正体

「いやぁ、今をきらめくリオンくんやカイムくんが俺の任務に同行してくれるとは。
これは帰ったら部下に自慢しなくてはいけないなぁ!」


それが出発前のハインツの言葉だった。
今は一番前で部隊を率いて歩いている。

ハインツに課された今回の任務は、1日かけてアルメイダやハーメンツあたりで指名手配犯の捜査だ。
正直、あのようなのどかな村に指名手配犯が潜んでるとは到底思えない。

真の目的は単にハインツの監視なので、指名手配犯などは二の次である。
なのでカイムやリオンにとってはついでに捕まえられたらいいな、くらいにしか思っていなかった。

ヒューゴの目論見だと、1日ダリルシェイドから放せば、リオン達にバレないよう深夜に反逆の兆しを見せると言われている。
ハインツの部下も同行しているので、十分に気をつけて行動するよう釘をさされた。

出発から今に至るまでは、任務を忠実にこなしている。


『全然隙を見せませんね、ハインツ准将』
「警戒心の高いお方だ、そう簡単に尻尾は出さないだろう」


周りに聞こえないように小声で話す。
なにせ、ハインツが本当に反逆者だったら周りの兵士は全員敵だ。
こちらも警戒心を強めていく必要があるだろう。

するとリオンは、カイムが近くにいない事に気づく。


「カイムはどこに行った?」
『あそこでハインツ准将と話してますよ、ほら』


シャルティエに言われた方向を見ると、楽しそうに何かを喋っているカイムとハインツがいた。

敵になるかもしれないのに、それでも変わらない態度で接する事ができるのはカイムの良いところなのか、警戒心を持てと注意するべきなのかどうか…。

リオンは複雑になりながらも、カイムに今のハインツの事を任せる事にした。

余計な事を喋らなければ良いが。



しばらく経つと、夕日はすっかり落ちてしまい、辺りは暗くなっていた。
暗くなってからの行軍は危険だ。もちろんハインツはその事を踏まえて、ハーメンツの宿で受付を済ませてきた。


「ふむ、もうこんな時間か…結局手掛かりはなかったみたいだな。
皆の者!今日はここハーメンツにて休ませてもらうとしよう!
明日はアルメイダの村を捜索するので、各自準備は怠らないように!」


ハインツがそう言うと、兵士達は続々と宿屋に入っていった。
リオン達含めて10人程いるが、なんとか全員は泊まれるくらいのスペースはあるらしい。


「それじゃあ、俺達もハインツ准将達と同じ部屋かな」
『まぁこういった村の宿では仕方ないでしょうね』


同じ部屋ではハインツも迂闊に動けないだろうし、今夜は恐らく大人しくしているだろう。

リオン達がそう予想して安心していると、ハインツがこちらに向かって歩いてきているのに気づいた。


「あ、リオンくん、カイムくん。
君たちは個室を取っといてあげたから、そこで寝るといい」
「……なぜ僕達だけに?」


リオンが鋭い眼光で問いただす。
ハインツはそれに動じず、落ち着いて答える。


「俺達のような奴がいると、年頃の君たちは落ち着かないだろうと思ってね。
なに、今日は誰も泊まる者がいないらしいから、余裕を持って君たちに個室を与えたのだが
……何か気に障ったか?」
「いえ…お心遣い感謝します」


「ならいいんだ」そう言ってハインツは宿へ入っていった。
ハインツが完全にいなくなったのを確認すると、リオンは隣でただ見ていただけのカイムに、こそりと耳打ちをする。


「カイム、しっかり聞いていたか」
「あぁ、"あれ"は確実に今夜、動き出すな」
『僕達だけ別部屋にするなんて…疑いさえなければ、普通の気遣いとして捉えられたんでしょうけどね』
「ふん、くだらんな。
僕達もとっとと宿へ行くぞ」


