※貴族パロ





 うちは家は代々騎士団の団長を輩出する武芸に秀でた上流貴族の血統だった。しかしそれも安定した時代に突入し、戦争の機会が徐々に減ることで貴族としての立場を危うくしていった。それを危ぶんだうちは家当主は、女王への進言を試みたのだった。―――結果から言うと、うちは家は貴族として存在するために不可欠な爵位を剥奪され、没落の一途を辿ることになった。平和路線を目指した女王の目には、戦争を好むうちは家はひどく疎ましく映っていたに違いない。爵位を失った貴族がどのような扱いを受けるか、この国においてはひとつしかなかった。



 サスケはうちは家の二男坊として生まれた。生まれてからの16年、何の苦労もすることなく生きてきた。朝目覚めれば執事が用意した服に身を包み、当然のように朝食を口に運び、紅茶の香りを楽しみながらその日の予定を執事から聞き、そして豪奢な馬車に乗り出かける。自らを疲弊させることと言えば剣術の訓練くらいのものだった。それも趣味のひとつであったために、サスケが苦に感じることなど何ひとつなかった。
 今周りを見てみれば、視界に入るのは無骨な檻とその中で何をするでもなくじっとしているヒトだけだった。正確に言えば、そこにいるのは焼印を背中に受けた奴隷であり、制度上ヒトとは呼べない者たちだった。彼らはヒトに与えられているはずのすべての権利を剥奪されていた。もはや服と言うよりは薄汚れた布を纏った状態で、サスケは膝を抱えていた。身じろぎしたときに、布が擦れて背中がジリっと痛んだ。数日前に三人がかりで押さえつけられ、赤く熱せられた鉄が背中へ押し当てられた情景がフラッシュバックする。自分の絶叫が頭に響く。屈辱だった。サスケにとって貴族の自分があろうことか奴隷としての証をこの身に焼き付けられたことは死に値するほどの屈辱だった。うちは家でも奴隷をいくつか所有していた。だからこそサスケは貴族による奴隷の扱いを何よりも知っている。ギリ、と唇を噛みしめる。つう、と液体が唇から顎を伝い落ちた。


 ギィ、と古い鉄が擦れ合う音が大きく響き、檻の扉が開けられた。しかしそれはサスケを自由にするためのものではない。手枷、足枷、首輪、まだ他に奴隷として必要なものでもあるのか、もはや理解しようとも思えない趣味だった。檻の中へ手を伸ばしてきたのは、ヒューマンショップの支配人だった。人の悪そうな顔をしたその男はサスケの首輪を掴んで乱暴にサスケを引きずり出した。切れて赤黒く変色した唇を見た男は眉を寄せ、サスケの頬を殴りつけた。鈍い音が耳に届き、遅れて痛みが訪れた。

「勝手に傷なんか作りやがって、商品価値が下がったらどうしてくれる」

 今殴ったことでできた傷はどうするつもりなのか、皮肉でもくれてやろうと開いたサスケの口に口枷が嵌められる。これで舌を噛み切る自由さえ奪われてしまった。いざとなれば、そう思っていたサスケにとってそれは絶望的なことだった。手枷と足枷をつけられた状態ではまともに動くこともできない。支配人の男を睨み上げていると、その後ろから見覚えのある顔が覗いた。いつぞやのパーティー会場で見たことがある、富の証だとでも言うように脂肪を蓄えただらしない体型の男だった。そのパーティーではうちは家よりも高い爵位の貴族は一人しか来ていなかったと記憶しているから、中流もしくは下流貴族の男だと思われる。評判がひどく悪い男で、男色家であり特に少年を好むタチの悪い輩であるから、と執事が耳打ちしてきたのをサスケは思い出し、眉をひそめた。
 その男はニヤニヤといやらしい表情を浮かべサスケの全身を舐めるように見たあと、支配人の男へ何か耳打った。支配人の男がすっと身を引き、男がサスケの前へと歩いてくる。睨み上げるサスケの顎を強引に掴んだ男は、そのままサスケの顔を上向かせ、ぎらぎらと脂汗をテカらせながら舌舐めずりをして見せる。その様子に吐き気を覚えたサスケは顔を背けようとするが、力強く掴まれた顔はわずかな動きさえも許されることはなかった。

「いい御身分だなあ、うちは家の坊ちゃんが、奴隷とは」

 その指摘に身を裂くような耐えがたい恥辱を感じ、身体を震えさせた。殺してやりたい、この男を、殺してやりたい。いやこの男だけではない。自分をこのような境遇に追いやったすべての人間への憎しみがサスケを襲った。
 男はサスケの顎を掴んだまま、腕を大きく押し出した。それに伴ってサスケの身体は後ろへ飛ばされ、奥の格子へ強かにぶつかった。受け身が取れなかったサスケはその衝撃で頭を打ち付け、意識を失った。



 辺りの騒がしさにサスケが目を覚ますと、その視界は何かで覆われて何も見ることはできなかった。耳に届くのは大勢のざわめきと、支配人の男であろう声。現状を把握しようとその声に耳を傾けたサスケは、背筋を凍らせた。聞こえてきたのは、自分のオークションを始めようとする声だった。ぐい、と首輪が引っ張られ膝がつけないような位置まで持ち上げられる。苦しい体勢に眉を寄せたとき、視界が開けた。会場からは下卑た歓声が上がる。視界に入ってきたのは仮面をつけた貴族たちが自分を見定める様子だった。
 そのうちにオークションが始まり、サスケに値段がつけられていく。次々に上がる声に値段はつり上がっていった。ここからどうにかして、逃げなければ。そう感じたサスケは身を捩って抵抗するが、すぐにステージの裾から現れた黒服の男二人に押さえつけられる。

