※現パロ




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 うちのレンタルビデオ店は、狭く小さく客足も少ない。だから、どうしても数少ない客の顔は覚えてしまう。オレの勤務日は火水金となっているが、そのうちに店に来る客はすべて顔なじみと言って差し支えないほどだ。中にはそれがきっかけで店以外でも会うようになった奴がいるくらいだった。
 それはともかくとして、その数少ない客のうちで、毎週金曜日の閉店間際、午後十一時前にやってくる一人の客が、オレの興味を引いてやまない。そいつの名前は奈良シカマルという、らしい。会員カード(店の規模からして別になくてもいいと思う)から分かるのはそれだけだったけれど、登録の際の書類をちょっとばかり拝見したところによると、オレと同じ年の十七歳、進学校として有名な名門校に通う男子高生ということが分かった。
 その金曜男の何が気になるって、見た目がどうとかではなく(多分整っている方で、もしかしたら結構モテるのかもしれないけれど、いかんせんやつはいつも不機嫌そうにしているのだ、いや、まあ好みではあるけれど)、毎週同じ時間に、十八歳未満はご遠慮ください、なアダルトビデオをレンタルしていくのだ。このDVDだかブルーレイだかのご時世にビデオ、そのうえアダルト…。しかも毎回レンタルしていくのは同じ女優が出演しているものだ、好きなのだろうか。明らかに18歳未満のくせに(だって制服姿なのだ)堂々とレンタルしていくから言葉もない。いや、別に他人の性的趣向に口を出したいわけではないし出せる立場ではないが、これが気にならないわけがない。


「なあ、カカシ」
「店長だって。お客さんに聞かれたらどうするの。で、なに?」
「聞かれて困るような客こねえだろ。AVの貸出とか、オレ相当適当なんだけど」
「知ってるよ。だからサスケのシフトの日そういう人多いでしょ、若い子とかさ。年齢分かってても貸すから」
「…あー、だから多いのか。この店のニーズがそれだけなのかと思ってた」


 カカシは眠たげにあくびをして煙草をくわえた。十八歳未満へのアダルトビデオの貸し出しを黙認とは大人としていかがなものだろうか、とも思うが実際に貸し出しているのは自分であって。それに、常に官能小説を手にしている姿はもはや見慣れたもので、溜息すら出てこない。店の奥に住んでいるのか、他に家があるのか、どちらにしろカカシに生活力があるようには思えず、だらけきったその横顔に不安を覚えるが、案外女のヒモとか、そういう生活も似合っているように思える。とりあえずこの男が真面目に働くことなどないんだろうな、と思う。それでいいのか、と思いつつ、カウンターに置いてあったビデオを差し出した。


「これ、に、出てる女優。誰」
「え、なに? 興味あるの? 借りる?」
「話聞けよ! 誰なんだって!」


 思わずビデオでカカシの頭をひっぱたく。痛い…と呟いてはいるが、まったく痛そうな顔はしていない。ほんとうさんくせえな!、と思い苛立ちまぎれにビデオをカカシの顔に押し付けてやると、それは簡単に奪われてしまった。


「あーこの人ね、オレらが高校生くらいに人気があったAV女優だよ。けっこう古いけど…これ好きなやつが知り合いにいてねえ。でも今見てもやっぱいいねー黒のウェーブかかったロングヘアーにグラマラスボディ!」
「…へえ」
「興味薄ッ! お前から聞いたんでしょーよ。この人がなに?」
「毎週この人が出てるのを借りてくやつがいるんだよ。若いのに」
「好みに口出ししないの」
「…そうだけど」


 そう言ってから、返却されたビデオを棚に戻すために立ち上がった。ゆらゆらとカカシのくわえた煙草から煙が立ち上る。煙草の匂いに、そういえば金曜男からも煙草の匂いがしていたな、と思いだす。けれどそれは自分が吸っていてつくほどの強い匂いではなかったから、おそらく身近な人間がかなりの愛煙家で、その移り香なのだろう。それにたしかピアスもしていた。進学校なのに、注意されたりしないのだろうか。注意を気にするような男には見えないけれど。すべてを戻し終わり(と言っても3本だけ、これでも多い方だ)、適当にビデオに手を伸ばした。これは、記憶がたしかなら、2週間前に金曜男が借りていったやつだ。内容はどうでもいいのでそのまま棚に戻す。相変わらずやることのないバイトだった。




「サスケ」


 名前を呼ばれて、カウンターに戻る。珍しくちゃんとした服を着たカカシがいた。いつの間にか着替えていたのか、こうして見ると、男前、なのだ。この男のきちんとした姿なんて、違和感だらけに違いないと思っていたのに、やけに決まっているのが腹立たしい。


