忍者を引退したサスケは自宅でのんびりと過ごすことが多かった。シカマルが任務で帰らない日はナルトやサクラといった同期の面々が時折家を訪れ、共に過ごした。ある時には我愛羅がサスケの元を何の連絡もなく訪れてサスケを大層驚かせたらしい。木の葉である会合のためにやって来ていたのだけれど、そんな話がサスケの耳に入っていたはずもない。その時の驚きようと言ったら、我愛羅がポーカーフェイスを崩してしまうほどだったそうな。シカマルはその話を砂の里でテマリから数日後に聞いて、見てみたかったと思ったものだった。
 冬の寒さも本格的になり始めた頃に、サスケが里を出ていた時行動を共にしていた鷹の面々がサスケの元を訪れてきた。シカマルがそれを出迎えたのだが、三人全員が妙にそわそわしていて、つい噴き出してしまった。
 懐かしい面々と話せばきっと長くなるだろう。そう思ってシカマルはその間中外に出ていたから、彼らが何を話していたのかは知らない。知る必要もないと思った。指がかじかんで痛みすら感じることがなくなった頃に三人は家を後にした。サスケは穏やかに笑っていた。


 ちょうどその頃、シカマルは長期の休暇をもらった。いつまで、と具体的な日にちは決まっていない休みだった。残された時間を二人で過ごすためのはからいだった。
 冬が深まり寒さが厳しくなった頃、サスケは一人で歩くことができなくなった。それから間もなくして、サスケは一日のほぼすべてを寝て過ごすようになった。一日身体を横たえたままでは時間を持て余すだろうと、庭が見える部屋にサスケを移した。

「来年も、ヒマワリを植えよう」

 今年初めてヒマワリを植えた時、サスケが口にした言葉だった。夏にヒマワリが咲いていた場所を見つめたサスケは、何も口にすることはなかった。





 そして、木ノ葉に珍しく雪が降り積もった二月のある日、色のない唇を震わせて、サスケは外が見たいと言った。シカマルは細い身体を抱きかかえて、縁側から庭へと降りて行った。ぱらぱらと粉雪が二人に降り注いでいた。手のひらを広げて雪をすくったサスケは、満足気に薄らと笑みを浮かべて頷いた。
 それから数時間後、サスケは静かに息を引き取った。
 死の直前、サスケは力なくその手を伸ばし、シカマルに触れた。サスケは何を言おうか決めあぐねているのか唇を動かしながらもその喉を震わせることはなく、一度口を閉じた。そして再び口を開いて、言った。

「ありがと、な」

 泣きたくなるほど穏やかな笑顔だった。
 サスケの最期を看取ったのは仕事を休んでずっと傍にいたシカマルと、せめてもの体調管理のために三日に一度サスケの元を訪れていたサクラの二人だった。
 サスケが眠るように息を引き取った数時間後にナルトが駆け付けた。その後ろにはキバの姿もあった。次に姿を現したのはカカシだった。その日のうちに、生前サスケが関わった人間のほとんどがサスケの元へやってきた。誰もがその死を悼んだが、その穏やかな顔を見ると泣き笑いのような表情を浮かべていった。
 こんな風に人が集まるほどに、サスケは多くの人から愛されていた。本人がそれを実感することがあったのか、今となっては確認する術がないことが残念でならなかった。





 そうして、シカマルは今、遺品の整理をしている。葬儀はすでに終わり、一人で暮らすには大きすぎる家の中を歩いてはサスケの持ち物を探していた。持ち物も何も、そもそもここはサスケの自宅だ。サスケの生家だ。引き出しを開ければ何かしらが出てきた。
 何の気なしに、サスケが最期を迎えた部屋の引き出しを開けた。出てきたのは、古くぼろぼろになり、中央に大きな傷が一本入った額当てだった。
 シカマルはそれを手に取って、傷をなぞる。これはきっと、シカマルが持っているよりも、ナルトに渡した方がいいだろう。取り出した額当てを丁寧にたたんで、引き出しの上に置いた。
 次に出てきたのは、十分に使い込まれた額当てだった。サスケが木ノ葉に戻って忍として復帰した時に支給されたものだ。初めにもらったものより長く使われていたけれど、大きな傷はどこにもなかった。
 これはサクラに渡そうか。そう思ったが、遺品の話をした時に何もいらないと言われたことを思い出した。その時にサクラはこれ、と言って二枚の写真を差し出した。一枚は、七班に配属されたばかりの頃撮った写真だった。幼さを残した三人とカカシが写っていた。もう一枚は、サスケが里に戻って来てから撮影されたもの。三人とも立派に成人した姿で、その後ろのカカシは以前より少しだけしわが増えているようだった。


