※死ネタ





「毎年梅雨に入る前に、母さんは庭にひまわりの種を植えてた。夏になると、小さなヒマワリが庭にいくつも咲いてたんだ。毎年、オレの物心ついてから、あの日まで」

 サスケの口から昔の話―――家族の話が出たのは、その時が初めてだったように思う。それはまだ梅雨の明け切らない六月の終わりのことだった。
 庭先を見つめて穏やかな表情を浮かべたサスケは何も言わずその言葉に耳を傾けていたシカマルの方に顔を向けてふっと微笑んだ。先ほどまでサスケが見つめていた場所には小さな芽が出ていた。一ヶ月と少し前、シカマルとサスケの二人で植えたミニヒマワリの種は無事に芽吹いて、すくすくと成長していた。

「そのヒマワリは小さいのにやけに堂々と咲いてるみたいで、毎回オレは水やりをするって張り切ってた。時々忘れて怒られたっけ」
「今の季節は雨が多いからそんなに気にする必要も無さそうだけどな」
「これから暑くなってくると大変なんだよ」

 もう一度庭先に視線を向けたサスケは、雨粒を弾いている葉を愛おしげに見つめたあと目を伏せた。何かをするわけでもなく、ただ庭先のヒマワリを見つめているうちに、雨は次第に弱まって気付けば雲の切れ間から明るい陽が差してきた。とん、と肩に何かがぶつかってきて、間もなくそれがサスケの頭だと気付いてそっとその柔らかな髪に指を通した。髪の間はしっとりとした熱を持っていて、その温もりにシカマルは溜息をもらした。

「水やり、忘れねーようにな」
「交替でやるんだよ、馬鹿」
「オレもか」
「当たり前だろ」

 驚いたように言葉を口にすると、笑い交じりに返事がきた。頭を撫でていた手を取られて、自然に指が絡められた。雨で冷えた空気に晒された指は少し冷たくなっていたけれど、触れ合った指先からじんわりと温もりが生まれるような錯覚を起こした。
 サスケの家族の話。小さい頃の話。これからもっと聞くことができるだろうか。思い出話として、穏やかな心境で当時のことを思い返すことができるようになったのは、随分は進歩のことのように思えた。





「庭で咲いたヒマワリを見て、父さんは何も言わなかった。一度だって何の感想も無かった」

 庭先でしっかりとその花を咲かせたヒマワリを見て、サスケはぽつりとこぼした。
庭の一角に植えたヒマワリは芽吹いたすべてが小さな花をつけて、庭に明るさを提供していた。夏に相応しく、日差しが厳しくなり始めた7月の半ばのことだった。

「でも、父さんは口下手なだけで、きっとそのヒマワリを綺麗だと思ってたと思うし、多分母さんには何も言わずとも伝わってたんだろうな」

 サスケは庭先へ歩いて行き、花をつけたヒマワリに手を伸ばした。つん、と触れるとヒマワリは頭を揺らして、しばらくして動きを止めた。
 晴れ渡った空を眩しそうに見上げたサスケは、縁側からその様子を見ていたシカマルに視線をやって、そっと手招きをした。夏の日差しの下に晒された白すぎる肌の上にしっとりと汗が浮き始めていた。
 シカマルは重たい腰を上げて、影から日差しの下へ足を伸ばした。日光を遮るものは何もなく、直接日差しに肌を焼かれる心地がした。

「どうだ?」
「言わなくても分かるだろ? サスケとオレで育てたんだ、綺麗に決まってる」
「そうだな」

 笑みをこぼして、サスケは満足気に頷いた。
 つう、とサスケの頬を汗が伝った。日差しは強い。サスケの腕を取って陰へ戻った。縁側に腰掛けて、サスケは深く息をついた。汗で濡れたサスケの頬に触れた。肌の表面は冷えているけれど、皮膚を隔てたその下は熱を持っていた。そのまま顔を引き寄せて、そっと唇を重ねた。汗の匂いが鼻孔を満たしていった。
 重ねるだけの口づけを終えて、サスケの顔を覗き込んだ。暗い影を落としていた瞳は、もうそこにはなかった。穏やかに未来を見つめる瞳に複雑な表情を浮かべた自分を見つけて、シカマルは苦笑した。
 サスケが父親の話を口にしたのはこれが初めてのことだった。サスケにとってきっと父親は大きい存在だったに違いない。サスケが父親と過ごした時間は少なかったけれど、その短い時間の中であっただろう様々な出来事を知りたいと思った。





