※冒頭部分ちょっとアレ









 自分が、他人と何か違うのだということに気付いたのは、中学に入学してからだった。妙に色気づいた周りでは、女がどうのという話がよく交わされていた。その話の輪の中にはいたが、オレは一度も発言したことがなかった。上に男兄弟がいるやつが、放課後、自慢気に持ち出した雑誌に、周りは色めき立ったものだった。それはいわゆるエロ本というやつだったが、オレはそれになんの興味も持てなかった。すべて理解した今から考えれば、そういう行為に興味がなかったのではなく、女のイヤラシイ姿に、興味がなかったのだ。そしてその違いがなんなのか、はっきりと理解出来たのは、中二の秋頃だった。
 教育実習でやってきた教育実習生(男)に、空き教室に連れ込まれ、オレは色々といたずらされてしまった。当時のオレは、それがどういう行為なのか、周りのこともあって多少の知識がついてきた頃で、それでも男と女のそれに全く興味がなくて、ほんの気まぐれに自分で慰める程度だった。頭の足りないオレはキモチイイことに流されて、最初の方こそ抵抗したものの、実習生の手に導かれるままに身体をゆだねてしまったのだった。実習生の方の良心か、最後まで致すことはなかったけれど、今考えてみればぞっとする話だ。そして、実習最後の日に、再び連れ込まれた空き教室で、はじめてキスをされた。実習中、幾度か性的ないたずらをされてはいたけれど、唇に触れられたのははじめてだった。オレは残念ながらファーストキスは幼馴染の黄色頭(男)と不慮の事故で済ませていた。しかし、その実習生がしたのは触れるだけのそれではなく、頭まで蕩けてしまうようなそれだった。中学生からしてみれば、大学生は大人に見えたのだろう、オレはそのキスを大人のキスだと思ったものだ。今にしてみれば、その行為なら今のオレにだって出来る。要は慣れなのだろうけれど、あのときのオレはそのキスに衝撃を受けたのだった。

 金曜男――もとい、シカマルが、金曜日にオレのバイトが終わるまで待つようになってからは、帰り道の少ない間ではあるが、以前よりも多く話すようになった。最初に話しかけてから店でぽつぽつと話すのと比べると大きな進歩だ。オレはあまり、交友関係を広げるということが得意ではないので、これはなかなかいい傾向だった。それに、とシカマルの横顔を盗み見て、やはり好みだ、と思う。店で不機嫌そうにしていたのは、その状況を作った元凶に対しての不満とその行為に対しての気恥ずかしさからだったのだろう、普段のシカマルは実にいい男だ。もちろん、そういう意味で、だ。シカマルの話に耳を傾けながら、好きだ、と心の中で言葉を並べる。そうやって形作った想いはしっくりと胸に落ち、あっという間に恋に落ちてしまったことを思い知る。

 十一時を過ぎた夜道は、電灯のおかげで不自由のない程度に明るい。それでもやはり暗いけれど、これくらいが丁度いいとも思う。元々明るすぎる陽の下を歩くのは、好きではないし。それに、電灯の真下に来たときの、明かりに照らされたシカマルの表情が、なんとなく色気を孕んでいるように見えてしまうのだ。それは紛れもなく下心なのだけれど。
 ぼんやりと明かりに照らされたその横顔を見つめ、考える。オレが、女を好きになれない人間だと知ったら、シカマルはどうするのだろうか。別に、好きだと告げるわけではないのだから、と思う。しかし、オレの気持ちがシカマルに向かっているのは紛れもない事実であって、もし、その性的趣向を否定されたとしたら、たとえ話にしても気分のよいものではない。第一、幼馴染へのカミングアウトにどれだけの勇気を要したかを考慮すれば、言えるはずもなかった。でも、と悩みの種は尽きない。いつかバレてしまったときのことを考えれば自分から打ち明けておく方がいいのではないかとも思うのだった。


「って、聞いてんのかサスケ」


 ふっとシカマルの声で我に返る。物思いに耽るあまり完全に周りからの刺激をシャットアウトしてしまっていたようだった。悪い、と小さく笑いながら謝って、なんだったっけ、と続ける。一体なんの話をしていたのやらまったく分からない。思い悩むのはいいけれど、せめて一人でいるときにするべきだと苦笑した。


「だからよ、オレには二人幼馴染がいてな、男女一人ずつで、そいつらが付き合ってんの。帰りの方向一緒だから三人で帰るけどよ…さすがに気ィ使うだろ?」
「あーそれはな。オレにも幼馴染いるけどな。同じく男と女一人ずつで、男の方が女の方に片想いしてる」
「青春だな」
「だろ? で、その女の方はオレが初恋の人なんだと」
「おーありがちな三角関係だな!」


 残念ながら彼女には初恋の男がゲイだった、という厳しすぎる現実を味わわせてしまうこととなったのだけれど、それでも彼女は笑って受け入れてくれた。彼女の笑顔に救われたのは事実だった。それよりもあの黄色頭がいつまでもうだうだ悩んでいるから二人の関係が進展しないのだ。頭が悪いくせに無理して考えるからややこしくなってしまっていることにきっと奴は気付いていない。
 それでお前はその幼馴染とはどうなんだ、というシカマルの問いについ押し黙ってしまった。一体どう答えたものか、悩みつつも口を開いたところでシカマルは返事がないことをそれほど気にしないような風に口を開いた。


「まあサスケだったらよりどりみどりって感じだろーけどよ。彼女が二、三人と言わずいそうだしな」


 シカマルの言葉に、それは色々とまずいだろうとか、言いたいとこはあったけれど、苦笑するにとどめた。普通に女を好きになれるとしたら、今頃適当に彼女をつくっていたかもしれないし、もしかしたら幼馴染の彼女と、そういう関係になっていたかもしれない。もちろんありはしないたとえ話だった。


「それが、いねえんだな、一人も」
「へえ、以外だな。オレが女なら放っとかねー。あれか、女に興味ねーのか」


 苦笑しつつ、おどけた風に答えれば、同じような風にシカマルがそれに返してきた。そのシカマルの言葉に、一瞬反応することが出来なかった。きっと、そのような意味でいったのではないのだろうけれど、ここで下手な動揺をするわけにもいかない。でも、わざわざ嘘をつく必要性も感じなかった。


「そ、女にキョーミねえの」


 まさかシカマルも、本当にオレが女に興味がないとは思いはしなかっただろう。そっか、と笑ったシカマルはオレの言葉を気にしている様子はなかった。もう、別れ道に差し掛かってしまう。シカマルはここからしばらく歩いたところのマンションに、届けものをしなければならないのだ。オレは、そこから脇道に逸れて駅に向かう。ふと、その届けものをされる見たこともない男相手に対して、羨ましいと感じてしまった。シカマルにも、その男にも、そんな気がないとは知っていても、そしてオレがこんな気持ちになる権利などないと頭では分かっていても。だから、魔が差してしまったのだ、と思う。


「女を、好きになれねえんだ」


 だからきっと、こんなとんでもないセリフを吐いてしまったのだ。



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