覚悟

「はー、散々な目にあったな」
『無事に帰れたからいいじゃない』
「まあな、護衛主は無事じゃなかったけど」


カイムの活躍により、ノイシュタットへ無事に着く事はできた。
甲板の魔物を全滅させた後、カイムが残りの魔物を迅速に片付けてくれたおかげで、被害は最小限に食い止められた。
その途中、命を助けられた兵士も多数いたらしい。
出発前に恐れられていたカイムの印象は変わり、そこにいた兵士達からはまだぎこちないが、尊敬の念を抱かれる様になった。

ノイシュタットに着いたあと、会長の荷物と遺体を商会の副会長へと渡して、会長を守りきれなかった事を詫びた。
副会長はどうか気になさらないでください、と言ってリオン達がノイシュタットでしばらく休んだ後、優しく見送ってくれた。


「リオン、体の調子は大丈夫か?」
「ふん…もう治った。貴様に心配される筋合いはない………う」
『もう、まだ治りきってないのに見え張っちゃって』
「黙れシャル…頭に響く」


リオンはまるで二日酔いした親父のように頭を抱えた。
そして、思い切り深呼吸する。空気がうまい。

やはり、船というのはどうにも苦手だ。
やたらと揺れるし、潮の臭いは気持ち悪い。海の景色は綺麗だが、そんな物を優雅に見ている暇はない。

ダリルシェイドに戻り、地上に立った今でも油断すれば嘔吐してしまいそうだ。
しばらくは船に乗りたくない。だが、船酔いを直すにはやはり回数を重ねなければならないだろう。要は慣れだ。

カイムや他の兵士共は、どうしてあんなにピンピンしているのだろう…なぜ気持ち悪くならないのだろうか…。
酔わない秘訣を聞き出してみたいが、それは自分のプライドが邪魔をする。

ましてやカイムに聞こうものならしばらくは馬鹿にされるだろう。しかも答えも聞けずじまい。

想像しただけでも腹が立つ。やはり船酔いは自分で直そう。リオンは固く誓った。


「全然ダメじゃないか。ほら、肩に掴まれよ」
「なっ…やめろ!離せ!こんな民衆の面前で…!」
「何言ってんだよ、今にも吐きそうなくせに。
お前はまだ子供なんだから、少しは周りに甘えてもいいんじゃないか?」


そんな事を言われたのは初めてだった。
昔から自分の事は自分で考える、という方針で育てられてきた。
他人に頼るなんて以ての外だと考えていた。
だからカイムから発せられた言葉はリオンにとって新鮮だった。
子供だから、の部分に不服はあるが。

リオンが驚いている間に、腕を引っ張られ、ほぼ強制的に肩を組まされた。
カイムはそのまま城に向かって歩きだした。


「なにハトが豆鉄砲食らった様な顔してんだよ。
…お前は何でもかんでも一人で抱え込みすぎ。たまには他人にも頼ろうぜ。
お前が思っているほど、人間って冷たいもんじゃないからさ」
「ふん…」


カイムが来てからというもの、リオンは調子が狂わされっぱなしだった。
同年代の友人がいなかったリオンにとって、今のカイムは良い理解者となっている。
喧嘩(斬り合い)も絶えないが、リオンは自分も気付かない内にカイムに心開きかけていた。

いつかきっと、こいつを見返してやる。それくらい強くなってみせるとリオンは思った。
…こいつの隣にいても恥ずかしくないほどの強さに。

するといきなりカイムが止まり、辺りがどよめき始める。
皆の視線はリオンの反対側に集中している。一体何があるのだろうか。

リオンは身を乗り出し、皆の視線が集中している所を見た。


そこにはカイムの腰より少し高い身長くらいの子供が、ナイフでカイムの左腿を深く刺していた。


刺された部分からは血がやや溢れ、カイムの服に血が滲む。
その滲み方からして、脚を伝って流れていっている事が分かった。


「子供…?」
「このガキ!!カイム様に何をするかぁ!!」


兵士が子供の襟首を掴み、持ち上げた。
子供は少し苦しそうに足をバタつかせる。


「だって…!こいつが、こいつが僕のお父さんを殺したんだ!!」


"殺した"
そのワードで皆が頭に思い浮かべるのは、昨日の試合での事だ。
あの時カイムは王に言って殺しを許可してもらった。
一般兵はそれを知らず、舐め腐った態度で無謀に突っ込んで行って瞬殺されたのだ。

今回のカイムの活躍により忘れていたが、確かに彼は殺す必要のない人を殺した。
それも、一人のみならず二人もだ。

あの傭兵は最後まで泣いて嫌がっていた。
そんな様子を煙たがったカイムは彼の胸を一突き。
あまりにも心の無い行動だった。

子供を掴んでいた兵士は手が緩まり、子供はそのまま落ちて、尻もちをついた。
すると母親と思われる女が子供に駆け寄ってきた。


「どうかお許しください!!子供のした事です!!
お願いします!!どうか、どうか…」


母親はカイムに向けて何回も頭を地面につけた。いわゆる土下座だ。
子供はそんな母親を見て、目に涙を浮かべて母親を庇う。
「母さんを殺すなら、僕を殺せ!!」子供は言った。
カイムに視線が集まる。
カイムはそんな母親と子供を一瞥すると、リオンを一般兵に預け、母親と子供に歩み寄った。


