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03 ほっと時間


「ん…」

「康平くん!?康平くん、大丈夫かい!?」

「…武村、さん?」

「そうだよ、僕がわかる!?」


目が覚めると、俺は自室のベッドに寝かされていた。
汗をかいた額を優しく撫でられる。
何だか子供にされるようで、少しくすぐったかった。


話を聞けば、俺はとんでもない事に亜莉子と再会する前、過去の時間を彷徨っていたとのことだった。
玄関を開けた瞬間に感じたぬるぬるした感触。あれが「時間くん」とかいう時間が形になったような奴で、どうもそいつが精神的に不安定な状態になってそんなことが起こったらしい。
まぁその辺りはよく分からないのだが…。

チェシャ猫が来てからというもの、不思議な出来事には慣れていたが、さすがにタイムスリップまでするとは思っていなかった。
こんなことはSF小説の中だけで勘弁してほしい。


あぁ、しかし体が怠い。
色んなことがあり過ぎて、精神的にもどっと疲れた気がする。

ベッドに横たわり、ちらりと武村さんを見上げた。


「ん?何かしてほしいことある?」


いつも通りの笑顔。
手を伸ばしても振り払われることはなく、温かい手でぎゅっと握り返してくれた。


「なぁ、俺のこと好きですか?」

「何だい?改めて」

「どうなんですか」


クスクス笑う武村さんに、少しムッとして聞き返す。
俺の前髪を退け、武村さんはそっと額にキスをした。


「好きだよ」


眼鏡の奥の瞳はとても優しい。
過去の武村さんに言われた冷たい言葉と、今の武村さんの温かい言葉のギャップに、目頭が熱くなった。
咄嗟に背を向けて布団を被ったが、あからさま過ぎたのか遅かったのか完全にバレてしまっていて。


「え?康平くん、泣いてるの?」

「な、泣いてません」

「嘘だぁ、涙声だよ」

「う、うっせぇ…」


小さい子供みたいにポロポロ涙が溢れてくる。嗚咽が零れるほど泣いたのはいつ以来だろう?

止めたくても止められなくて、武村さんは心配半分、好奇心半分といった具合に俺の顔を覗き込もうとしてくるし、観念してぎゅっと抱き締めたら余計に愛おしくなって、何度か――


――…何度も、涙味のキスを交わした。








「あー…頭がガンガンする…」

「たくさん泣いたもんねぇ」

「う…」


冷静になると恥ずかしい。
本当に子供みたいに泣き喚いたから、今になって思うと外に筒抜けになっていなかったかが心配だ。

その時、コンコンと部屋のドアをノックされた。慌てて目をゴシゴシと擦ると、武村さんに「擦っちゃダメだよ」と窘められた。
こういうちょっとした仕草も今の俺には嬉しくて、なんだか、甘えたくなる。


「入ってもいいかい?」

「お、おう」


部屋に入ってきたのはいつものにんまり笑ったチェシャ猫で、その手にはラーメンの懸賞で当たった一人用の土鍋があった。
亜莉子じゃなくて良かった…。こんな情けない顔、とてもじゃないが見せられやしない。


「アリスがおなべを作ってくれたよ」

「おう、今日はありがとな。亜莉子にも言っといてくれ」


チェシャ猫の丸い頭を優しめに撫でる。強く撫でると取れそうで怖かったからだ。
ひとしきり撫で終えると、チェシャ猫は音も立てずにスーッとドアを出て行った。最後に一言、「アリスとはしばらく下にいるようにするよ」と残して。


「…気を、遣ってくれたの…かな?」

「…かもしれませんね」


思わず顔を見合わせて苦笑する。
こうして笑い合えることの、なんと幸せなことか。

これも夢や幻じゃないよな?
確かめたくて、自らもう一度口付けた。


「どうしたの?やけに甘えん坊さんだねぇ」

「…誰のせいだと思ってやがる」

「え?」

「別に」



亜莉子がせっかく作ってくれた鍋だけど。土鍋に入っているから、少しくらい置いておいても冷めないだろうか。


俺はまだもう少し、この幸福に浸っていたくて。
温かい彼の腕の中に、ぽすんと体を預けた。



-END-



……………

『水道水〜流れ☆』手動販売機様より。
4周年記念フリリク企画で「冷たい態度の武村さん×和田さんのお話」をお願いして、書いていただきました。ありがとうございます!

さらに、その後のお話まで書いてくださり、ありがとうございました!

4周年おめでとうございます!



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