01 旅する時間
「うぅっ、寒っ…」
玄関の手前。冷たく吹く風に、手に提げたスーパーの袋がガサガサと鳴った。
今晩は久々の鍋だ。最近冷え込んできたし、武村さんも来ると言っていたから丁度いいだろう。
久々だということに浮かれて少し買い過ぎてしまった感も否めないが――…、まぁ余ったらタッパーに詰めて持って帰ってもらうか、次の日も食べればいいか。
そんな温かい食卓を思い浮かべながら玄関を開けると、亜莉子が慌てた様子でこちらへ駆けてくる姿が目に飛び込んできた。
「叔父さん、開けちゃダメぇ!」
「へ?うっ…!?」
亜莉子の叫びを聞いた瞬間。
足元からぬるぬるとした冷たい“何か”が這い上がってくるのを感じた。同時に強い目眩に襲われる。
目の前の景色が歪み、まともに立っていられなくなって――…。
「――っ!!」
目眩の終わりは唐突にやって来た。まるで一瞬の夢から覚めたように、俺はそこに立っていた。
…何だったんだ?
疑問と、少々の不安を抱きつつ、俺は戸を開けようと手をかけた。
「――ん?」
待てよ。
俺は今さっきまで玄関の中にいたはずじゃなかったか?この一瞬の間に亜莉子が閉めたとでもいうのだろうか。
何のために?
不可解に思いつつも戸を引いたのだが、戸には鍵が掛かっており開かなかった。
「…おーい、亜莉子!開けてくれ」
戸の向こうにいるはずの亜莉子に声を掛けるが、返事が無い。それどころか、気配さえも感じられなかった。
こんな日に限って鍵を持ってきていない。
仕方なく何度か呼び鈴を鳴らしてみたものの、亜莉子どころか母さんも出てきてはくれなかった。
「なんでだよ…」
立ち尽くす俺を追い立てるように冷たい北風が吹く。どこか他に入れる所を探すか…と裏手に回ろうとした時、視界の隅に見知った顔を見つけた。
「あ、武村さん」
「っ!」
そこにいたのは武村さんだった。最近めっきり寒くなったせいか、マフラーを口元まで上げている。
しかしもう少し遅い時間に来ると言っていたのに、どうしたんだろう?まぁ特に用も無いからいいんだが。
「すいません、今ちょっと鍵開かないんですよ。喫茶店でも行きますか?」
「え…あ、あの…」
「?」
珍しく歯切れが悪い。
もしかして、本当に何かあったんじゃないだろうか?急に不安になり「大丈夫ですか?」と伸ばした手は――、
「ど、どうして僕を知っているんですか!」
――パシン、と乾いた音を立てて叩き落とされた。
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