「おいガキ、なんでお前は俺にナイフを刺した?」


まだ太腿に刺さったままのナイフを指差しながらカイムは言った。
子供は予想外の質問に面食らいつつも、震えた声で答えた。


「お、お前が、僕のお父さんを殺したからだ」
「殺したから、ねぇ……」


カイムは子供に目線を合わせるように、腰を下ろした。
子供は驚き、母親はそんな子供を庇うように自分の胸に寄せ、抱き締めた。


「だったら何でお前の父親は死んだと思う?」
「え?」
「教えてやる。お前の父親は"覚悟"がなかったんだよ」


子供を見るその顔は笑っている。それは傍目から見るとカイムの狂気を感じさせた。
だがリオンには、カイムは全く笑っていないことが分かる、子供を見るその目はとても冷たく、冷酷だ。
初めてカイムと対峙した時と同じ気を感じ取れた。


「お前の父親も俺も、それはそれは切れ味鋭い剣を持たされたよ。それの事を真剣って言うんだけど…。
真剣という事は、誤って殺されてもおかしくはない。模造刀とは違ってよく切れるからな。
俺はいつも、真剣を握る時は命をかけている。
いつ殺されてもいい"覚悟"をしている。

だけどお前の父親はな、俺を見て笑ってた。
聞いてたより幼くて、舐めていたんだろうな。
そして舐めたまま俺に斬りかかり、返り討ちにあった。

お前の父親は真剣を握った時に"いつ殺されてもいい覚悟"がなかった。
だから俺に殺された」


そこまで言うとカイムは、自分の太腿に刺さっているナイフを抜き、地面に放り投げる様にして子供に返した。
抜いた瞬間、傷口から血が溢れ、地面に血が跳んだ。
子供は母親の胸の中で泣きじゃくっている。
母親も静かに涙を流していた。

リオンは普段他人の事など何とも思わないが、その親子を見ていると胸にくるものがあった。

子供がカイムを刺した理由は"父親を殺したから"
カイムの強さの噂は街中に広がっている。
評判は子供も知っているはずだ。
それに物怖じせず、カイムにナイフを刺す事ができたのは、やはり殺された父親への想い故だろう。

気付けばリオンはヒューゴの事を思い浮かべていた。
あんな父親でも、死んでしまえばあの子供の様に僕は泣く事ができるのだろうか。
父親の為なら、到底叶うはずのない相手に立ち向かう事ができるのだろうか…。

リオンは少し考えてみたが、あり得ないと判断した。
自分の心が揺れ動かされているのに少々動揺したのだ。


「ま、勝手に殺し有りにした俺も悪かったけどな!そこは謝るよ、すまなかった」


カイムは傷口の血を拭って、立ち上がる。


「でもなガキ、お前俺を刺したよな。
当然俺を殺す"覚悟"があっての行動だったんだよな?
お前は、俺がお前の父親を殺したからだって言ってたけど、そんな中途半端な復讐心だけで刺したんならもう二度とするな。
それはお前から何も生まれないし、満たされる訳でもないんだぞ」


カイムは怯える子供の頭をわしゃわしゃと乱暴気味に撫でた。
呆然としていた兵士達に行くぞ!と声をかけ、威勢よく歩き出した。
兵士達はあわあわとした感じでカイムの後を着いていく。
リオンももう船酔いがだいぶ軽くなり、一人で歩けるくらいにはなっていたのでカイムの横へ駆け寄った。
するとカイムは思い出したようにあっ、と声をあげて後ろを振り向き、叫んだ


「そのガキの母親も!!ちゃんと育てろよ!!自分の子供が間違った道を歩み出さないようにな!!」


母親は答えなかった。
ただ子供を抱きしめて「ごめんね、ごめんね」と言い続けていただけだった。




「カイム、傷の様子は?結構深く刺さっていた様に見えたが」
『あの子供、よくやるよ。こっちが冷や冷やしちゃった』
「まぁ大したことはないよ。後で処置する」


心配してくれんの?とカイムが言う。
リオンは少し照れたようにして、そんなんじゃないとカイムに怒鳴った。
カイムはそんなリオンを見て笑う。いつもの光景だ。先の騒動さえなければ。


「大体、お前なぜ避けなかった?あれくらいお前なら避けられただろう」


とリオンが言うと、カイムはばつの悪そうな顔をした。
カイムは何かの拍子にコロコロ表情を変える。
表情豊かで分かりやすいが、時にその表情は心臓に悪い。


「別に…ただの気まぐれさ。
たまには刺されてみるのもいいかなって思っただけだ」


そう言ってカイムは、少し早歩きで城に入っていった。怪我をしているのに元気な奴だ。
…気まぐれ、か。素直じゃない奴だ。


『素直じゃないですね、カイムも』
「シャル?」
『坊っちゃんが船酔いでダウンしてる間に、カイムからある話を聞いたんですよ。
その話を聞いて、カイムにも人の心があるんだなぁ、って思ったんです。

自分が刺される事で、彼の迷いを取っ払ってあげたんじゃないんですか?』
「ただ自分が刺された事にキレて、子供に訳のわからん持論を垂れ流してる様に見えたけどな」


坊っちゃん、厳しいですね…とシャルティエは言った。
ふと前を見ると、カイムは結構先の方まで歩いている。
足が血まみれになっているのを兵士に心配され、強制的に治癒室の方へ移動させられていた。

はぁ、結局報告は僕一人か…。
リオンはため息をつき、玉座の間へ歩いて行ったのだった。


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