「持ち帰りの際に暴れることがないように薬を打っておきましょう。ご心配なく、人体には無害なものです」

 支配人のその声を聞いて必死に逃れようとするが、枷だらけの身体を二人がかりで押さえられては身動きひとつ取れない。支配人の男を射殺さん勢いで睨みつけたが、男は邪悪に笑うだけだった。そのうち、首筋にちくりとした痛みを感じる。呪いの言葉を吐くことも許されず、身体の中を駆け巡る憎悪と恥辱に悶え、サスケは頭を振った。暴れ続けたせいか薬がすぐに回り、意識が混濁する。耳に届いた声は先ほどの太った貴族のもので、破格の値段を提示していた。ざわめきが鼓膜を揺らす。いやだ。あんなやつに買われるのは、いやだ。薄れゆく意識の中でサスケは繰り返し呟いた。







「よろしいのですか? 枷を外してしまってはいつ暴れるか分かりませんよ?」

 ヒューマンショップの支配人はサスケを競り落とした男の言葉を受け嫌々ながらその枷を外していた。支配人は奴隷を手酷く扱うことに悦を感じ、ヒューマンショップを経営していた。それなのにすべての枷を外せと言いつけた男に、支配人は不満を感じていた。枷を外していく様子に興味の無さそうな男を横目に、支配人は怪訝そうに眉を寄せた。たしかにサスケにはかなりの価値があるが、この男が出した価格は奴隷の相場を大いに越えていた。常連の貴族が提示した額も破格ではあったがこの男はその比ではない。不躾にジロジロと男を見たあと、支配人はすべての枷を外した。

「奴隷は奴隷らしく扱うのがイイんじゃないですか」

 少し皮肉気に客の男を見ながら支配人は肩を竦めた。客の男が顎で指示すると、おそらく執事であろう男がサスケを抱え上げた。客の男は運ばれて行くサスケから支配人へ視線を移し、冷めた目で支配人を見つめた。

「たかがヒューマンショップの支配人が、客の嗜好に口出しすんのか?」

 そう言い放った男は支配人が顔面を蒼白にして謝るのを待たず、支配人に背を向け歩いて行ってしまった。





 すっかり薬が切れたサスケは、数か月ぶりに穏やかな目覚めを迎えた。柔らかなベッドと滑らかなシーツに、まるで以前の生活に戻ったような錯覚を覚える。自分の境遇を思い出して異変に気付き、サスケはがばりとその身体を起こした。身体を見てみると、薄汚れていた肌が清潔な状態に戻っており、纏う衣服もぼろ布ではなかった。貴族だった当時に着ていた服のような華美な装飾こそないが、国内トップのブランド品だった。ブランド品か否かを容易に見分けられるほどにはサスケの目は肥えている。あの肥満男がそのような施しを奴隷にするだろうか。いつぞやのパーティー会場の外で待たされていた奴隷たちにそのようなものを与えられている者などなかったはずだ。有り得ない。考えてみると枷の類がどこにもない。首輪すらついていない。そっと首に手を伸ばし、そこを撫でているとガチャリと部屋のドアが開いた。
 部屋に入ってきたのは長い髪をひとつに縛った優男だった。切れ長の目がサスケを捉える。サスケは身構え、シーツを握り締めた。

「誰だ、アンタ」
「そりゃあ、お前のご主人さま、だろ」
「アンタがオレを買ったのか」
「まあなァ」

 男は流れるような所作でベッドに腰かけた。サスケはその男の顔をじっと見つめる。どこかで見たことがあるような、ないような、そんな心地がしていた。

「面と向かって話したことはなかったけどよ、一度だけパーティーに同席したことがあるぜ。オレはシカマルってんだ」

 その言葉でサスケの記憶からこの男についての情報が掘り起こされた。国内のほぼ100%のシェアを誇る製薬会社を経営している上流貴族の息子の名前が、たしかシカマルと言った。たしかに数年前に一度同じパーティーに出ている。執事が同じ年齢のご子息がいる、と言っていたのを思い出した。結局挨拶することがなかったのは、サスケがそのパーティーを途中で抜けてしまったからだった。

「は、アンタもやっぱり貴族だな。オレを買って、何させるつもりだよ?」
「別に、何も。興味がねーからな」

 シカマルの言葉にサスケは瞠目する。シカマルの横顔を穴が開くほど見つめるが、その真意を測ることができない。無駄な奴隷はただ金を消費するだけで何らの利益ももたらさない。貴族特有の無意味な浪費だ、と思えないのはシカマルがそのような馬鹿な真似をするように見えなかったからだ。

「じゃあ何故オレを買った」
「ただの気まぐれだよ、それともそうされるのが好みか?」
「な……っ!」

 ニィ、と笑ったシカマルがサスケの頬に手を伸ばしてするりと撫でていった。汚らしい肥満男でなく優男だったためか不思議と嫌悪を感じることはなかったが、シカマルの言葉に顔を赤くしてサスケはその手を払った。

「なんてな。まァ好きにやんな。お前に何かしようともさせようとも思ってねーからよ」

 悪戯っぽく笑ったシカマルはサスケの肩を叩いて立ち上がった。サスケに背を向けて歩んで行き、振り返ることなく手を振ったシカマルはそのまま部屋を出て行ってしまった。一人取り残されたサスケは疑問符を頭に浮かべながら、これからどうするべきなのか頭を悩ませながら、シカマルの触れた頬を無意識のうちに撫でていた。




気まぐれ紳士と堕ちた少年


続きのようなもの



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