反逆

カイムの初任務から半年程経った。
あの時は護衛主を守れず、罰を受けるかと思われたが何のお咎めもなかった。
それからリオン達は何も変わらない日々を過ごしている。
よくよく思い返せば、元は監視の任務だったのだ。怪しい動きを見せれば殺せと言われていた。


船酔いの気持ち悪さで忘れて、カイムに任せっきりにしてしまったが、会長が何か怪しい動きを見せたのかもしれない。
その結果カイムに殺されたか、特に何もしてないが魔物に殺されたかの二択だろう。

カイムに聞いてみても、しらばっくれるか逃げられるかでいつも濁らされる。


結局はっきりした事は分からないが、あれからのカイムの働きぶりは大したものだ。
まず、仕事が早い。討伐系の仕事なら半日足らずで終わらせて、下手すれば一日に四件ほどは片付けてくる。
何かの搬送を頼めば毎回確実に運んでくるし、護衛の任務も安全にこなす。

次に何でも引き受ける。断るという考えがカイムにはないらしい。
明らかにカイムがやらなくても良い仕事でも、二つ返事で了承してしまう。
その為、王は何か困った事があれば何でもカイムに頼む、という光景が当たり前の様になってきていた。街で起こった迷い猫探しや、もちろん裏の仕事までやる。
もはやここまで来ればただの便利屋だ。


その働きの甲斐あって、カイムの昇格は秒読みと言われている。
元々明るい奴なので、街の住人達の信頼度もそれはそれは大層凄まじい事になっている。
女性人気もリオンを食ってかかる勢いだ。
城の兵士も、最初は反発心が強かったが、今じゃカイムに稽古をつけて貰っている有様だ。もちろん模擬剣で。
七将軍もすっかり心を許してしまっている。

奇妙な事に、セインガルドでは何か困った事があってもカイムに頼めば何とかしてくれる。
という方程式が完成してしまっているのだ。

今までになかったこの光景について、シャルティエはこのように言っていた。


『カイムは昔から世渡り上手ですからね。
人に取り入るのが物凄く上手いんですよ。
おまけに、あの強さでしょう?実績も出してますし、そりゃこうなりますよ。
坊っちゃんとは違うやり方で、人々の信頼を集めているんでしょうね』


確かに、カイムはリオンとは正反対だ。人を遠ざけようとはせず積極的に人と関わろうとする。
なぜここまで正反対なのに一緒にいるのかよく分からない。もしかしたら余りにも正反対だから、変に合わさってしまったのだろうか。

リオンは、カイムのカリスマ性には薄々勘付いていた。
が、ここまで人を惹きつけるとは思っていなかった、せいぜいダリルシェイドの中のみで留まるかと思えば今やセインガルド地方全土にその名は知れ渡っている。
このまま行けば、全国にも名を轟かせる存在になるだろう。


が、皆が皆カイムに良い印象を抱いてる訳ではない。
半年前にカイムに殺された兵士の家族とは未だに確執があるし、当時の事を引っ張っている兵士からはまだ恐れられている。
そしてカイムは自分が正しいと思えば、とことんその考えを通してしまう。
つまり容赦がないのだ。

とある任務でカイムとリオンは、ダリルシェイドに反乱を企てていた数人のグループを始末するように言われていた。
奴らを追い詰めた時、そのリーダーが、自分が犠牲になるから他のみんなは見逃してやってくれ、と訴えかけてきた。
リオンはそんなリーダーを見て、見逃しはしないがとりあえず全員生きたまま捕らえようとした。
が、カイムはそんなのお構い無しだと言って全員殺してしまったのだ。

この事が判明した時、これはさすがにやりすぎだと言ってカイムに反発する者も多数いた。
強いから、何でもやってくれるからと言って皆に好かれる訳ではない。
何が正しいかなど誰にも分からないのだ。



そして今リオンは、今日の任務をカイムに伝える為に屋敷へ来ている。


「坊っちゃん、お帰りなさいませ」
「レンブラント爺か、カイムはどこにいる?」
「カイム様でしたら、お部屋にいらっしゃいますよ」
「そうか、分かった」


カイムの部屋がある2階へ向かう。
あれから半年経って、今はちょうど秋頃の季節だ。
外はもちろん、家の中もいい気温になっていて、心地が良い。
部屋の前まで行くと、リオンはノックもせずにそのままドアを開けた。