 シカマルは立ち上がって、階段へと足を向けた。今まで一階のものばかりを見ていたが、二階にだって部屋はある。この数ヶ月は、二階の部屋をサスケが使うことは無かったけれど、それ以前には普通に使っていたのだから、まだたくさん物が残っているはずだ。シカマルは一瞬迷ったが、寝室へと足を踏み入れた。
 二人で選んで購入した大きなベッドは、今ではシカマルだけが広々と使っていた。この部屋から、サスケの匂いはしない。改めてそう実感すると、何か物悲しい気分になった。
 ベッドサイドの棚に手を掛けて、引き出しを開ける。どうせ何も入っていない。そう思って開けたにも関わらず、そこには身に覚えのないものがしまってあった。確かに、その棚の一番目の引き出しは、以前からそういう物をしまっていた。しかし、そこを使用することがなくなってから久しい。手に取った封が切られていないローションとコンドームを見てシカマルは不可解そうに首を傾げた。買った覚えはない。この類は、いつもサスケが文句を言いながらも買ってきていた。もしかして、これも。そう思い、シカマルがコンドームの箱を裏返す。そこには黒のマジックで『いずれ必要になるだろうからくれてやる』と綺麗な字でメッセージが書き付けられていた。
 ハ、と乾いた笑いがもれた。一体サスケはどんな気持ちでこれを書いたのだろうか。シカマルには未来がある。そういった関係になる相手が再び現れる可能性は十分にある。死を前に、シカマルの次の相手のことを考えて、これを買ったサスケの心を思うと勝手に身体が震えた。
 それらをしまうことなく、棚の上に置く。次に、その下の引き出しを開けた。何も入っていない。その下、数少ないアクセサリーがしまわれていた。そしてその下に隠すように、一冊のノートがしまわれていた。


 パラパラとそのノートを開いてみると、見慣れた字が連ねてあった。日付と数行の文章が書いてある。どうやら日記らしい。毎日書いていたわけではないらしく、見ていくと日付が飛んでいるところが多かった。
 一ページ一ページ進めていくと、暦が替わって五月になったあたりから、身体の異変を窺わせる文章が出てくることが多くなっていた。すでに、この時からサスケは自身に何が起きているのか理解し始めていたらしい。そんな素振りは、まったく見せていなかった。
 五月のある日、ヒマワリの種を植えた、とそれだけ書いてあった。あの時植えたヒマワリがシカマルの脳裏に蘇る。それはそれは、綺麗だった。
 六月の終わり頃、サスケの病が発覚した日のページに辿りついた。多くは書かれていない。けれど確かにそこには『兄さんと同じ』という言葉が書いてあった。サスケの口から、イタチは病に身体を蝕まれていた、と聞いては、いた。しかし、イタチを蝕んだ病がサスケまでをも死に追いやったということまでは、知らなかった。シカマルはしばらくそのページを睨みつけていた。
 しばらくして、またページを進めていく。何でもないような内容の日記が続いていた。そして、鷹の面々が会いに来てくれた、という文章を見つける。その時はやけに気温の低い日だったことを思い出して、シカマルは肩を震わせた。
 次のページを見ると、何も書かれていなかった。もうこれで日記は終わりか、そう思いながらペラペラとページを繰っていると、珍しく何行にも渡って文章が書かれているページを見つけた。やけに、そのページの字は荒れていた。きちんとそのページを開いて、目を通す。そこには、サスケがシカマルに聞かせることのなかった本音が殴り書いてあった。
 シカマルよりも先に命を終えることを喜ぶ言葉と、同時にシカマルと永遠の別れをすることへの悲しみと、ほんの少しだけの恐いと弱音を吐く言葉。そんな文章が連なったページは、何か所か滲んで読めない部分があった。指でその部分をなぞる。人知れずこれを書きながら、サスケは涙を流していたのだろう。その肩を抱いてやることができなかった自分が情けなくて、シカマルは鼻をすすった。
 サスケが自分よりも先に死んでしまうという事実を知った時、シカマルは心のどこかでそれに安堵していた。憎しみを手放して一人で歩いているように見えていたサスケだったけれど、その実誰かに依存していなければ生きてはいけないような男だった。それはシカマルもサスケ自身も気付いていたことで。恋人としてサスケと接しながら、時折思うことがあった。もし、仮にシカマルがサスケよりも先に死んでしまって、サスケが一人になってしまった時、サスケはその先を一人で生きていけるのか。サスケが自分自身に依存していることをよく理解していたシカマルは、その先を考えたくはなかった。恐らく、周りの誰がサスケを支えようとしても、無駄なのではないかと思えた。だからこそ、サスケより先に死んではいけないと、自身に言い聞かせてきた。その使命からこうも早く解放されることになるとは、思ってもいなかったけれど。できることなら、夏の恒例となった庭のヒマワリを眺めながら、そんな物騒なことも思ったものだ、と二人で昔話をしたかった。


