているからこそ、良心が痛むのだった。



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101221


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