リオンは足早に宿へ歩いていった。
「なんだよリオン、マリアンに会いたいのか?」カイムはわざとふざけるように言ったが、その言葉はドアの閉まる音で打ち消された。
カイムは頭をかきながら、その後を追っていった。



食事や風呂を済ませ、リオン達はハインツが用意してくれた部屋で早々とベッドに横になった。
灯りを消して、音でハインツ達の動向を探る為だ。

確実に今夜、動き出す。今のリオンの頭の中にはそれしかなかった。
リオンは廊下に耳を澄まして、静かに佇んでいる。
すると横になっていたカイムが突然、


「なーリオン、暇だからなんか話そうぜ」


などとリオンに話しかけた。
その緊張感のかけらもない声のトーンに、リオンは少し苛立ちを覚える。


「今はハインツ准将の動向を音で捉えているんだ、お前とくだらん事を喋っている暇はない」
「えぇ、いいじゃん。だってまだ22時だぜ?
動くにはまだ早すぎる、ハインツ准将だってそう思ってるさ」
「今こうやって話している間に動かれでもしたらどうする、お前の責任だぞ」
「えぇーそれは嫌だなあ」


カイムが寝返りを打つと、ベッドの軋んだ音が静かな部屋に響いた。
そして沈黙が流れる。

今のところは何も動きはないらしく、兵士達の話し声が少しだけ聞こえるくらいだった。
だがそこにはハインツの声はない。
リオンは最悪の事態を想像してしまったが、自分たち部屋に戻る前に、ハインツが確実に部屋に入っていったのを目撃している。
そこからずっと監視しているので、逃している筈はないのだ。


「ね、何で俺とシャルティエが知り合いなのか、知りたくない?」


そのカイムの言葉に、いち早く反応したのはシャルティエだった。


『カイム!何を言って…!』
「別にいいだろ、これくらいならな」


何か裏がありそうな会話を繰り広げている。
カイムとシャルティエの関係。
それはリオンが半年前からずっと疑問に思っていた事の一つだ。
ずっと何も言わなかったカイムが自ら話そうとしている。
なぜこんな重要な時にそんな話を始めるのか、カイムの空気の読めなさに理解を示せないでいた。


「あれ?反応なし?結構重要だと思うんだけど?」
『ほら、別に坊っちゃんも聞きたがってないんだから、言わなくてもいいでしょ?』
「もういいよ、こっちで勝手に話すから」


結局そうなるのか、リオンは廊下に耳を澄ませながら、多少カイムの話にも耳を傾けることにした。
シャルティエは諦めたのか、何も言わなくなった。
ベッドの軋む音が鳴った。リオンの方に寝返りを打ったのだろう。


「実は俺、1000年以上前の天地戦争に参戦してたんだ」
「……いきなり聞き捨てならないな、ふざけているのか?」
「ふざけていると思うんなら、お前のソーディアンに聞いてみろよ」


暗いので部屋の状況がよく分からないが、カイムが後ろでニタニタと不敵な笑みを浮かべているのだけは分かった。
カイムの言う通り、リオンはシャルティエに尋ねてみる。


「本当なのか」
『……多分、本当です。
見た目も、強さも当時のままなんです。
それに、僕達はカイムが歳をとらない事を天地戦争の時に知らされていましたから』


シャルティエの言葉を聞いて、リオンは耳を疑う。
僕を驚かすために、2人はグルになっているんじゃないかとも思った。
その衝撃の事実に、ハインツの事など頭の隅に追いやられそうだったのを、どうにか戻す。
リオンは再び廊下の音に集中し「続けろ」と言った。


「シャルティエの言う通り、俺は歳をとらない。
何故なら、俺は人間であって人間じゃない。
造られたんだ、いわゆる人造人間さ。
奴らはそんな俺達の事を"ヒューマノイド"と呼んでいる。全然凝った名前じゃないだろ?」