「オレちょっと仕事出てくるから、任せるよ。終わったら鍵しめて帰ってくれていいから」
「……仕事……?」
「塾の講師。頼まれちゃって先週からね。まあオレもこの店だけじゃ食ってけないし」
「ちゃんと働けんのかよ」
「あのね、オレはこれでも高校大学と名門でてんの。ほら、よくくる学生いるでしょ、黒髪縛った子がさ。彼、オレの後輩よ?」
「…見えねえ」
「彼が?」
「あんたが」
「失礼な。ま、いいけど。じゃ、よろしくね」


 軽く手を振ったカカシは振り返ることもなく店を出て行った。知らなかった。カカシがかしこいなんて見た目からじゃ全然分からない。むしろ日頃のだらけっぷりからして高校を出ているかも怪しいと思っていたというのに。能ある鷹は爪を隠す、という言葉が頭を過ぎって、カカシのくせに、とつい文句が口からこぼれていった。



 ちらりと見たカレンダーで、今日の日付を確認する。今日は、その金曜日なのだ。いつも通りなら、金曜男はアダルトビデオをレンタルしにやってくるはずだ。暇な店番は毎回同じように携帯をいじったり学校の課題をしたりしているうちに終わってしまう。金曜日は比較的客足の多い曜日ではあるが、それでもたかが知れている。
人の足音でふっと顔を上げる。もしかしたら少し居眠りをしていたかもしれない。もちろんそれを咎める店長も客もいないわけだけれど。上げた視線の先の時計は十一時近くを指していた。足音のした方を見れば、やはり今週の金曜日にも、例の男はやってきたのだった。
 金曜男は迷う様子を見せず、ビデオを手に取った。その様子をじっと見つめていると、金曜男がこちらへ身体を向けたので思わずレジへ視線を落とした。あんまり見ていては不審に思われるのだろうけれど、気になるものは気になる。今日こそ、声をかけてみてもいいだろうか。いいか、もう興味が何よりも勝ってしまっていた。
 カウンターに置かれたビデオを手に取って、何も考えずに手を動かす。決まり切ったマニュアルに書いてあるような(この店にはないけれど)言葉を並べて、料金を告げる。金曜男はやはり不機嫌そうな顔をしながら料金ぴったりの額を差し出した。


「奈良シカマル」


 ちょうどお預かりします、と言ってレジに小銭を入れたあとに、金曜男の名前を口に出した。そうして、レジに落とされていた視線を上に持っていき、金曜男の顔を見据えた。怪訝そうな表情が目に入り、それもそうか、と思う。役目を果たしたカードを差し出して、名前はここから、と付けくわえた。ああ、と納得した金曜男はそれでどうした、とでもいうようにこちらに視線を投げかける。


「いつも金曜に来て、こういうの借りてくから、ちょっと気になった」
「……!」


 驚いたのか、はたまた別の感情か、それはよく分からなかったけれど、金曜男は目を見開いてしまった。オレの言葉に、声も出なかったらしい。居心地悪そうに頬を掻いたあと、金曜男は大きな溜息をついた。


「や…オレが見てんじゃねーんだけど…まあ、パシリ、みたいな…」
「はあ…そうなのか。大変だな」
「別にそうでもねーよ。…でもちょっと客観的にどう見えてるかは考えたくねーな…」


 だろうな、と返して、ビデオを差し出す。進学校内でもパシリとかあるんだろうか、それとも兄やら兄貴分やらにいいように使われてしまっているのだろうか。どちらにしろ人のいいやつだと思った。差し出されたビデオを受け取った金曜男はすぐに立ち去らず、オレの方を見て少し逡巡したあと口を開いた。


「あんた、名前は」
「うちはサスケ、同じ歳な」
「ああ、そうなのか…学校は…その制服、違うな」
「おまえのとこ行くほど勉強好きじゃねえんだ」
「オレも好きではねーよ」


 初めて交わす会話はどこかたどたどしいものだったけれど、金曜男の不機嫌そうな顔は、ただ単にここまでレンタルに来ることが面倒なのと、そのレンタルを強要する男に対する不満が表れているのだということが分かったり、思っていたより普通のやつだということが分かったりして実に有意義なものだった。ひどく興味が惹かれた男だったけれど、何か特別面白い理由があったわけではなかった。それでも胸に広がった満足感に、オレはそのときなんの疑問も抱かなかった。


「じゃそろそろ行くわ」
「ああ、引きとめて悪かったな。……来週も来るのか?」


 店を去ろうとする金曜男に対して、オレは思ってもみないことを口にしてしまった。別に友達でもなければ、来る義務もないのだ。来なかったとしても、ああ今週は来ないのか、とその程度ですむはずだというのに。少し驚いたような顔をした金曜男は、ふっと目を細めて、来る、と言って口端を上げた。知らないうちにその返答に安堵したオレは、そうか、と返す。くるりと背中を向けた金曜男は、そのまま店を出て行った。
 金曜の、楽しみが出来てしまった。多分、このときにはすでに金曜男――シカマルに対して、純粋な興味以外の感情が芽生えていたのだと思う。




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101208


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