「カイム、入るぞ」
「んあ?」
「……お前、なぜ全裸なんだ」


カイムは前も隠さず堂々とした立ち振る舞いで頭をバスタオルで拭いていた。
その体はしっかりと筋肉が付いていて、拭いきれていない水が滴っている。
その様子からしてシャワーでも浴びてたのだろう。
カイムは恥ずかしげもない様子で「まぁここに座って待ってろよ」とリオンに椅子に座るよう促した。
今度からはしっかりノックしようとリオンは思った。

ふとカイムの左腿を見ると、包帯が巻いてあった。僅かに血が滲んでいる。
その傷は半年前に子供に刺された時のものだ。
深い傷だとは聞いていたが、半年経ってるのにまだ完治してないのだろうか。
血が滲んでいる、という事はまだ傷口が開いているという事になるだろう。


「おいカイム、お前まだ傷が治ってないのか?」
「ん?あぁ、これか」


カイムはズボンを履き、傷がある場所を優しく擦った。


「俺、人より傷の治りが遅いんだ。
だから致命傷なんて負ってしまえば、治る前に出血多量で死んでしまうんだろうな」
「そんな事初めて聞いたぞ」
「聞かれてないからな」
「その弱点、知られたらまずいんじゃないのか」
「攻撃が来ても当たらなければ問題ないからな、弱点でも何でもないさ」


などと喋っている内にカイムは気替えを済ませ、リオンと向き合うように座った。
相変わらず屁理屈ばかり並べる奴だとリオンはつくづくそう思った。


「で、何の用だ?」
「あぁ、お前に今日の任務を伝えに来た」
「うん、今日は何だ?迷子探しか?それとも子供のお守りか?」
『そんな露骨に不満そうな顔しなくても…』


先の事もあって、深刻な任務でもないとカイムは剣を握らせて貰えず、専ら最近はリオンや七将軍が魔物の討伐などの任務を請け負っていた。
その代わりと言わんばかりに、カイムは国中の小さな事件ばかり担当していた。いい加減うんざりしているのだろうか。


「いや、今日は僕と"ある人物"を監視する任務だ。一日かけてな」
「へぇ、監視如きに二人もつけるとはな、そんな危ないやつなのか?」


リオンは顔の前で手を組み、机に肘を付ける。
そして目の前であっけらかんとした顔をしているカイムに告げた。


「お前もよく知ってるグレッグ・ハインツ准将軍だ」


その名を聞いたカイムは目を一瞬見開き、嬉しそうな表情になった。

グレッグ・ハインツ准将はダリルシェイド王政の中でもかなり中堅の立場で、国民からも王からもかなり信頼されている。
実力もあるし、カイムもよく手合わせをして貰っていた。


「へぇ!あのハインツ准将が?一体何をしでかしたんだよ?」
『なんでも、国家反逆の疑いがかけられてるらしいよ』


「国家反逆ね」納得したようにうんうんと頷いて、腕を組んだ。
リオンはそんなカイムを不思議に思った。
なぜなら、ハインツ准将の王に対する忠誠ぶりをカイムは評価していたからだ。
むしろ、ここはありえないと憤慨するべきなのではないのだろうか。


「俺、こないだ聞いたんだ。ハインツ准将とその部下が話している内容」


「何?」リオンは目を細めた。
なぜそんな大事な事を報告しないんだ、とカイムの爪の甘さに理解を示せないでいる。


「何を話してたんだ」
「自分の様な者を昇格させず、リオンや俺みたいなのに構いすぎてる王は間違っている。
俺が有能な事を国家に分からせてやる。
…ってな」


立派な反逆じゃないか、とリオンは驚いた。
そしてそこまで聞いてて、ハインツ准将がしでかした事を自分から聞くまでなぜピンとこないのだろうか。
わざとなのかもしれないが、それがカイムだ。
カイムはといえば「やっぱりな」と言って満足そうに頷いていた。