そのまるで小説のような内容に、リオンはカイムの頭を心配し始めた。
屋敷の書斎に、そのような本は置いてあっただろうか、こういうのを考えたくなる年頃なんだろうか、などとカイムがこうなってしまった思いつく限りの理由を考える。


「その様子だと、信じてないみたいだな。暗いからよくわかんねーけど」
「当たり前だ。
いきなり歳をとらないとか、実は人造人間なんです、などと言われてはいそうですか、と信じる馬鹿がどこにいる」
「はは、そりゃそうか、シャルティエでもこの話は信じてないもんな」
『ちょっと現実離れしすぎててね』


俺からしたらソーディアンもかなり現実離れしてるけどな、とカイムはふてくされたように言った。

今の話には突っ込みどころがたくさんあるが、特に気になった二つをあげていく。
まず、カイムが俺"達"と言ったところだ。
その言葉の意味を考えると、カイム以外にもそのヒューマノイドとかいうのが存在する、という事になる。
二つ目に奴らとは誰か、という事だ。
話の流れからして恐らくはカイムを造ったという人物になるのだろうが、そんな人造人間を造ったなどという話は聞いたことがない。

シャルティエが言ったように、あまりにも現実離れしすぎていて、信じようにも信じる事ができないのだ。


「じゃあ、カイムは一体天地戦争から今まで何をしてたんだ」
「奴らに監禁されてた。1000年間ずっと」
「その奴らとは誰なんだ」
「そこまでは言えない」
「お前の他にも人造人間がいるのか?」
「言えない」
「…どこで監禁されていたんだ、1000年間も」
「お前たちの知らないところ」
「それは、この世界なのか」
「それも言えない」
「……お前は一体何が目的なんだ!?」
「それはまだ言えない」


怒涛の質疑応答ラッシュが終わると、静寂があたりを包み込んだ。
気づけば兵士達も静かになっていた。
ハインツの声は相変わらず聞こえてこない。
時計の秒針の音だけが部屋に鳴り響いてて、やけにうるさく聞こえる。


「ごめんな、リオン。いずれ時が来たら話す。
今言えるのは、俺が人間じゃない事だけだ」
「……最後に一つだけ。
お前のその強さの秘密はなんだ?」


リオンがそう問いかけると、暗闇の中でカイムがぼそりと呟いた。


「これは努力の末の強さじゃない。
与えられた強さなんだ」
「与えられた強さ?それはどういう事だ」
「質問は一つと言っただろ」


カイムがそういうと、リオンは黙り込んだ。
少し腑に落ちなかったが、確かに一つだけと言ったので、大人しく従う事にした。


前々から人間じゃないとは思っていたが、本当に人間じゃないとはな。
シャルがよくカイムの事を化物、と例えていたがそれが例えなんかじゃない事が今分かった。
それにしても何故いきなりこんな事を話し始めたのだろうか。
いつもの気まぐれなのだろうか、だとしたら深く考えても無駄だな。


カイムの話が終わったので、再度廊下に耳を傾けてみる。
すると、ハインツの部屋の扉の開く音がして、階段の降りる音が聞こえた。
足音は1人だけしか聞こえなかった、恐らくハインツ本人だろう。
リオンは意気揚々と立ち上がり、シャルティエを腰に付けた。


「よし、ついに尻尾を出したな、行くぞカイム。
…………カイム?」
『寝て……ますね』


小さなランタンを持ってカイムのベッドに近付くと、確かに寝ていた。
あの一瞬で寝てしまったのか、なんて馬鹿なヤツだ、とリオンは怒りを通り越して呆れた。
「起きろ!」と一喝してみるが、起きる様子はない。気持ちよさそうに涎を垂らして寝ている。


「くそっ、もういい!僕達だけで行くぞ!」
『ええっ!?大丈夫でしょうか?』
「問題ない、ハインツなど僕1人でやれる」


カイムにかまけて逃してしまえば元も子もない。
ここはハインツを追うのが優先だ、とリオンは考えるとドアを開けて、部屋を後にした。


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