※アス←シカ要素有






 すたすたと夜道を歩いて、少し古いマンションの中へ足を止めることなく入っていく。今日こそは、ちゃんと言ってやろうと思っているのだ。あんたのせいだ、と言わなければ腹の虫が治まらない。たしかにあの店なら知り合いに会うことはない。しかし、昔なじみの店だとか言っていたが、いつだってそのカウンターにいるのはやたらと目をひくイケメンなのだ。絶対昔なじみじゃねーだろ。どうしてオレが、あんなイケメンを前にこんな醜態をさらさなければならないのか、とその原因となった人物の部屋の扉を思い切り開けた。金曜日はオレがやってくるからわざわざ鍵を締めずにいる、そんなところも今は苛立ちの材料にしかならない。
 短い廊下を抜けて、リビングのドアを力任せに開ければ、その音に少なからず驚いたのかこちらを振り向いて目を丸くしている熊のような大男がソファーでだらしなく、実にだらしなく、だらけていた。毎週思うがこの部屋はもう、なんつーか見るに堪えない。一人暮らしの男の部屋ということを考慮しても、あまりに汚かった。


「あんたのせいだからな!」
「いきなりなんなんだよ! ドアは静かに開けねえか!」


 そのアホ面に大声で怒鳴れば、同じように怒鳴り返してくるアスマに余計腹が立って持っていたビデオを投げつけた。真っすぐ顔に向かっていき、よしぶつかれ!、と思ったがそれは簡単に受け止められてしまった。


「危ねえな! っと、おーこれか。懐かしいもんだ」
「…あんたのせいで店員に変なやつだと思われちまったじゃねーか」
「ああ? カカシだろ? 銀髪の。こればっか借りりゃあいつならオレだって気付くと思ったんだが」
「銀髪? …オレが会うのは若いイケメンだ。はんぱねーぞあれ」


 しかもいい声なんだ、とおそらくどうでもいいであろう情報を付け加える。うちはサスケ、と言ったあの男は、それはもうイケメンだった。学校じゃさぞモテていらっしゃるんだろう。話してみれば、思っていたよりも気さくな男で、これは中身までイケメンということだった。あの男から、オレは一体どういう風に見えていたことだろうか。毎週同じアダルトビデオを借りて行く、……不審人物、に違いない。なんかもう死にたい。それもこれもすべてこの熊のせいだ。


「いい加減戻れよ! 妊娠中の奥さんほったらかして何やってんだ!」
「出て行けって言われたんだから仕方ねえだろうが! オレだって戻れるもんなら戻りてえっての」
「ありえねー…話合えよ馬鹿じゃねーの…」

 
 妊娠中の色々大変な時期に奥さん一人にするとか普通考えられない。奥さんの部屋に転がり込んで同棲生活をしているうちに、結婚前に妊娠が分かったとか言って結婚した挙句(いわゆる出来ちゃった結婚というやつだ、もうだめだこいつ)、喧嘩したとかなんとか言って家を追い出されてしまったこのアホ(この際年上がどうのとかは関係ない)は、放置していた自分のマンションに戻ってきていたのだった。そして奥さんに会えない寂しさを紛らわすべく奥さんに少し似ているらしい女優の出演しているアダルトビデオを借りるよう、あろうことかこのオレに頼みこんできたのだった。どうしてオレがそれを承諾してしまったのか、その答えは実に単純明快だった。
 悪いな、そう言ってアスマの手がこちらに伸びる。ついでというようにありがとな、と付け加えられ、その直後に頭にぽん、と軽い衝撃を受ける。大きな手のひらが頭を撫でていった。オレは、この大きな手のひらが優しく頭を撫でていくのがたまらなく好きだ。父親の知り合いということで幼い頃からよく面倒を見てもらっていたこともあって、ずっと憧れてきた。その憧れが、少しおかしな方向に向きつつあるのは、自分でも理解していることだった。オレは多分、きっと、アスマのことが好きなのだ。そうでなければ、こんなダメな大人、そうそう見切りをつけているに決まっている。
 やっぱり、腹が立つ。人をおかしな道に引きずり込んでおいて(アスマにそんなつもりがないことは重々承知している)、こんなことさせやがって。下手したらオレの人間性が疑われるじゃねーか。と、毎回、思っているのだ。それでも、毎週レンタルビデオ店に足を運んでしまうのは、あの手のひらに撫でられる感触を、あと一回、そんな風に求めてしまうから。どうこうなりたいとは思わない。奥さんと幸せになってほしいとも思う。だから、早く奥さんのところに戻れ、と口では言うものの。実際これは顔を見るたびに言っていることではあるけれど。本当にアスマが戻ってしまえば、オレはひどく落胆するのだろう。その程度には、想っている。言葉にするつもりはないけれど。


「……帰る」
「なんだ? 遅いし泊まっていけって」
「帰る」


 一人悶々と考えるうちに陰鬱な気分になってしまい、呆けたような顔をしたアスマを置いて部屋を出た。いつもなら、明日は休みだし、泊まっていくが、今日はそんな気分にはならなかった。後ろを振り向くことなく、早く奥さんとこ帰れよ!、と怒鳴った。後ろの方で何か叫んでいるような声が聞こえたが、聞かなかったことにした。エレベーターのボタンを押して、すぐ開いたドアに少し気分がよくなる。外に出て、よく考えてみれば、家に帰ろうにもここから駅に急いだとしても終電に間に合わない。自転車は使わないから家にあるし、原付の免許は持っていない。タクシーを拾うほどの経済的余裕はない。はあ、溜息をついて長い距離を、時間をかけて帰ることにした。

 それにしても、と今日のことを思い出す。前々からたしかにイケメンだと思っては、いた。あんな寂れた店にはもったいないくらいだ、とも。日曜日(俺は金曜に借りて日曜に返すことにしている)にカウンターにいる派手な金髪の男も別の意味であの店には似つかわしくないとは思うけれど。金髪男のことはともかくとして。あれだけいい男だったら彼女の一人や二人いそうだった。学校はたしか共学だったはずだから、毎日大変なんじゃなかろうか。次に会うことがあったら、聞いてみたいと思う。と、そこで来週も来るのか、という言葉を思い出した。あの男からしてみれば、何の気なしに言った言葉かもしれない。ただ、あの黒の瞳が真っすぐこちらを見据え、窺うような動きを見せたからだろうか。会いたい、と言われている気がした。
 こんなことを考えてしまうあたりそろそろ末期かもしれない。アスマのせいで色々精神面に異常をきたしている気がする。来週も来るのか、って、他意なんかあるはずもない。いや、たしかにオレはまた来週会えたら嬉しいとは思う。もちろんオレにも他意はない。しかし、まあ、来週行ったときは、オレから話しかけてみよう、なんて考えてしまう程度には、あの少ない会話で好印象を持ったのだった。
 それにしても、アダルトビデオを借りるために行かなくてはならないのがたまらなく嫌ではあるが、それもまだしばらくは続いてしまうのだろう。アスマから折れない限り、絶対に奥さんの方に動きがあるとは思えないのだ。あの奥さんは、本当に気が強い。完全に尻に敷かれているアスマを思いつつ、そんなおっさんにいいように扱われている自分に切なくなった。
 でも、あの店に行くのが少し楽しみになった気がした。それはきっと、あの男が原因なわけで、複雑な心持にはなりはした、けれど、不思議と嫌な気分にならなかったことを考えれば、すでにこのときオレは傾き始めていたのかもしれなかった。



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101212







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