『なんでそんな重要な事黙ってたのさ』
「ん?決まってんだろ?
……聞かれなかったからだよ」


リオンはため息をついた。
シャルティエも何も言い返さなかった。
カイムのこういった点は、二人はとっくの間に諦めていたのだ。

もう半年の付き合いだろう。何を今更。奴は最初からこんな感じだったじゃないか…。


「…まぁいい。とにかく僕達は今回のハインツ准将の任務に付き添い、道中反逆の兆しがあれば、捕まえる」
「うん、なるほどね。分かった」


反逆の疑いがあると王に訴えかけたのはヒューゴだ。
さすがに今回は王もヒューゴを疑った、ハインツ准将が裏切るなんて全く予想していなかったからだ。
そこからヒューゴは自身の考えを述べた。リオンもそれを聞いていた。
認めたくはないがヒューゴの話術は大したものだった。

最近のハインツ准将の動向、発言からまずは王の考えを半信半疑に持っていく。
ハインツ准将を支持している部下は多数いる、それを踏まえて反逆された時のリスクを事細かに王に話した。
そこからはヒューゴの独壇場だ。あっという間にグレッグ・ハインツ准将軍国家反逆の疑いを確信に変えた。

だがすぐさま処刑というのは如何なものか。
確実な証拠もないまま有能な兵を反逆罪だとか言って処刑してしまえば、こちら側に猜疑心を抱かれてしまう。
急いては事を仕損じるとも言うし、とりあえずダリルシェイドから放し、リオン達に一日監視させる事に決定したのだった。


「んで、その任務はいつから?」
「今からだ」
「へぇ、今から……今からかよ!?急だな!」
「すぐに支度しろ。下で待ってる」


「全く人使いが荒すぎる」と嘆きながら慌てて支度しているカイムを尻目に、リオンは部屋から出てマリアンを呼んだ。


「マリアン!マリアン!いないのか?」


リオンがそう叫ぶと、慌てた様子で食堂からマリアンが出てきた。
マリアンといい、カイムといい、全く忙しないな、とリオンは笑った。
マリアンは周りに誰もいない事を確認して、優しくリオンに微笑みかけた。


「どうしたの?エミリオ」
「今から、一日かけて任務に行って来るから、挨拶だ」
「まぁ、急な話。…怪我のないよう、気を付けていってらっしゃいね?」


「分かってるよ」リオンはそう言ってマリアンに笑顔を向けた。
仕事の前のこのやり取りが、リオンにとって何よりも元気付けられる事だった。
それはリオンにとってのルーティンでもあったのだ。
仕事前の憂鬱も、彼女の笑顔を見れば一日頑張れる、リオンは心からそう思っている。


そしてしばらくすると、カイムが2階からバタバタと忙しなく降りてきた。


「おっまたせー」
「あら?今回はカイムも一緒なの?寂しくなるわ」
「マリアン、心配することないさ。
まぁパパッと済ませて帰ってくるから!」
「カイムも気を付けて…って、貴方は言われなくても平気そうね」


マリアンがくすくすと笑っていると「言ってくれるね」とカイムは手を振って屋敷から出ていった。
リオンは改めてマリアンに向き直る。


「それじゃあ、行ってくるよ」
「ええ、行ってらっしゃい」


ドアの向こうに消えていくリオン達を見守ると、マリアンは少し寂しげな顔をした。
いつもこうやって笑顔で見送っているが、彼らがいつでも元気で帰ってくるなど保証はないのだ。


半年前にカイムが血まみれのズボンを洗濯に出した時、マリアンは寝ていたカイムを無理やり叩き起こしたのだ。
そして下を脱ぐように言って、血が若干染み込んでいる包帯を自分の目で見た。
そして、マリアンは涙を流した。
その様子を見ていたカイムは大層驚いて、マリアンに泣いている理由を問いかけた。

あれだけ血まみれになったズボンを見て、カイムは一体どんな大怪我を負ってしまったのか心配になってしまったのだそうだ。
命に別状はなさそうな様子だったので、その安堵の涙だった。


これくらいで大袈裟な人だとカイムは呆れたが、ありがとうとだけ声をかけておいた。
マリアンはそんなカイムを見てこつん、とカイムの額にデコピンをかました。

――もう、あまり心配させないでちょうだい。





「無事に帰ってきてね。
エミリオ、………カイム」


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