「初めて兄さんと二人で夏祭りに行った時、手ェ繋いでたのに人混みでその手が離れて迷子になったことがあったな。一人で泣いてたら、兄さんが珍しく血相変えてオレを迎えにきてくれて」

 祭りなんて何年ぶりだろう、そんなことを呟いたサスケの手を引いて祭りに赴いて、サスケが疲れ切らないうちに夜店で焼きそばとイカ焼きを買って、家まで戻ってきた時、繋いだ手を見てサスケが懐かしそうに目を細めた。夏の最後のイベントとして木の葉で一番の祭りが開催された8月の終わりのことだった。
 そのまま歩いて、縁側に向かった。部屋の明かりをつけて、縁側に腰掛けると見頃を過ぎてしおれた花弁をつけたヒマワリがほんのりと照らされていた。遠くの方ではお囃子の音が聞こえてきた。

「あの時、……いや、それよりも前から、最後まで。兄さんはいつだってオレのことを考えてくれてたんだよな」

 サスケがしみじみと口にした言葉は、聞こえよりも遥かに重いものだった。その言葉の意味が分からないほど、サスケのことを知らないわけではない。むしろ、誰よりも深く知っていたいとすら、思った。それが叶っているのかそうでないのか、それはシカマルとサスケが別々の人間である限り分からないことだった。
 サスケの口から兄の話を聞くのはこれが初めてだった。もしかすると、一生口にしないのではないかと思っていたくらいだった。それだけデリケートな部分だった。
 それすら、懐かしい思い出として語れるくらいには、落ち着いたのかもしれない。イタチの死から今まで、それが風化した記憶になるほどには長い時間は経ってはいなかったけれど、大切な思い出として向き合うには十分な時間が経っていた。

「何よりサスケが一番だったんだろうな」
「ああ」
「オレもサスケが一番だぜ」
「は、嘘つくなよ」

 笑って、サスケはイカ焼きに口をつけた。
 一番だと思いたかった。しかしきっと、シカマルが何かとサスケを天秤にかけた時、もしその何かが里や、世界だった時。シカマルはサスケを抱き締めて、愛の言葉を囁きながらその手を離すのだろうと思った。
 先ほどまでサスケの手首を掴んでいた手をじっと見つめた。細い手首はシカマルの手で簡単に掴めてしまった。薄暗い照明のせいだけではない、色の悪い白い肌が風になびいた髪の隙間から覗いた。

「ン、半分やるから焼きそば寄越せよ」
「おう……おい半分以上食ってんじゃねーか」

 四分の三ほどサスケの腹におさまってしまったイカ焼きを受け取って、焼きそばを渡した。まだシカマルが手をつけていないというのに、サスケは次々にそれを口に運んだ。
 夏だというのに、サスケの食欲は減退していない。珍しいことだった。この季節は毎回食が細くなって、色々と周りから食べるように言われてそれを鬱陶しがるサスケが見ることができていた。今は、それがまるで嘘だったようにサスケは色んなものを食べたがった。嫌いだと言っていた納豆も先日口にしていた。やはり口に合わなかったようで顔を歪めていたのが強く印象に残っていた。昨日は三食団子を食べていた。甘いものは苦手だと言っていたサスケだったけれど、存外気に入ったのかまた食べたいと言われて驚いた。歳月は味覚も変えるものかと実感したものだった。





 そして、二人で植えたヒマワリがすっかり枯れてしまった頃、サスケは忍者をやめた。






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