 シカマルは目頭が熱くなるのを感じて、手にしたノートを閉じ、顔を上向きにした。涙がこぼれ落ちてしまうような気がして、鼻をすすりながら揺らめく天井をしばらく見つめていた。
 思い出すことは山のようにある。アカデミー時代に出会ったことから、サスケが里を抜けてしまった時のこと、サスケが里を抜けてしまっていた数年のこと、サスケが里へ戻ってきて忍に復帰した時のこと、それから数年から最後まで、長年の想いを実らせて二人で生活したこと。
 サスケの日記を読んで、サスケと過ごした今までのことを思い出すと、別れの時間はあまりにも短すぎたように感じた。サスケの病が発覚してから、サスケが死に至るまで、半年以上あった。サスケがゆっくりと衰弱していく様を見ているのは辛かったけれど、それでも別れの準備をする時間は十分にあった気がしていた。現に、サスケが息を引き取ってから葬儀の間まで、シカマルは不思議と穏やかな悲しみに包まれるだけでみっともなく泣き喚くようなことはなかった。涙を流してしまうこともなく、穏やかにサスケを見送れたのは、別れまでたくさんの時間があり、サスケがそれまでにたくさんの物を残してくれたおかげだろうと、思っていた。
 でも、やはり足りなかった。もっと長い時間をかけてサスケのすべてを知りたかったし、シカマルのすべてを知って欲しかった。今更何を言っても仕方がない。シカマルは深呼吸を繰り返して、ノートの表紙に視線を向けた。


 そういえば、自身の病を知ってから、サスケがシカマルに好意を伝えるような言葉を口にすることが減っていたな、と思い出す。最後くらい、感謝ではなく「好き」や「愛してる」でもよかったのに、と寂しく思いながらシカマルは手元のノートを撫でた。なかなか言わないからこそ、言われた時の喜びもひとしおだったのは事実ではあったけれど、もう聞くことができないと思うと、惜しいような気もした。もちろんそれはシカマルの遺してしまうサスケなりの気遣いだったのかもしれなかった。
 このノートもどこかにしまっておこう、そう思ってシカマルが立ち上がると片手で掴んでいたからか、裏表紙がめくれてしまった。そこからぱらぱらとページがめくれていったが、最後のページに何か書き付けてあったような気がして、シカマルはそっと最後のページを改めて開いた。
 そこに書き付けられていた文字を目で辿っていくうちに、シカマルの喉が震えた。何かを言いたいわけではないが、唇が勝手に開いて、震える。ぱたぱたと文字の上に涙がこぼれて、シカマルはそれを慌てて拭った。

「馬ッ鹿やろ……泣かしてくれんなよ……」

 そこには、シカマルへの愛の言葉とこれからの幸せを願う言葉が丁寧な字でつづられていた。



最初で最後のラブレター




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